ターンベリー アイルサコース

伝説のターンベリー

二日目はターンベリーホテルGCのアイルサコースである(エイルサ、とも)。今回一番楽しみにしていたリンクスコースだ。米ゴルフマガジン誌のランキングでは世界18位であり、2012年のスコットランド・リンクスランキングで1位。今年は少し落として4位。また、辛口で知られ、セントアンドリュース・オールドコースにさえ最高点を付けないプジョー・ゴルフガイドが、全ヨーロッパで最高点を付けた18のゴルフコースの1つである。
このコースが、僕の記憶によく残っているのは、ここがホストした2009年の全英オープンを、TVにかじりついて観ていたからである。当時確か59才、引退間近のトム・ワトソンが、最終日17番ホールまで1打リードのトップを守り、全世界のゴルファーを熱狂させたが、最後18番でセカンドをオーバーしてのボギー。そして老兵にプレーオフを勝ち抜く力は残っておらず、142年ぶりの最年長優勝記録更新はならなかったのだ。 ”Old fogey almost did it.” (老いぼれは殆どやり遂げたよ。) という敗者の弁が残っている。ワトソンと年は大分違うが、スタンフォード大の同窓であるタイガー・ウッズですら予選落ちする荒天の中、セカンドをハイブリッドの低い弾道でグリーン手前から転がし、そこからパーを拾っていくワトソンのゴルフは印象に残ったし、18番でセカンドをグリーンオーバーした時は本当に目を覆った。あの18番でプレーしてみたいな、というのが僕のエキサイトメントだったのである。
ワトソンはこのコースと縁があって、僕の生まれた頃に、ジャック・ニクラウスとの「真昼の決闘」をここで制して全英オープン優勝。2003年には全英シニアの記念すべきメジャー昇格第一回大会を同じくここで制している。クラブハウスにもワトソンの伝説的なプレーの写真が並んでおり、クラブ側のワトソンへの愛情が感じられた。その他、ここで行われたもう2回の全英オープンの写真も勿論あって、中嶋常幸が優勝争いに絡んだ1986年を制したグレッグ・ノーマンや、トム・ワトソンが土曜日までは首位だった1994年を制したニック・プライスの姿も誇らしげに掲げられていた。一方で面白かったのが、タイガー・ウッズの扱いである。ウッズの全英オープン参戦は、アマチュア時代の1995年からになるので、1994年のターンベリーには参加しておらず、前回2009年だけがターンベリーでの全英オープン経験になり、この時タイガーは、全英オープンへの参戦史上唯一の予選落ちを喫している。なので、ターンベリー的には、自分のコースで余り活躍していないウッズを取り上げる必要は本来無い筈なのだが、実はそれなりに目立つ所に写真が掲げてある。そしてその写真なるものは、予選落ちになる様な不甲斐ないプレーに怒って、クラブを投げ捨てる見苦しいシーンなのであった。すぐ下には、あたかも対比させる様に、同じ2009年の2日目、65というビッグスコアを出して首位ターンをしたトム・ワトソンが、同伴競技者に祝福される姿が掲げられていた。名門コースとはげに恐ろしい所である。
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  • 上:ふて腐れるタイガー。下:祝福されるワトソン。

