ブラジルW杯、日本代表総括

攻撃的サッカーの不正確さ

「日本は攻撃的サッカーでW杯予選突破、あるいは四強を目指す」。そんな表現をマスメディアの報道で良く目にしたし、一部の強気なプレイヤーは優勝すら視野に入れていた。だが、正直「攻撃的サッカー」なるものの意味は、余り良く判らなかった。日本は確かにボールを持つ時間帯は強化試合も含めてそれなりに長かったが、そのボールを持つ時間の殆どで攻撃はしていなかった。むしろ、ボールを奪われない様にスペースのある所で回していたのが目立つ。僕たち観客がイライラする時間帯である。ボール奪われまいとしているこの時間、よく考えると、行っているのは攻撃でなく守備である。ボールを持つということは、イコール攻撃では無い。
一方、オランダは5バックで今回は守備的サッカーをしてるという表現もマスメディアで目にしたが、グループリーグで10点取って、最も得点数が多かった国はオランダである。それも、スペインやチリを相手に。引いた布陣やカウンター攻撃が、イコール守備的なサッカーでも無いのである。
おそらく、サッカーのシーンの中で、最も得点が入る確率が高いシーンはフリーキックコーナーキックなどのセットプレーだろうが、流れの中では、高い位置でボールを奪った後のカウンター攻撃が最も確率が高いだろう。オランダは、この流れの中で最も確率が高い攻めをする為に、5バックにして深い位置のスペースを無くし、オランダにとっての高い位置でボールを回させることで、そこでボールが奪う機会を増やしているのだと思う。5バックは、守備一辺倒の戦術でなく、点を入れる為の戦術でもある。
おそらく、正しく用語を使うのであれば、日本はポゼッションサッカーを目指し、オランダはリアクションサッカーをしているのだ。そしてポゼッションサッカーのお手本であるスペインと共に、日本は敗れたのである。サッカーは相手より多く点を入れるか、相手より少ない失点で終えれば勝つゲームだ。我々は、ボールを持つことが相手より多く点を入れるか、相手より少ない失点で終えることに繋がるか、考えなければならない。オランダは合理的だ。5バックで危険な深い位置のスペースを無くせば相手より少ない失点で終える確率は高まるし、スペースのある高い位置に相手のボールを押し出してそこでボールを奪えれば得点の確率は高い。世界の多数派の国やクラブはこちらのサッカーを志向している。このサッカーをする代表的な監督はモウリーニョだ。いまオランダでリアクションサッカーをしているファン・ハール監督は、2010年のチャンピオンズリーグでは、バイエルン・ミュンヘンポゼッションサッカーで決勝に導き、対戦相手のモウリーニョ率いるインテルを「守備的だ」と挑発したのは記憶に新しい。前回W杯の岡ちゃんは、直前の強化試合のイングランド戦とコートジボワール戦で連敗後、アンカーを入れて守備を先ず固めるリアクションサッカーに切り替えて本番に臨んだのであった。一方のポゼッションサッカーは、考え方としてはボールを持ち続ければ失点はしないし、ポジションチェンジを連続させながら流動的にショートパスを繋ぐ、いわゆる「ティキ・タカ」によってゴールに近付き、ポジションチェンジの結果、マークがズレてスペースをこじ開けられれば得点の可能性が高い、というものだろう。だが、日本の今の実力ではボールを持ち続けることは出来ず、いつかはミスをして危険な位置でボールを奪われるという点が、どうも等閑になっている感は拭えない。

日本の実力では相手次第の戦い方にならざるを得ない

コートジボワール戦・ギリシャ戦ではボールを持てなかったが、コロンビア戦では持てて、日本らしいサッカーが出来た時間があった(だから惜しかった)。」そんな感想も幾度か耳にした。僕はこれにも違和感を持つ。コートジボワール、そしてギリシャも退場者を出すまでは、最終ラインを高く保ち、コレクティブでそして中盤からハイプレスに来た。だから本田も香川もボールをまともに持てずに苦戦した。コロンビアは既に予選突破を決めていて、バックアップメンバーが多い急造布陣であり、おそらく体力も温存したかったことから、無理に最終ラインを上げず、ハイプレスにも来なかった。中盤のプレッシャーが少なければボールは持てて当然。つまり、ボールが持てたか持てなかったかは、日本の良し悪しではなく、相手次第の要素なのである。
スペイン、あるいはFCバルセロナがどんな相手でもボールを持てるのは、そのポゼッションサッカーの内容が良いというより、イニエスタ、シャビ、あるいはメッシといったプレイヤーがどんな相手でもボールを保持できる実力があることが大きい様に思う。どんな相手でもボールを持てるプレイヤーが居なければ、どんな相手に対してもポゼッションサッカーをすることは出来ない。こう考えれば、日本らしいサッカーが出来るとか出来ないとかの議論がおかしいのは判るだろう。世界屈指のプレイヤーが何人も揃って初めて、その域に達するのであって、そうでない日本は相手次第でポゼッションできない時を想定しておかねばならない。その想定が今回のW杯では余り感じられなかった。再度オランダのファン・ハール監督と対比させるが、彼はポゼッションサッカーを基調に黄金時代のアヤックス、そしてFCバルセロナバイエルン・ミュンヘンを率いたが、オランダ代表では、ファン・デル・ハールト、ストロートマンと中盤の良いプレイヤーに怪我人が出ると、あっさり現実を見据えてリアクションサッカーに切り替えて本選に臨んだ。そして本選でも、リードされれば5バックからサイドバックのポジションを上げて、3-4-3に切り替えて中盤を支配に出たり、状況に応じた幾つかのオプションを的確に用いている。そんな起きうる状況への想定がどうにも今回の日本代表には感じられず、自分たちの、日本らしいサッカー教に固執していた様に思われた。

