監督の現実性

今回のW杯、オランダの弱点が守備なのは誰の目にも明らかだった。ヤープ・スタムフランク・デ・ブールと当代屈指のDFが守った2000年代初頭、多少小粒にはなったがそれぞれリーグを代表するDFだったマタイセンハイティンハの前回2010年W杯と比べると、エールディビジの若いメンバーで占められる今回のオランダの守備陣は如何にも軽い。
弱点があるならまずそこを埋めるべきだ。人格に毀誉褒貶はあれど、世界屈指の戦略家であることは間違いないオランダ人監督はそう考えたのか、前のガーナとの親善試合から伝統的な3-4-3や4-3-3を捨てて、5バックという超守備的なフォーメーションを試し、そしてW杯初戦のスペイン戦にそれを用いて来た。前回覇者であり、現世界ランク1位のチームを相手する上で、現実的な選択肢をしたということだろう。オランダの3人のセンターバックは概ねセンターに陣取って真ん中のスペースを消していたが、ボールがセンターにある時は一人余り気味にマンマークに付き、サイドに有る時はラインディフェンスをするのが基本的なディフェンスの型だった。そしてサイドにある時はボールとは逆サイドのDFのポジションは多少高めでスペインの余ったウィングのマークに付くことが多かった為、ボールがサイドにあると4バック、センターなら5バックに見えた。この守備は概ね効いていて、スペインは狭くスペースに乏しいセンターでボール回しをさせられていた。スペインが逆転された後、フェルナンド・トーレスとペドロを前線に入れて、イニエスタのポジションを中盤に戻したのは、これを嫌ってスペースを欲したからだろう。しかし、弱点をうまく埋めたオランダを最後まで崩すことは出来ず、逆にリードした後は堅実にラインを下げたオランダにつられて、スペインの陣形は間延びし、縦一発から何度も失点や危ないシーンが繰り返された。オランダの戦略の勝利である。
そういえば、もう一つアジアに守備が弱点の国がある。そもそも守備の枚数が足りなくて、カウンターやセットプレーから簡単に失点することが多い。更に前線の高さも弱点で、終盤負けている時のパワープレイが難しく、コーナーキックショートコーナー一辺倒だ。オランダ人監督風に考えるならば、比較的守備が安定していた2010年の時のように、アンカーという形でDFの枚数を増やして4-1-4-1で戦うか、あるいは枚数増やさないまでも遠藤に長谷部なんていう常識外れに攻撃的なドブレピボーテを守備的な選手に入れ替えるのが合理的だ。特に後者については、今日のオランダもこのポジションはナイジェル・デ・ヨングジョナサン・デ・グズマンと守備的な選手を2枚揃え、攻撃的なイメージのあるブラジルだってパウリーニョルイス・グスタヴォと守備的な選手が2枚なんだから、日本だってピボーテの1人を守備的にしたって罰は当たるまい。でも、その守備の弱い国を率いるイタリア人監督は、もっとも守備が得意に見えた細貝というピボーテを落として、前線の選手を増やす選考を行い、そして前線には背の高いハーフナー・マイクや豊田といった選手は選ばれなかった。FIFAランクの低い国が攻撃的に行くことも、短期決戦でパワープレイをしない前提というのも、どちらも恐ろしく強気だ。そんな風に思っていたのだが、ある記事でイタリア人監督が後者の選考について語っているのを見つけた。曰く、就任後パワープレイについては幾度と試したが、日本人は子供の頃からのボールを大事にする文化が捨てられず、それは出来ない事を理解したので、その選択肢は捨てたとのこと。確かに負けている終盤、せっかく背の高い選手を前線に入れたのに、MFがボールをこねながら大事にビルドアップし、全くその背の高い選手にボールが行かないシーンを何度か見た気がする。
イタリア人監督は、オランダ人監督とは全く考え方は違うが、同じように現実的なのだ。埋まらない弱点は埋めようとせずに選択肢から切り捨てる。日本はこのW杯、負けている後半30分であっても、左サイドの長友と本田と香川でビルドアップする積りなのだろう。確かに、日本人選手の優れたスタミナを考えれば、慣れないロングボール入れて戦うより、そっちの方が確率が高いかもしれない。そして、遠藤や青山といった攻撃的な選手がドブレピボーテの一角で使われ続けるのは、この2名だけが縦に長いロングボールを入れられる勇気をもった、ある種ボールを大事にする文化から外れた選手だからなのだろう。もっと大きな枠組みで言えば、そもそも日本は余りセンターのゾーン守備が得意ではないから、そこを埋めることは捨てて、ドブレピボーテを2枚とも攻撃的にしていたという可能性すらある。3点取られても4点取れるサッカーをやろうってのだ。闘莉王の様な高さはあるが鈍足の選手を頑として入れないのも、DFにはラインを上げてポゼッションに貢献できる能力を最重視したからで、個の守備力や、ジーコ時代から得意としたコーナーキックからの背の高いDFのヘディングという得点パターンは捨ててもいいと考えたからなのかもしれない。戦略が取捨選択である以上、偏りは必要だ。その結果として、この守備の弱い国は、明日から相当スペクタクルな試合を見せてくれることだろう。