目黒・Antica Trattoria Nostalgica

 日本は実は洋食が美味しくない国ではないかとずっと疑っていた。ミシュラン東京版によって、幾つもの星付きフレンチやイタリアンが東京に誕生し、東京も世界に冠たる食の都と認められた気分になっていたが、こと洋食についてのレベルは本場に遠く及ばない気がしている。絶対的な意味で言えば、スペインはサン・セバスティアンの三ツ星、マルティン・ベラサテギに行った時、その繊細かつ重厚な味に驚き、日本の洋食三ツ星とレベルが余りに違うと感じたことがある。相対的な観点では、例えば食べて飲んで1万円以下という、普段使いのカテゴリーにおいて、和食や中華の同価格帯でコスパに優れる店と同じレベルの感動は、なかなかフレンチやイタリアンでは得られない。
 勿論、和食の三ツ星にも疑問を呈さざるを得ない店があるし、そもそも僕は欧州三ツ星食べ歩きなんぞをする旅行は好みではなくて、どちらかと言うと、「パスタを不味く作る民族トップ10リスト」「世界不衛生屋台紀行」「貧民窟のホルモン料理対決」とかなら、立て板に水の様に語れる系統の旅行しかしてないから、どこぞの食通の様に欧州の三ツ星について、幅広いパースペクティブを持っている訳でも無い。よって、たまたま自分の前に出現した洋食三ツ星は日欧で随分差があるんで無いのと思った、という程度に理解して貰えればと思う。
 また、そんなレベルに差がある日本の洋食の中で、頑張って旨い店を選ぼうと思うと軒並み高いのである。阿曽達治シェフが居る時のリストランテASO、吉野建シェフが腕をふるった時のタテル・ヨシノ・汐留、そこんとこをあんまり気にしなくても良いコートドールとかは確かに美味しくて、幾皿かはマルティン・ベラサテギの様な感動を呼ぶのだが、如何せんお値段は何れも張る。2,000円とか3,000円とかのお店で、ちょっと美味しいってのはそこそこあるし、上記の様な高いけど結構美味しいって店も少ないながら存在するが、その真ん中の層が薄い。内装はシンプルで、結構店内も混み合ってるけど、味は値段3倍のグラン・メゾンを食う皿もあるかも、という店に乏しいのである。
 とまぁそんな事を思って、日々コンビニの弁当を食べていたのだが、ついこの前のふとしたきっかけで、1日1組、料理は15,000円一本勝負という目黒の伝説のリストランテフォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナがリニューアルして、カジュアルなトラットリアになり、1日10数名は入って、多少お安くなった事を知った。新しい店の名前は、Antica Trattoria Nostalgica(アンティーカ・トラットリア・ノスタルジーカ)と言い、これは是非と思って、鬼才と呼ばれる小林シェフの門を叩いてみた。前はキャパが小さいから、とにかく予約が入らないレストランで、ダイナース・ブラックのコンシェルジュにひたすら電話させたりしたものだが、今回はお店にぶらっと行ってみたら、あっさり週末に予約が入った。キャパ拡大万歳である。ちなみに、店名はAnticaは英語でAncientなので、古い懐古的な町食堂、みたいな意味だろうか。

[Panasonic LUMIX LX3 /24mm F2.0]

  • マカロニ、ラグー、ジェラート位しか判らないメニュー。出てくるまで判らなくてよろしい、ということだろうか。ちなみにこのコース以外のメニューは無い。

 それで、いそいそと出かけたのだが、結論からずばっと言うと、お味の方は、一口食べてプルプルきちゃう程、素晴らしいものだった。濃厚で芳醇。どかんどかんと攻め立てる様な美味しさである。同じイタリアンで行くと、リストランテASOの様な洗練された演出に、技巧を凝らした料理というのも確かに一つのアプローチだが、このAntica Trattoria Nostalgicaはその真逆で、旨ければ演出も盛りつけも必要最低限、というアプローチである。ここの料理は、そもそも食べるってのは食欲という欲を満たすものであって、品が無くて当然の行為なのである、という事を改めて食べ手に再認識させる。とにかく、ガツガツと口唇を油まみれにして食べたいイタリアンなのである。
 前菜のズッキーニの炒め物からして、味がつまって、噛むと「味」そのものがびゅっと飛び出してくる様な代物である。パスタはマカロニで、どうも日本で食べるマカロニとかペンネとかのショートパスタは、正直ちみはフェットチーネであった方が旨いのでは?と思う事が多いのだが、ここのマカロニはこの挽肉とソースと絡まるべきである、と納得の逸品。そしてメインは羊。これは世の全ての焼き肉屋は、これを食べて羊の存在を忘れていた事を反省すべきだろうと思える様な、柔らかいけど濃厚な素晴らしい肉であった。

[Panasonic LUMIX LX3 /24mm F2.0]

  • これがその初めてその存在を肯われたマカロニ。

 このクオリティにして、お会計は一人諭吉でお釣りが折り畳める通貨で返ってきてしまう。僕は、日本に旨い洋食無し、という当初のテーゼはあっさり引っ込め、少なくとも一軒は絶対値もコスパも良い絶賛できる店があることを主張することにした。しっかし、とにかく食欲満たすには品は無用とばかり、これでもかと食欲中枢を刺激し、原初の狩猟民族の晩餐の喜びとはかくあったかと思える様な料理である。男だけで普通に行ける店、というのがこの「外さないレストラン」カテゴリーのコンセプトの一つだし、この店も全く無理なくおやじ二人で来れる雰囲気だが、個人的にはここは女性を誘いたい。誘った子が、品良く食べるべしという理性と、目の前の旨いものをがっつきたいという欲望とを内面で葛藤させている様子にちょっと萌える、ってのが男性にとってのこの店のもう一つの楽しみ方だろう(?)

[Panasonic LUMIX LX3 /24mm F2.0]

  • 羊肉の既成概念を覆すメインディッシュ。くっさいマトンをジュージュー焼くのもいいが、こういうかぶりつきたいラムも良い。今日は全体的に写真が赤かぶっていて申し訳なし。補正しようとしたらノイズが浮いてきたので、このままで。