オストリッチ肉

なにげに駝鳥は食べるものだと思っている。
初めて食らったのは、2000年にチェコプラハに行った時だと記憶する。カレル橋のたもと、「三匹の駝鳥」という古くから有るガストホフの高級版に行った時だ。僕は、バックパッカーとしての人生を学生時代に東欧から始めているが、古いヨーロッパが残る東欧を旅しようと思った一つのモチベーションが、ドイツ語でZeichenと言われる、突き出し式の装飾看板を見に行く事である。煙草屋はパイプが象って有ったり、パン屋がひき臼を挽くロバで有ったり、色々と意匠を凝らして有るのだが、このプラハの「三匹の駝鳥」は文字通り三匹の駝鳥が看板になっており、その芸術度はその筋には有名であった。
その時、僕はこのZeichenを見に行くのが目的で、そこでご飯を食べるというのはおまけで有ったが、ここで食べたオストリッチは本当に旨く、くさみの無いすっきりとした味に、なぜこれが日本で普及しないのかと常々思っていた。鶏肉よりは、癖の無い豚肉、といったのに近いだろうか。
また、2-3年前に極めて農業に興味を持った時期があり、特に寒冷地農業に対してマニアックに調べた事が有る。一般のサラリーマンとしては尋常では無い興味の先だが、理由は単に、樺太を自ら開拓するとしたら、何を作物として持っていくかという話で、地理オタクの友人と激論になったからというだけである。
寒冷地農業というのは、通常の温帯農業と比べると、日照量が少ない事に起因して、面積あたりの収穫量は低いのだが、逆に雑草も育たないので収量あたり農薬散布量が少なくて済むという特徴が有る。そんな利点もかき消すくらい過酷なのが樺太の気候であるが、南部でも7月の平均気温が19度で平均気温が0度を上回る月が4-11月しか無く、北部に行くと理科年表のニコライエフスクから類推するに7月で10度。最寒の1月は氷点下24度という世界で、平均気温が0度を上回るのが、5-9月の僅か5ヶ月しか無い。
幸い、降水量は600-1000mmと地中海世界並みには有るので、通常の耕作は可能で有るが、北部は夏にいかにも海霧が出そうな地勢で、これが事実であれば、農耕は不可能である。
南部は、高い積算温度を要求する水稲は無理だが、小麦・ライ麦・大麦・馬鈴薯といった寒冷地農業の王道で基礎カロリーを賄え、これに例えば大麦を飼料に使う等で畜産を組み合わせる事によって、蛋白源を補充できるので、そう難しくは無いのだが、問題は北部で有る。
日光と土地の栄養分は、通常農耕によって人間が食べられる種子に変換されるが、北部は気温と日照量の不足によって、食用に十分な大きさの種子を付ける作物が育たない可能性が高い。通常、この様な草は育つが農耕には不適な土地は、牧畜によって草を畜肉の形に変換し、人間が食べられる形にする。なので、この寒い土地に何が家畜として導入できるかなと考えていた中で、駝鳥が「熱帯から亜寒帯まで繁殖できる適応力」「草から飼料まで、何でも食べれる雑食性」という美点によって、ダークホース的に「これいいじゃん」と有力候補にのしあがったのである。
むろん、寒冷地農業では、草というカロリー源も豊富では無い為、動いてカロリーを消費せず、なるべく蓄積して肉に変えてくれたり、丸っこく大型化して体積/表面積比が高くて基礎代謝が低い哺乳類、つまり牛豚が第一選択なのは間違い無いのだが、それではつまらないので、肉質だけでなく、頑丈な皮質など二次利用の利点も勘案して駝鳥も混ぜてみるかという気になったのである。後は、トナカイというのが、耐寒性に優れ、交通手段としても乳の利用という観点でも優れている感じがした。
こんな樺太に駝鳥とトナカイを連れて行ったら開拓できる等という危険思想を僕が抱いている事は、周りの人間は露ほども知るまい。
ものすごく長くて、かつものすごいどうでもいい前書きになったが、今日は神保町のステーキ屋でオストリッチ・ハンバーグがメニューとして有って、思わずそれを食べたという事を書きたかっただけである。


・これが駝鳥ハンバーグだ。右はラム肉ステーキ。
[SHARP 904SH / 35mm F2.8]

ふむ。すこぶる旨い。この味を大半の日本人が知らないのは国家の損失である。品格の前にこの損失を食い止めるべく、ダチョウ食100倍増計画を打ち出すべきであろう。ノアの箱舟にも駝鳥はちゃんと一つがい乗っている程、人間と太古より親しい生き物なのに勿体無い話だ。
さて、恒常的にメニューに有るからには恒常的な生産と流通が伴っていなければならんのだが、生産地はどこなのだろう。沖縄に半観光地的な駝鳥ファームが有るのは知っているが、そこだろうか。

あと、巨大で有名なタマゴはどうしているのだろう。タマゴも是非流通して欲しいものである。できれば、スーパーの鶏卵売り場の隣にさり気なく鎮座する様になってくれれば本望だ。ヨード卵「光」も形無しの存在感であろう。だちょう卵「闇」。ネーミングはこれで行こう。きっと売れる筈だ。

今の商売で早くに儲けて、アーリーリタイアメントと相成ったら、駝鳥数羽と共に間宮海峡を渡り、日本向けの駝鳥ファームを建設してみるというのも、なかなか力の抜けた話で面白いかも知れない。羊肉がカルニチンとか何とかでブームになり、たまにスーパーの肉売り場でも並んでいる時が有るが、羊肉よりは駝鳥の方が旨い事は保証出来る。あと旨い肉といえばリャマだが、こちらの話は長くなるので、また別の機会に。