一橋と一松

 無性に一松の白菜鍋が食べたくなって小平に長躯向かった。一松ってのは、ここ四半世紀の一橋大OB/OGなら誰もが行ったことがあるキャンパスの近くの焼鳥居酒屋だ。もともと小平キャンパスの近く、一橋学園の駅前にあったのだが、僕が在学中に一橋はキャンパスを国立に統合したので、小平にあった一松は商売が細ったのか、国立店をオープンしたと卒業後に聞いた。それから10年、おやじが年なことも有って、この2月に国立店を閉め、また小平に一本化をしたらしい。なので、懐かしい小平店を10何年かぶりに訪れることになった。
 ちょろっとつまみを食べて、名物の白菜鍋を食べる。白菜と鶏肉しか入っていない鍋だが、なぜかこれが旨いのだ。酒が余り呑めない僕だけど、学生時代は学園祭実行委員会等と言う酒浸り・麻雀中毒の極みみたいな集団に居たので、この白菜鍋をつつきながら、7人で8ケースとかを空けていた。僕は1ケースどころか1瓶も呑めないので、実際には6人で8ケースということだが。

[Panasonic LUMIX LX3 /24mm F2.0]
 今日は土曜日だったが、小平にある学生寮の女子達と思しき集団が、2年を修了したお祝いの飲み会で盛り上っており、一人は悪酔いしてゲーゲー吐いていた。思い起こせば、僕がアルコールを酔う前に吐いて出すやり方を覚えたのはここのトイレだった。今は一気飲みなんて流行らないかもしれないけど、会社の独身寮でも、新卒配属の部署でもその洗礼を浴びたし、客先で盛り上げる為に自ら瓶を空ける時もあった。アルコール分解酵素を持たない僕が、日本の激しい酒文化を無事に場の雰囲気を壊すこと無く生き残れたのは、一松で学んだからだと思う。
 思えば、学生時代は無意識の内に色んなことを学んでいた。新歓が終わってお客様の立場で無くなると、飲み会では若者が座敷の廊下側に座って、油断無く酒の在庫を確認し、残り時間に応じて適切な分量の酒を発注しなければいけない。この、いわゆる幹事のやり方を学んだのが一松だったし、また同じ新入生なのに、地方の純粋まっすぐ君だった僕と違って、既にそのスキルを十分持って入学してくる奴が世には沢山居ることを学んだのも一松だった。
 夜は一松で呑んでいたが、日中は授業そっちのけで麻雀をしていた。バイアウト投資という仕事は、投資の一種である以上、短期的にも長期的も割とはっきり勝ち負けがでる。だから、僕はロジックを超えた所で、ある種の勝負勘を大事にしているけど、その勝負勘には小平時代やり込んだ麻雀が色濃く影響してることにたまに気付く。どれだけ負けてもそれが今日底を打つ理由にならないこと、信じることと盲目になることは間違えやすいこと、備えても負けるが、備えずに勝つことはないこと、戦ってはいけない人とされるものは、戦ってはいけない時間帯だったことを意味するに過ぎないこと、そしていつか勝負できるは一生勝負できないこと。また、博打には実は必勝法が有って、資本力が有れば負ける度に掛け金を倍にして再戦し続ければいつかは勝ちに回れるし、そういう勝負を好む奴が実際に居ることも知った。リアルの世界でも、液晶パネルとかDRAM、或いはゲーム機のビジネスってのは、このタイプの博打をひたすら掛け金吊り上げて繰り返すのが本質であり、それに遅く気付いて次の掛け金に怯えた奴は、有り金捨てて土俵から既に降り、気付かなかった奴は、いつしか負けが込んで姿を消した。人生のリスク選好度も小平で固めた気がする。取り返しがつくものは、もっと粗末に扱わないといけないことは麻雀から学んだ。誰にも人生の背中みたいな場所はあると思うけど、僕にとっては、麻雀を打ち続け、ひたすら一松で呑んだ、勉強しなかった小平時代がそれである。