キャディ

僕に付いたキャディは、ダレン・クラークみたいな初老の男だった。スコットランドでは、キャディは共用でなく、プロの試合と同じで、キャディバッグを担いで貰って、一人に一人付く。というか、僕はアメリカではセルフしかプレーした事無いのでアメリカの事情が分からないけど、共用キャディの経験は日本だけで、日本以外の国でキャディを付けたら今の所一人に一人パターンにしか出会ってない。会話を始めると、強いスコティッシュ訛りに苦労したが、彼は良くタイでゴルフすると言っていた。僕もタイなら10コースくらいプレーした事がある。これは共通認識の下に会話が出来ると思って、スコットランドとタイの差を聞いてみた。老キャディ曰く、全く違うゲームであると。タイでのゴルフは、アメリカと同じ様にスピンのゲームであり、日本で言うダウンブローに打ち込んでスピンを掛けるのが有利である。一方のリンクスでは、スピンとグラウンドでの転がしに大きな差は無い上、フェアウェイが硬い為、ダウンブローではエフェクティブロフトが安定せず、また高く上がりすぎる為、むしろレベルに打つ事が求められる。そんな事を言っていた。なるほど。たまに宗教の様にダウンブローを崇める人に出会うが、これは万能でなく、リンクスではレベルに打つのが良いらしい。もしかすると、日本のプロプレイヤーの中では、比較的レベルに打つ事で知られる久保谷健一が、ここターンベリーの全英オープンで初日2位、最終27位と健闘したのはその為であろうか。
また、僕のウェッジはロフトが58度にバウンスが12度という、いわゆるハイバウンスモデルで、この出っ張ったバウンスが前日から固い地面に跳ね返されて、全く距離感が安定してなかった。これもおそらくは地面の硬さとフェアウェイの刈り高の低さ故であろう。結果として乾いたフェアウェイは、冬場の日本の硬いグリーンに産毛が生えた程度の状態であり、ボールの下は即固い地面である。なので、ボールが浮く高麗芝の様に、軽くダフる位が丁度良いという事は全く無く、少しでも手前に入ったウェッジは、容赦なく地面に跳ね返されて、トップボールとなった。
とは言っても、急にレベルブローに調整できる訳でも無く、前日から跳ねまくっているハイバウンスのウェッジを買い換えられもせず、有りもので何とかする他は無い。天候は、この日も初日に続いて、風速20〜25mの猛烈な風が吹き荒れていた。そして、晴れ渡ったと思ったら、すぐに叩き付ける様な雨になるという、事前にイメージしていたスコットランドらしい変化に富んでいた。今日も大変な一日になりそうである。これに対して、僕に付いた老キャディは、前半は風上に向かうので、ボールは低く抑えて、三打目勝負をイメージし、後半は風を背負うので、ドライビングのゲームだと最初に全体像を語ってくれた。初めてのコースは、どうしてもホール バイ ホールの点の攻め方に没入してしまうから、この様に18ホール全体の構想を語ってくれたのは非常に有り難かった。こういった点も含めて、これはというリンクスコースでは、キャディを付けた方が存分に楽しめる。前日のノースベリックでもキャディを付けて、それはルーニーの様なデカくて若いあんちゃんだったが、フェスキューのきついラフからのアプローチの時、最初の2-3回は黙って見ていたが、やおら9番アイアンかPW位でコックを入れずに手首を使わずにレベルに打てと言った。ラフは芝が刈れるロフトが寝たクラブで、コックを入れて上からなるべく芝に接触せずに入れるのがセオリーだと思っていたが、これがリンクスのラフでは違うらしい。そして、キャディ推奨の打ち方を試してみると、果たして簡単に出せて、かつ寄ったのである。ターンベリーでも、何番だったか、グリーン周りの深いラフに入れてしまった。そこで、この前日に教わったやり方で寄せようと、老キャディにSWでなく9番アイアンを要求してみた。そしたら彼は、”Gentleman, wise choice”と言ってにっこりと笑った。
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  • キャディが担いでくれるスタイルは、ツアーで見るそれである。

アイルサコース

ターンベリー・アイルサコースは冒頭にも書いたが、世界の中でも評価がきわめて高いコースだ。でも、プレー序盤はなぜここまで評価が高いのか、余り分からなかった。ティーインググランドに立った時、あるいはアプローチをする時、前日プレーしたノースベリックほど明瞭には、幾つかの選択肢がイメージ出来なかったからである。また、メモラビリティという点でも、ノースベリックの方が印象に残り、かつ昔から有る石垣と、あと中世英語が残っているんだと思うんだけど、"burn"と呼ばれる小川がコースに複雑性を与えている気がした。それが、プレーが進んで、6番のPar3から7番のPar5を迎えた辺りでターンベリーの凄さを深く実感する事になった。特に感じたのはルーティングの妙である。ノースベリックと違って、ターンベリーは地形的に平坦でなく、所々かなりアップダウン、あるいは大きな傾斜がある。それを絶妙な形でコースに取り込んでいるのだ。
6番Par3、"Tappie Toorie"は、ティーインググラウンドとグリーンの間が谷になっている、日本でもよくあるレイアウトだが、グリーン周りが結構絞られている。グリーンを右にショートすると、高さ3mはありそうな巨大なポットバンカーが待っているが、左が海なので、おそらく風は今日と同じく左から右に吹きがちな筈で、右のハザードは大きなプレッシャーである。但し、傾斜はきつい受けグリーン、かつ左右は右が高いので、低いボールでグリーンに突き刺せば、風で右に流されたとしても、傾斜が止めてくれるのでグリーンには残りそうだ。グリーンにさえ着弾すれば傾斜が止めてくれる、見た目と反した易しさを信じ、勇気をもって左に低く打ち出す事を要求するホールなのである。逆に、風が陸から吹いていれば、グリーンの横方向は下りとなって、転がりを助長する傾斜になるが、左の深いバンカーのハザード度合いは弱まる事になってバランスが取れる。こういう、選択肢の幅が狭く、一つの正解を要求してくるホールは、リンクスでは初めてだった。でも、それがPar3という、グリーンを狙うショットでライをコントロールできるホールに配置された事、及びここが一番難しいPar3という事で、全体の中のバランスが成立している。海風に流される方向に受けてるこの地形を見つけて、ここを一番難しいPar3のグリーンにしたのが設計の妙なのである。このホール、僕のティーショットは、そのプレッシャーに負けて左に引っ掛け、設計者の思惑を超えたミスとなって深いラフに沈んだ。深いラフからやっと出したと思えば、谷底からの40ヤードの超打ち上げのアプローチ。それを何とか、それを見事ワンピンに付けて、このホールでパスさせてくれる為にグリーン周りで見守るアメリカ人のグループに拍手を浴びたのは僥倖であった。青息吐息でダブルボギー。
7番Par5、"Roon The Ben"は、左ドッグレッグ。高さのハザードが無いドッグレッグは、ショートカットが容易である為、飛距離に応じたアドバンテージが拡大されがちだが、ここは天然の砂丘が左から右傾斜を造っている。ショートカットしたボールにランが出て、右ラフに行きやすい作りなのだ。そしてグリーン周りも右サイドが厳しい。なので、左から吹きがちな海風に負けない強いフックボールを打って、左からの傾斜に当てるという難しい技巧に成功して初めてショートカットがフェアウェイに置け、そしてそれにはかなりのリスクを伴う。このバランス感は極めて良いと僕は思ったし、ここも海風の方向と天然の傾斜が意味合いを持って配置されている。グリーンに立って初めてそのホールの意図を感じた事も多かったが、ターンベリーでのプレーが進むにつれ、自然の地形を活かすとはこういう事かと、あらゆるランキングで上位に来る理由を実感していった。ここと比べてしまうと、重機の造成に頼った上で、更に平板なコースになりがちな日本のコースとは、確かに差があることを認めざるを得なかった。
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  • 6番。左ラフに打ち込んでとぼとぼと谷底を歩く。右の深いバンカーだけには入れたくない。

