イマジネーション VS 再現性

初日のリンクスは、エディンバラ近郊のグレンGCとその東隣のノースベリックの2ラウンドから始まった。ノースベリックの小さな町の東コースと西コース、という趣だが、グレンは1ラウンド61ポンドの安めのリンクス、ノースベリックは95ポンドとまずまずのお値段で、最も模倣されたPar3を持つ、世界に名前を轟かす有名コースである。ゴルフマガジン誌の世界ゴルフ場ランキングでは68位。ノースベリックからのプレー予定は、ターンベリーにセントアンドリュース、カーヌスティと有名コース4連発となっており、初っ端はスコットランドの庶民の雰囲気を感じるのもいいなと思って、グレンGCをプレーする事にした。
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  • Glen GC #1 “The Haugh”. 打ち上げた先がグリーン。左の海側が18番。まさにOutで出ていて、Inで帰ってくる、用語の原点が分かるレイアウト。

 風の強い日だった。風速は予報に拠れば20m。台風並みである。グレンの質素だけど充実したプロショップを出て直ぐの1番ホールは、平たいリンクスのイメージに反して、丘を登る超アップヒルである。僕は風を見て、風上にあたる左側の18番ホールを向いてティーショットを打ち、出玉は多分ストレートだったと思うのだが、風にあっさり負けて、ブーメランスライスの様に、18番とは逆サイドのセミラフに落ちた。大変な一日になりそうだ。しかし、実際に大変だったのはティーショットよりセカンドショットやアプローチであった。
 最初から、リンクスのグリーンが硬いことは聞いていた為、僕はランの比率を長めに考えて打っていたのだが、それでは余り寄らなかった。高い球が風でもってかれた事もあるが、グリーン面とグリーン周りのアンジュレーション(うねり)が強く、落ち際に前進するベクトルに乏しい高い球は、不規則に跳ねがちな事が大きかった。しばらくプレーしてから、僕はグリーンへのアプローチに関する自分の考え方を捨てる事にした。日本における僕のゴルフのテーマは再現性だった。20ヤードから60ヤード位を、ピッチショットでキャリー5から10ヤード刻みで打ち分けられるか。打ち分けられたら、概ね1ピン位ランを見たら、それで良かった。セカンドショットも大体同じ。真っ直ぐ打って、フルショットだから余りランを見ずにキャリーで5ヤード刻みをどう再現性高く打ち分けるか。それを練習場で機械の様に、そう機械になるべく練習し、本番でも成るべく心を波立たせず、機械である事を実践していた。しかし、リンクスコースは、プレイヤーに再現性より、まずイマジネーションを要求してきている気がしてならなかった。手始めには傾斜を利用して大きく曲げるランニングアプローチを試みた。リンクスのグリーンはパンチドボウルと呼ばれるすり鉢状に凹んだグリーンが多々あるから、このすり鉢の縁部分を回すランニングアプローチの機会は多いし、そもそもランニングアプローチは前進するベクトルが強く、減衰が緩やかである為、不規則な跳ねの影響をその前進ベクトルで抑制できるからである。
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  • North Berwick GC #16 “Gate”. これはかなり極端な例だが、リンクスのグリーンのアンジュレーションは非常に強い。自然の造形が、何歩だからこれ位打つという以前のイマジネーションを要求してくる。

 また、ノースベリックの18番の様に、土まんじゅう型で落としどころに乏しいグリーンに出会ったら、パーオンを狙わずに敢えて手前に置いてみたり、深すぎるポットバンカーに向かって強い傾斜がある所では、徹底的にその傾斜を避け、転がってセミラフまで行ってもバンカーより随分マシと、セミラフ方向をライン出しで狙ってみたりもした。風下にハザードのリスクが小さければ、風に乗せてみることもあれば、そうでない時は風の下をくぐるショットを、フックバイアスなら短く持ち、スライスバイアスならヒールめに当てて行った。考えれば考えるほど、色んなアイディアが湧いた。特にアプローチは複数の選択肢がイメージ出来る事が多かった。5鉄で手前から転がすも良し、8鉄で一番手前のコブは越した後に転がすのも良し、PWで腰の高さ位までは浮かして、グリーン手前のコブにワンキックさせるのも良し。そんな風にコースが語りかけてくる感じがして、これは今迄に余り無いゴルフの経験だった。一打一打が再現性に乏しいスペシャルシチュエーションであり、とにかく印象に残った。そして、その様にコースの声に耳を傾けた方がボールは寄った。
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  • Glen GC. 奥の深いラフでもボールさえ見つかれば、密度は大した事無いので打てるのだが、ボールが見つからない。セミラフが広い所はセミラフに置けば、むしろ硬いフェアウェイよりウェッジは打ちやすい。

