リスクマネー

 忙しい忙しいと前のエントリに書いたら、仕事繋がりの方から友人、或いは一族郎党まで心配されてしまった。一体何が忙しいのかとよく聞かれて、それを正確に説明しようとすると、そもそもバイアウトとはから話を始めねばならず、仕方が無いので、「要は」というマジカルワードでぶった切りにしてワンフレーズで説明していた。要は、金集めで忙しかったのである。いや、まだ忙しい。
 いまやってる案件は、結構でっかい。何でもでかいと嬉しくなるが、規模がでかいと大変になるのは、すなわち買収資金集めであって、これは少しも嬉しくない。最近はデットマーケットはゆるいので、何千億という単位になってもレバレッジドローンは何とか集まるものである。しかし、エクイティの方は大規模になると、欧米の大ファンドであっても賄いきれず、協調投資を募ることになる。これが大変なのである。ピーク時には、日本時間からNY時間までびっしりとプレゼンテーションとテレコン(電話会議)が並び、帰って僅かに寝て出社すると、また深夜と同じNYのキャンディデートと、前夜を受けてフォローアップのテレコンが始まったりしていた。そうこうする内に、アジアが始まるので、今度は香港ととか、何だか24時間をひたすらシームレスにカバーしていた感じである。
 この仕事は世界中の金脈をあたるプロセスだったのだが、痛感したのは二点で、日本のリスクマネーの乏しさが一つ、もう一つはアジアのマネーセンターは明らかに香港なことである。最初の点から述べるが、自国の投資機会であるのだから、僕としては日本の投資家に沢山入って貰って、どうせリターンを返すのなら、日本の年金受給者や預金者に返す方が気分がいい。だが、日本の生保や銀行、或いは年金基金には、そもそも窓口も協調投資プログラムも無い場合が多い。僕ももともとは日系の銀行出身なので、そういう仕事を少なくとも銀行は本業と捉えていないのもよく理解できる。こちら側にいると残念な思いはあるが、それはそれで一つの見識だと思う。
 一方で世界の投資家は果敢である。少しでもグローバル金融に触れたことのある方であれば、すぐに個別のネームが挙がるだろうが、政府系投資会社や、アジアの財閥、アメリカの大学基金や大富豪の資産運用会社、欧州の保険会社。あるいはファンド オブ ファンズやヘッジファンド。こういった所が遠く海外から、日本のマクロ経済環境と株式市況、対象会社の業界構造・強み弱み、ファンドが出せる付加価値なんかを紙の資料とテレコンだけでジャッジして、何十億何百億単位でお金を張ってくる。驚いたのは、とある国の教職員年金組合とかが、平気で100億のエクイティチェックを切れる事である。日本で言えば、東京都教職員互助会が、直接個別案件に投資する様なものだ。日本では、ようやく大手の運用機関が、オルタナティブ・インベストメント全体への取組を本格化させた段階だから、そこから個別の運用主体が個別の投資機会を検討するには、まだ2ステップあることになる。この様な日本の現状からすると、代表的なオルタナティブ・インベストメントのカテゴリーは不動産だが、残念ながら、国内で不動産がいくら吹け上がっても、潤ったのは年金なんぞ要らない土地持ちと外人だけであろう。広く零細な年金受給者はこの果実を得られていないのである。安定運用も一つの見識だが、世の中にはこんな世界もあるということである。
 善し悪しは別として、特に米国では、年金基金はひたすらゲインを上げることに集中し、利用者により高いリターンを返すべく本業へのセンスを研ぎ澄ましている感じがする。年金受給者にとって、それがハッピーなのだと割り切っているのだろう。ストック経済下においては、投資運用の巧拙が将来のリッチネスを相当程度決定する。これは、極めて単純な命題なのだが、日本ではプロフェッショナルな対応は緒に就いたばかりである。投資の経験と知識を積んだ専任の担当者を複数配置し、受給者の利益とアラインされたインセンティブ体系で、かつ一定の期間でパフォーマンスベースで人選の見直しが図られる。こんな単純なことで十分ワークすると思うのだが、なぜか日本では道遠しである。僕は、ジョブマーケットで厚生年金基金とか、上記の教職員互助会なんかが、投資の担当者を募集したり、他社から引き抜いたりという話すら聞いたことが無い。
 日本には、年金マネーだけで何百兆円というお金がある筈である。僕は、このお金がクラシックな安定運用の世界で眠っている一つの原因は、年金が社員・職員の福利厚生と関連付けられて、労組とかのコミュニズムちっくな組織の管轄、或いは影響下にあることが原因だと睨んでいる。投資運用というギラギラの資本主義にチャレンジする仕事が、コミュニストの影響下でうまく発展する筈が無い。少なくとも、運用の世界ってのは、上に書いた「単純なこと」が必要だってこと位は労組も含めて共通理解にならないと、日本のお金はリスクを取って稼ぐ世界には行けないだろうと思う。
 年金ばかりでなくて、この前中国政府が外貨準備の運用の一環でブラックストーンに3600億円も投資することを決めて、大きな話題になったが、日本の国家資産も意図せざる積極運用で大もうけした外為特別会計はともかく、眠っているに等しい。総じて、戦後の灰燼からフローを積み上げてきた日本は、ストックの考え方が不得手である。現在の日本はストックで食わざるを得ない国家になりつつあるので、ストック運用の芸風は広げないと結構やばい段階に来つつあると思われる。
 時間切れなので、香港の話はまた後ほど。