18番Par4 "Duel in the sun"

2009年の全英の最終ホールで、トム・ワトソンは、グリーンオーバーした2打目を、残り追い風で180ヤードを8番アイアンで打った。プレー後にワトソンは、後悔してるとすれば番手選択であり、アドレナリンが出てる中、8番では大きすぎて、9番で打つべきだったと言っていた。チャンピオンシップティとアマチュアがプレーするティは違うとはいえ、僕はセカンド何番で打てるのであろうか。もしうまく回れてパー以上であったら、「18番だけはトム・ワトソンを上回った」、結果セカンドがピンをオーバーしたら、「n番では大きすぎた。n+1番で打つべきだった」、等と帰国したら周りに触れて回ろう。そんな事を思いながら、風速20〜30mの強烈な追い風の中に放ったドライバーショットは、珍しくいい当たりで、風に運ばれて遠くまで転がっていった。
終わりよければ全て良し。意気揚々とセカンド地点に歩いていったのだが、妙にグリーンは近い。何と残りは90ヤード。追い風、かつリンクスではウェッジのフルショットでも1ピンから10ヤード位は転がるので、普段は70ヤード位を打つ58度で十分である。180ヤードを残したワトソンより随分有利な位置だ。パーを確信して打ったそのセカンドは、スリークォーターの積もりだったが、風に乗ったのかアドレナリンが出過ぎたのか、ピンをオーバーし、10m位のパットを残して止まった。オーバーしてから気付いたが、58度はn+1番のクラブがもう無い、一番ロフトが寝たクラブでは無いか。これでは帰国しても何も言えない。そんなどうでも良い雑念に囚われて打ったファーストパットは、オーバーの結果向かい風となった強風に押されて大ショート。その後簡単に3パットした僕は、あえなくボギーとなり、何とも中途半端な結果に終わったのであった。

「58度では大きかった。パターで打つべきだった。」
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  • 18番。セカンド打った後だと思う。ターンベリーホテルに向かって打つショットだ。これをワトソンはオーバーさせたのだ。

A scene at Turnberry

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  • クラブハウスの中。品がある。お金があったバブル時代に、なぜこれ位の品格を実現出来ずに、風呂場でマーライオンがお湯吐いてる方向に日本のゴルフ場は進化したのだろうか。

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  • スターターの小屋。今日も風が強く、旗がバタバタ鳴っている。

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  • ターンベリーの象徴の白亜の灯台が見えてくる。大地は見渡す限りのリンクスランド。

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  • 5番Par4。右の剛ラフに打ち込んだので、花道が空いている図。これ、ティーショットが左に広がるフェアウェイにきっちり行ってたら、花道が無くなって左右のバンカーに転がりやすい設計になっている。2オン狙うのか、刻むのかは相当考えさせられたと思う。この自由度と等価性が戦略性の与件である。

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  • ハーフ終わった辺りで、小屋があって休憩できる。ホットチョコレートを頼んだ。お姉さんに、海のそばだけどビーチあるの、と聞いたら、ある訳ないだろと大笑いされた。

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  • 小屋に入った辺りから土砂降りになったが、それは幸い数分で上がり、出たらそこには虹が。

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  • ♪わたしの心が空ならば 必ず真っ白な鳥が舞う。

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  • 8番終わった後かな。現実離れした美しい風景の中、現実に直面しながらゴルフをする。

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  • プレー後のディナーメニュー。スコットランドは、前菜+メイン+デザートからなる3皿コースのレストランが多かった。

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  • 設計図。風の向きが、前後のホールで違う事が多いが、4〜7番は同じ向きが続き、何とも傾向が言い難い事が分かる。

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  • さらばターンベリー。もう少し上手くなって、また来る日もあるだろう。