CDSの功罪

 余り大きな話を書くつもりは無いが、GMのネタを書いていて思ったことである。Chapter11の申請前後で、GMには1728億ドルの負債があり、その内275億ドル、つまり2.5兆円位が無担保債務であった。この無担保債務の結構な部分が社債の様だが、その内、31億ドルはCDSによってヘッジされていた。
 CDSとは、クレジット・デフォルト・スワップの略で、デリバティブの一種であり、要は社債保険みたいなものである。GM社債に投資していた投資家は、GMがやばいと思うと、CDSの保証を買う。保証の売り手はAIGだったり、ヘッジファンドだったりする。それで、実際GMが破産すると、保証の売り手は買い手の損失分を保険の様に支払うことになる。GMの破産が見えてきた4月位になると、この保証料は90%みたいな水準になっており、実質CDSGMの破産をほぼ織り込んだ形となった。
 さて、今回のGM破綻後2週間ちょっとで、この保証金額の決定がなされ、CDSの売り手は保証の買い手に対して、1ドル当たり87.5セントを支払うことが決まった。要は、元本の87.5%はCDSによって補填され、後の12.5%は多分清算プロセスで返ってくる、という計算をしたということである。
 CDSは大変便利な仕組で、貸し手にとってみると、わざわざ社債やローンを売却しなくても、実質的な貸付金額を減らすことが出来るため、 金融市場の効率性や流動性の向上には資しているものと思われる。ただ、一方で今回浮き彫りになったデメリットは、GMへの直接の債権者は、CDSによって自社のリスクをヘッジしていると、GM倒産時の損失が大きくなる方が、CDSによる補償金額が大きくなる、という利害関係になることである。結果、貸し手はリーズナブルな金額の債権放棄などの伝統的手段で事態を収拾するインセンティブに欠けることになる。どうせ事故っても保険会社が払うのだから、とクルマの運転が荒っぽくなる、いわゆるモラルハザードの問題でもある。自動車保険には等級制度というものがあって、事故ると来年の支払額を大きくなるペナルティを加入者に課すことでモラルハザードを防いでいるが、CDSの場合にはそれが無い。
 債権者も出資者も経営陣も従業員も、対象企業が再生して企業価値を最大化することに、回収やリターンの可能性極大化の観点で、基本的に利害が合致している、というのがこれまでの世界での約束事だが、そこにCDSが絡むと、最も企業の再生ステージにおいて法的な力の強い債権者が、むしろ対象企業の価値低下を望むようになる、という恐ろしい利益相反が発生する。CDSは信用リスクのもう一つの流動性として、無くてはならない金融インフラとなっているが、この構造だけはうまくアラインさせる仕組はないものだろうか。僕は、クレデリが出てきた頃位まではデリバティブセールスをしていた事もあった様な気はするが、CDSの専門家では全く無い。なので、その道のプロには暴論に聞こえるかも知れないが、例えば債権放棄・私的整理が対象企業から提示された時点でトリガーイベントとなれば、補償金額の値付の問題はあるものの、清算後の回収金額の極大化に貸し手はインセンティブ付けされ、利益相反は発生しない。
 企業再生が円滑かつスピーディに出来る倒産法制と、その場合に関連当事者間の利害調整がスムーズに進む素地は、経済成長にとってみると一つの金融インフラであり、ISDAがそんなことに責任を持つ団体では無いのは承知しているけれども、この種のアイディアで利益相反構造をうまく解決すれば、デリバティブの持つ潜在的反社会性みたいなものを潰し、その普及発展にも資すると思うんだけど。