左サイドを止められると

ザック・ジャパンの強みは言うまでも無く、香川・長友・遠藤と良い選手が揃う左サイドである。2012年のコンフェデカップまでは、典型的にはこんなパターンでゴールを決めていた。遠藤から左サイドを上がる長友にパスが出て、相手ペナルティエリアの左側にまず前田が走る。それに前田と長友のマーカーが釣られて左に寄った所で、右利きの長友が右から抜いて中央に向かい、左サイドにいる香川と中央の本田とのパス交換で、全体に相手のプレイヤーが左に寄った所で、スカスカの右をフリーで走り込む岡崎が決める。
前田は、33試合Aマッチに出て10点しかゴールを決めないFWだったが、このスペース作りは、ラインの駆け引きと共に上手な所。それが、W杯本番で1トップが大迫になると、大迫の位置が特にコートジボワール戦では中央で低かった為に、中央にスペースが出来ず、長友も中央への切れ込みを研究されて、右側を切られっぱなしであった為、長友は中を諦めて、左サイドのタッチライン際を前に行くシーンが目立った。コンフェデでは前田か香川が出張ってる事が多かったスペースである。しかも、このスペースに入った後も、長友へのサポートが少なかった為に、長友は利き足でない左足でゴールから遠ざかる回転の長いクロスを上げざるを得ず、高さに劣る日本の前線ではこのボールを脅威に繋げられなかった。左サイドのタッチライン際から、前田・香川・長友が繋いで崩す様なコンフェデカップまでは良く見たシーンが、今回全く見られなかったと言っていい。
加えて、大迫が下がり気味であることで、相手の最終ラインもかなりラインを上げられた為、相手はコレクティブになれた。前の章で相手がコレクティブだったからボールを持てなかったと書いたが、日本が相手をコレクティブにさせてしまった側面もある。スペースの裏を狙ってくる足の速いFW相手だと、DFはラインを上げれないものだ。そうすると自然に中盤にスペースが出来て、戦いやすくなる。残念ながら大迫はそのタイプのFWでは無かった。狭いスペースで勝負する柿谷も同じ。大久保が呼ばれたのはその辺のスペース作りに特色があり、かつ2列目も出来るからだと思うが、強化試合のザンビア戦でのゴールは見事だったものの、Aマッチ60試合6得点の大久保は、Jリーグで確かに好調ではあったが、前田と同じかそれ以上に決定力に課題がある。
コートジボワール戦とギリシャ戦で、長友を中に入れさせない守備をされたことと、左サイドでスペース作りが出来ない状態が続いた為、コロンビア戦では1トップを大久保に代え、機能しない左サイドを前に本田は右サイドに寄り、全般にくさびの縦パスを増やす工夫をしてきた。青山が先発したのはこの狙いがあったからだろう。コロンビアがハイプレスに来なかったとはいえ、この変化は効いていた様に思う。この変化をなぜ試合中に出来ないのか、相手次第で柔軟に対応を変えることは日本の大きな課題である。しかし、それ以前に日本の強みだった左サイドでどう戦うのか、FW選定の時点でそこがブレていて、この変化が必要な状況を作り出してしまった感は否めない。
大迫は素晴らしいプレイヤーである。ただ、スペースを作り出すタイプでは無い。そして強化試合のオランダ戦における印象的なゴールも、ドイツ2部で取った6ゴール中5ゴールも、右サイドを起点としたゴールだ。こう考えると、比較的ボールを持て、スペース作りの必要が小さく、右から攻めたコロンビア戦、つまり彼が先発落ちした試合に、最もフィットするFWに見える。一方、スペースが無くて左から攻めたコートジボワール戦とギリシャ戦では、最終ラインの裏を取ってスペースを作れる大久保が、3人の1トップ候補の中で最もフィットしていた様に思える。ザッケローニの1トップ選択は逆の方が良かったのでは無いか。もっと言えば、その大久保がフィットする攻め方をするなら、前田をコンフェデカップ以降落とした理由が見えて来ない。日本の持病である決定力不足を補う為の、左サイドのティキ・タカだったし、そこに前田はフィットしていたと思うのだが、本番を前にすると、より決定力がありそうに見えるFWをつい選んでしまい、元々の作戦や練度が犠牲になる。そんな罠にどうも日本は陥った様に思えた。

