代官山→麻布十番出戻りの巻

 この3連休は引っ越しである。2年に満たない代官山生活を終えて、前4年住んだ麻布十番へ出戻りとなった。僕の社会人生活はあっちゅうまに12年と干支が一回りしてしまったが、数えてみたら、その12年間で8宅目になる。世に引っ越し魔というが、自分がそれになるとは思わなかった。
 代官山は落ち着いた素敵な街だったが、言わば休日昼の街だった。気合い入れてお洒落して、代官山に行くことを目的とした人が溢れ、一番活気づくのがその時間帯である。そんな極めて若い人向けのカフェとセレクトショップ、及びヘアサロンは山ほどあり、一方層は違うが、同じ時間帯に活動するマダム達向けのちょっと値段の張るブティックとリストランテも多かった。一方、麻布十番は平日深夜の街である。麻布十番に行くことが目的の人ってのはレアで、何となく深夜に旨いものを食べて、飲みたくなった時に、ふらっと行く街で、ここにはテレビ局と六本木ヒルズの住人が育てたそんな店が集積している。ビジネスパースンの仕事後の街と言っていい。港区や千代田区で働いていると、麻布十番は近い。アウェイに行く様な感覚が無いから、ふらっと行けるし、仮に飲みに行った後、仕事が発火したら、直ぐにオフィスに戻れる。だから、バーカウンターで、頻りにブラックベリーをいじる人種が多くなる。微妙に仕事のスイッチをオンにしておいたまま飲みに行ける場所なのである。
 その意味でも、自分が夜行性であるという点においても、休日昼の街である代官山のテンポは僕に馴染まなかった。加えて、家の前まで気合い入れた人々がうじゃうじゃ居たので、うっかり気の抜けた格好でコンビニとかに行くと、その時点で人として負けており、この街は厳しい服装ディシプリンを自分に強いたのも違和感の一つである。最初は、アバクロとかで、普段着だけど外出しても分の悪い引き分け位には持ち込める服を探すのとかが楽しかったが、それも直ぐに飽きた。一方の麻布十番は、もともと下町だから、どことなく気楽な雰囲気がある。
 そもそも代官山に住んだのは、中学とか高校の頃に好きだった景山民夫のエッセイで、代官山が愛情を込めてボロっかすに書かれていたので、東京に行ったら、いつかそこに住むぞと思っていた念願を果たすのが一つの理由であり、たまたま良い物件が見つかったのがもう一つの理由である。後者は、その後のリーマンショックで明らかにオーバープライスになっており、前者は既に念願を果たしてしまった。もう代官山に住み続ける理由は無い。後者については、本当にここんとこの家賃下落は激しく、引っ越して10㎡も増えたのに、オールインのコストは数万円単位で下がり、かつ実質フリーレントも付いた。経済性だけで見れば、さっさと半年前には引っ越しても良かった。これから物件探す人は、3末の引っ越しシーズンが終わっているので、家主は6月の総会異動シーズンも逃すと1年空くかもという恐怖に怯えているから、強気の交渉をお勧めする。6月までの3ヶ月位はタダで住めるかもしれない。
 また、前に家賃を上げて引っ越した時に、商売をやっている親から「あなたの仕事は経営のアドバイスなんでしょうけど、デフレ下で固定費を上げる様な人にアドバイスされたくない感じ」と突っ込まれて、これは全くぐうの音も出なかったが、今回はばっさりと家計固定費を削ったので、遅ればせながら親の指導を尊重した形にもなった。確かに、以前より更にデフレ懸念は強くなっているから、親の意見と冷酒は後で効くと良く言うけれども、正しい選択のようにも思う。
 さて、これからは平日深夜の街暮らしである。引越の日、マンションの1階でエレベータを待っていたら、知った顔が通り過ぎた。仕事をご一緒したことがある某投資銀行の人だった。引っ越して来たのでよろしく、と言ったら、別の競合ファンドの人もこのマンション住んでます、とのことだった。そういえば、知り合いの渉外弁護士もごく近くに住んでいるし、もともとオフィスが近いマッキンゼーの人は麻布十番に多く住んでいる。特に労働量が多い若者は、近くに住まないと命に関わるからである。ビジネスパースンの仕事後の街と書いたが、休日も仕事のスイッチを微妙にオンにしておかなければいけない人々が住む街でも有るようである。