 コースの声があれば、クラブの声もあった。持って行ったタイトリストの913Hというハイブリッドクラブの操作性を初めて実感した。日本では、前に持ってた909Hと比べれば真っ直ぐ飛び、初代ロケットボールズと比べればスピンのかかるクラブだなという印象に過ぎなかったが、短く持って、右足の前にボールを置き、アウトサイドから左肘を抜くように打ったら、思い通り、170ヤード位を低いスライスで転がるボールが打てた。そんなボールを打ってみようと思ったのも初めてだったし、何となくイメージが湧いて打ったら、その通り打てたのも驚いた。その後も、長い距離をボールの高低、左右の曲がりをいじって打つ時には、すごくイメージが湧くクラブだった。イマジネーションはクラブで変わるし、恐らくその様にクラブは造られているのだ。
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  • GLEN GC #9 “Quarrel Sands”. 海から風速20mと立っててもぐらつく強烈なヘッドウィンド。グリーンまで距離は約200ヤードだから、ドライバーやスプーンで低めに普通に打つのもいいけど、沖の"The Bass Rock"に向かって、自分の背丈よりも上がらない、ややスライス回転のゴロを打つイメージも湧かないだろうか?

 また、風はとにかく強く、そして雨は降ったり止んだりして、止んで晴れ間がのぞくと、途端に暑くなるし、雨が降ると5枚着て何とか耐えれる寒さになる。この自然条件の変化は英国特有のものだと思うし、フェアウェイもグリーン周りもグリーン上も不規則な起伏に富むのも、また同様の変化をゴルフにもたらす。とにかく、リンクスのゴルフは再現性が低い。日本では、にわか雨が降ったらブーたれて、アンラッキーなバウンドをしたらブーたれていたが、リンクスでは余りにその不規則な変化が多い為、ブーたれる気にはなれなかった。気象や土地という自然の変化との闘いの要素が色濃くゴルフに組み込まれている事を体で理解出来たからだ。登山をして、気象の変化や山道の不規則な起伏に文句を言う人は居ない。むしろ、それは登山の楽しみやエキサイトメント、あるいは難しさとそれに伴うゲーム性と分かち難い一要素である。リンクスでのゴルフは、日本のそれと比べると、ずっと登山の様なネイチャースポーツに近い要素を内包していた。刻一刻と状況の変わるゴルフってのは、元々相当にアンフェアなスポーツなのだ。
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  • North Berwick GC #15 “Redan”. ピンフラッグを見て通りの猛烈な風である。僕のティーショットは安全策を取りすぎて石垣の手前にぽつんと。グリーンオーバーだが意外に良い所。でも、ここから2打で上がれず、ボギー。

 これと比べると、日本のゴルフは兎角攻め手が限られる。グリーンやグリーン周りは平板で、また砲台が多い為、アプローチならスピンの効いた球や転がらない高い玉が圧倒的に有利だ。名門と呼ばれるコースに多い高い木立は風を遮り、そしてコースも遮る為、ある一つの球筋がかなり有利になる場合が多い。リンクスは逆とまでは言わないが、攻め手は常に複数あって、その選択の良し悪しも結構風やらアンジュレーションやらの偶然性に左右される。安っぽい文化論にはなるが、ある一つの道みたいなものに向かって刻苦勉励するのを好む日本のスタイルが、日本の正解があって再現性を要求するゴルフコースに反映している気がしてならない。一方で、複数の選択肢の中から、自分の意思で戦略を選んで複雑性に挑むのは、確かにアングロ・サクソンが好きそうなスタイルではある。もちろん、その選択には技術の裏打ちは必要なんだけど、実際プレーしてみると、いつもやってて技術の裏打ちをある程度持つやり方より、コース上でのイマジネーションによって打つ方が寄ったりするのがリンクスであって、英国人のジャスティン・ローズが全米オープンの18番のクラッチアプローチを、ハイブリッドで打って寄せてパーセーブして勝利を引き寄せたシーンを思い出す訳である(バンカーからパターで寄せて日本プロを制した日本人も居ましたがね)。
 そんな訳で、リンクスでのゴルフツアーは、初っぱなから相当考えさせられる所から始まった。
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  • North Berwick GC #11 “Bos’ns Locker”. 晴れ上がると、風でフェアウェイもグリーンもみるみる乾いて硬くなる。