内定取り消しを取り消したら勝利なのか。

たぶんNTVは訴訟に負ける

内定者ってのは法的には結構守られた存在である。内定の法的効力は、一般的には将来の採用予定日を勤務の開始日として、一定の事由による解約権を留保した労働契約の成立とされている。つまり正社員に内定することは、「一定の事由」さえ無ければ、ほぼ正社員と同等に守られているのである。そして、その「一定の事由」とは、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる。これじゃ曖昧な表現でさっぱり分からないが、この基準を具体的にどう適用するかを積み上げてくのが判例であって、例えば、外国籍であることを言わずに内定した人が、その隠匿を理由に取り消されたことを、裁判所が不当であると否認した判例があり、これから類推するに、銀座のホステスであることを隠して内定したとしても、それを理由に取り消すことは法的には厳しそうである。なぜなら、国籍を理由に差別することが社会通念上相当でない以上、職業を理由に差別することも社会通念上相当で無さそうで、かつ虚偽の申告をしていた訳でも無いからである。

中の人常識

この辺りのこと、大企業の人事部だったら百も承知な筈で、それであっても取り消し強行して採用しない方がマシと判断したか、あるいはまさか訴えてはこないとタカをくくっていたか、どちらかだったのだろう。前者については、NTVは過去に所属の夏目三久アナのスキャンダル写真が流出して、ネットとリアルを問わずメディア上でおもちゃになった挙句に、その後辞職した事案があった為、これに相当懲りて、女子アナにスキャンダルが発生した場合の採用責任は問われたくないという考えが働いたのかもしれない。夏目三久アナの一件で、NTVの業績に具体的ダメージがあったとは思えないのだが、中の人的には騒ぎで疲れ果てて、あれはもう嫌だと思っていることは想像に難くない。だが、そんな「中の人常識」は、「法的判断」とは異なっているということだ。ただ、法的には内定取り消しを貫くのは難しいにせよ、そんな中の人常識を持つ至る過程については同情すべき所もある。逆に、本件について、

  • キー局のおっさんは、銀座のお店に行かないのか。ダブルスタンダードだ。
  • キー局のおっさんは、銀座のお店に行ってそこで働く女性を清廉性が低いと見下しながら飲んでたのか。

みたいな批判が主に別のおっさん層から出ていたが、これには共感できない。そういうおっさんも、自分の結婚相手として銀座のホステスを一般人と同等に許容できるかと問われれば、ぐぬぬとなる人も多いと思われるし、だからこそ成り手が限られて、夜の商売は高給になっている要素がある。対象によってスタンダードが異なるのは当然のことだ。

ターニングポイント

また、後者のまさか訴えてこないとタカをくくっていた可能性が正しければ、その前提は今後の働き口を狭めるようなことはしまい、という事だろう。確かに、ここまで揉め事で有名になると、もう採用するという会社はテレビ局であるかを問わずごく少数であろうし、訴えて勝って入社したとしても、扱いにくく、まともに仕事を与えず飼い殺し、ということも十分考えられる。「中の人常識」と「法的判断」が異なることは多々あるが、法的判断に沿った実際の運用は「中の人常識」に委ねられるのだ。ここで考えるべきは、内定取り消し訴訟に法的に勝つことが本当の勝利かという事である。勝って入社しても女子アナという職種での活躍は出来ず、転職もままならない、という状況が発生する可能性は結構ある。そういった状況下で法的に勝てるから訴訟するというのは、果たして総合的に考えて合理的だったのだろうか。そこは弁護士の法的アドバイスの範疇を超えた、自分で得失を判断すべき世界だが、銀座のクラブに二度だけ連れてかれた事のあるオッサンから見ると、そちら当座の精神的納得感はあるけど、何らか和解金貰ったとしてもトータルの実利では茨の道やでと思う次第である。
あと、本件の余波として、今後キー局に限らず有名大企業が、採用の際に必ず「風適法第2条4項による接待飲食等営業(酒類を提供しつつ異性による接客サービスを提供する店)に該当する店で働いたことは一切ありません」みたいな一筆をあらかじめ取る方向に進化するかもしれない。その場合、銀座への美人女子大生の供給は一気に少なくなり、接待飲食等営業への従事者の平均年齢の劇的な上昇が観察されると共に、素人とプロの垣根が再び高くなる時代へのターニングポイントになるだろう。