結局1トップは誰が良かったのか

コロンビア戦、右サイドに寄った工夫は良かったと書いた。だが、それでうまく行かなくなった側面もあって、それはAマッチ79試合39得点と、抜群の決定力を誇る岡崎が不発になることである。確かに1点決めたのは岡崎だったが、前後半通じて、右サイドの岡崎の所で潰されるシーンが目立った。岡崎は大久保以上にラインの裏のスペースに走り込むのが特徴のFWで、マインツでは1トップを務めて、今年のブンデスでPKを除いた得点ランクでは3位にあたる15得点を叩き出したが、そのゴールの殆どは裏に走り込んで、長いパスを受けて決めたものである。コロンビア戦の1点はまさにその形だ。岡崎は、香川と比べると足元が上手く無いから、スペースの無い右サイドの低い位置でボールを貰うと、ミスマッチになる。岡崎のゴールは、左サイドで崩して右にスペースが空いた時に決めたものが多く、右から攻めようとすると香川ほどには機能しないのである。
結局、今のメンバーで誰が1トップに向いていたかを考えると、ポゼッションサッカーをする前提ではくさびになれる大迫や、狭いスペースで活躍出来る柿谷というのは理解出来るが、試合始まってハイプレスに来られてスペースが無く、比較的長めの縦パスを打たざるを得なくなった時に活躍出来るのは、裏に抜け出せる岡崎だったと思われる。岡崎はブンデスでまさにその役割で15点取ったのだし、特徴とするオフザボールの動きによって相手のラインを下げさせる効用も出たであろう。そして右サイドには大久保か清武。本番ぶつかってみたら、そういう選択肢が最善では無かったか。

トルシェジャパンの既視感

実際、岡崎1トップというのは、ギリシャ戦でごく短い時間行われた。だが、不発に終わっている。本番で突然やってみて不発なのはある意味当然だ。あれだけ強化試合したのに、1トップの候補はポゼッションサッカーが出来る前提でしか試されていなかった。そうでない局面を想定して、違うフォーメーションを試すことをなぜしなかったのか。前に書いた、ザッケローニの、パワープレイすら選択肢から排除する旨のインタビューからすれば、このチームはポゼッションサッカーしか出来ないと「選択と集中」をしたのかもしれない。だが、そうであれば結果論だが、やや雑な意志決定だったと言わざるを得ないだろう。そしてこれに対して既視感に陥るのは、日韓W杯、ノックアウトラウンドに進んだ後のトルコ戦で突如としてアレックスをFWに起用して不発に終わったトルシェという監督がいたからである。アレックスを選んだのは左のファティフの裏を狙って起点を作る意味では理解出来るが、試合でのテストは記憶する限り全くされていなかった。もう少し熟成していれば、このフォーメーションはうまくいったかもしれないと期待させるシーンはトルコ戦で何度もあったが、残念ながら結果は出なかった。
今回のW杯でも同じ過ちがプレーバックされた様に思う。コートジボワール戦、ギリシャ戦を通じて、自分たちの基調とするやり方が通用しない時のオプションは殆ど実行されなかったし、オプションとして実行された内容は岡崎1トップにせよ、吉田を上げてのパワープレイにせよ、自分たちのサッカーとは異なる内容だからか、余り強化試合でテストされなかった内容だった。一方で、ザッケローニが強化試合で何度も試した3-4-3は、攻めの時は片方のサイドが上がって実質4トップに近くなり、退場者を出した後のギリシャの様な引いて守る相手には、横幅を拡げてスペースを作る意味で有用だと思われるが、一度も使われなかった。ドリブルが得意な斎藤学も、こういうスペースが無い時のオプションとして呼ばれたのだと思うが、プレー時間はゼロに終わった。この相手や状況に合わせたサッカーのバリエーションとその準備状況は、W杯直前に5バックを試して、うまく行くと本番でもそれを基調に使いつつ、従来の3-4-3や4-3-3もシーンによっては併用してくるオランダとは大きな差があったと言わざるを得ないだろう。ポゼッションサッカーで世界に挑み、そして通用しないと急ごしらえの布陣を試す。我々はジーコジャパンとトルシェジャパンの時代を学んだのだろうか。負けは負けだ。だが、次に同じ過ちを繰り返さない負けであって欲しい。