プラスチックマネー

 土曜にたまたま東京の東側に居たので、有楽町西武の閉店を見に行くことにした。生まれ育った街から一番近い都市は浜松で、浜松の百貨店と言えば、子供の頃は西武だった。この西武はもう撤退して無くなったけど、自分の中ではデパートと言えば西武、みたいな原初の記憶が存在する。また、浜松の中学に、学ラン着て、鼻水たらしつつ通った頃、世の中はバブルだった。浜松の鼻タレ中坊が想像するバブルとは、マスメディアを通して知る軽妙浮薄な情報から形成される想像の産物だった。それは、西武が海外から買い付けてきたポストモダン的な“オブジェ”に、林真理子田中康夫、或いは糸井重里辺りが判った様な判らない様な片仮名が多いコメントを付けると飛ぶ様に売れる、そんなイメージだったかもしれない。当時は確実に時代の担い手だった西武だが、バランスシートの整理をしている間にすっかり元気を無くし、百貨店業界は伊勢丹一人勝ちみたいな状態である。僕もすっかり足が遠のいてしまったが、今でも西武は何か心の琴線に触れるものがある。
 バブルの頃は文化発信基地みたいだった西武だから、最後に何か面白い事でもするのかなと期待しての閉店セレモニー見物だったが、実際は大した見せ場もなく、ちんまりと終わってしまった。池袋西武をよろしく、というメッセージは出ていたが、そういうつまんない事しか言えない所に西武の没落があるのかもしれない。そんな事を思いながら、マリオンの中の三井住友銀行で年末年始資金を買いオペしていたら、白人から声を掛けられた。このATMで、手持ちのVISAのクレジットカードからキャッシング出来るのか、と言っている。当然出来るだろ、と思って三井住友のATMの画面を操作してみたが、どうやら中国のUnionpay以外のキャッシングには対応していない様だ。僕は昔銀行員だった気もするが、こういう事にはとんと疎いので、キャッシングが出来ない事にちょっと驚いた。キャッシングが出来る端末は何かと考えてみると、クレジットカード会社のATMなら間違いなく出来そうである。有楽町西武があるならクレディセゾンがありそうだと思って一緒に探してあげたが、見つかったのは隣の丸井のEPOSカードのATMだった。VISAだのNICOSだのライフだのとベタベタと小さいロゴが貼られているので間違いなくVISAのクレジットカードならキャッシング出来るだろう。この白人旅行者はスペイン人で、今日日本に着いたのだが、現金不足で何も出来ず、腹ペコだと言っていた。なので、いかにもキャッシングが出来そうなVISAのロゴが付いたATMコーナーが見つかったので、これで飯が食えるとなかりに実に嬉しそうな顔で、しきりにサンキューを言っていた。自分も辺境に旅行に行き、そこで情け深い人民の助けにすがって生きてきたから、一つ恩返しが出来たかなと思っていい気分になった。
 その後、駐車場に向かったのだが、駐車したビルにはみずほ銀行が入っていた。三井住友銀行ではキャッシングが出来なかったが、みずほ銀行ではどうかと見てみると、ここにもEPOSカードのATMと同じ様に各種クレジットカードの小さなロゴがベタベタと入り口に貼ってある。ほう、横並びが常の銀行業界にしては奇異な事もあるものだとまじまじと見つめたが、ロゴの下に小さく、「海外発行のクレジットカードではキャッシングできません」旨の注意書きがあるのを見つけてしまった。それで、スペイン人の行方が気になり、その場でiPhoneで海外発行のクレジットカードでのキャッシングについてググってみたが、どうやら海外旅行者共通の悩みの種らしく、日本の殆どのATMは海外発行クレジットカードでのキャッシングは受け付けないとのことである。VISAのウェブサイトに至っては、東京でVISAが使えるレアATMを検索する、ATMロケーターが付いている始末である。そのATMロケーターには、先ほどのEPOSカードのATMは含まれていなかった。どうやら、僕はいい事した気分になっていたが、スペイン人を失望させただけに終わった可能性が高い。日本で、海外発行のクレジットカードでキャッシング出来るのは、ゆうちょ銀行とセブン銀行新生銀行シティバンク程度の様だ。ゆうちょ銀行もセブン銀行も、海外発行クレジットカードへの対応はつい最近の様だから、何と海外からの旅行者がキャッシングするという簡単な事が、日本に於いては2-3年前まで殆ど不可能であったと言う事らしい。
 これまで、世界50カ国以上を旅してきたが、近年は世界のどこでもプラスチックマネーが浸透している。わざわざドルかユーロの現金を持ち歩いて両替する旧来のスタイルから、クレジットカードでのキャッシングでローカルマネーを手に入れるスタイルが一般的になってきた。2006年にガーナに行った時は、KUMASIというしょーもない山間部の田舎町であっても、バークレーズ銀行の24時間ATMで現金を手に入れる事が出来た。2003年にトリニダード・トバゴに行った時もATMは有用だった。殆どATMが使えなかったのは、南米は国の人口25万人の秘境スリナム位である。ここは、人口1億2000万人の日本だが、ことクレジットカードキャッシングにおいては、歴史ある銀行の殆どが対応していないという秘境というかガラパゴスっぷりである。商売のネタがここにあるのかもしれない。コケたビジネスホテルを買い取って、江戸テイストに改装し、そこにセブン銀行のATMでも置いて、両替サービスも提供すれば、海外からの旅行者向けに相当需要はある気がする。しかし、民間で出来る商売は商売として、せっかく観光庁作って、YOKOSO!とやってるのに、まずは普通にお金もおろせない国であるというのは、国の政策の割にはお粗末なのでは有るまいか。人を招く上での基礎的インフラが無いとしか思えない。このご時勢、何でも政府がという訳にはいかないけれど、カネが無いなら、成田の入国手続きの辺りか“(i)”で、日本旅行マニュアルみたいな形で、風呂桶の中で体を洗うな!とかの注意書きと一緒に、ゆうちょ銀行やセブン銀行ならクレジットカードキャッシングが使えるという周知をする位なら出来るだろう。観光を一つの産業にして、おカネを生もうってなら、こういう基礎インフラみたいな所でストレスを与えてはいけない。そして、銀行休日の土日に現金を持たずに東京をうろついていたスペイン人の行く末は杳として知れない。

○KUMASIでお金おろす話→2006-09-16:Day 8 /電気式湯沸かし器