シイベルヘグナー

こんなニュースが有った。

米国産背骨付き肉、日本の業者が発注

 米国産牛肉に特定危険部位の脊柱(せきちゅう)(背骨)が混入していた問題で、この牛肉が日本の輸入業者の発注に応じて出荷されていたことが米農務省が17日に公表した調査報告書で明らかになった。この問題では米国側の検査体制のずさんさが浮き彫りになっているが、日本側の認識不足も明らかになった。

 報告書によると、発注したのは日本シイベルヘグナー。日本が米国産牛肉の輸入再開を決めた直後の12月27日、背骨付き肉や舌などを含む子牛肉を発注した。その後、当初発注していた子牛の骨については「通関時の混乱を避けるため」として注文を取り消した。

 ジョハンズ米農務長官は17日の会見で、日本側の発注で輸出されていたことについて、「(問題の責任について)誰かに不満を述べることはしない。日米合意に基づいた形で輸出されていることを確認する責任は我々にある」と述べた。

米国産背骨付き肉、日本の業者が発注

なんだそりゃ、という話だが、僕は今とくに日本側の認識不足に憤る気分でも、米国側の潔いコメントに感嘆する気分でも無いので、発注したうっかり者、日本シイベルヘグナーについて語る事にする。

なんで、こんなマニアックな会社の事を話すかと言うと、僕が駆け出し銀行員時代に、日本シイベルヘグナーが部署の取引先だったという縁からである。僕が所属した部署は、在日外資系企業への融資・外為などのサービスを専らにする部署で、当時は、邦銀の信用力も極めて悪くて、殆どビジネスになっておらず、GEとかを訪れると、

"We are Triple A!"

とか苛められて、やむなく、

"We are Triple B!"

とか捨て台詞を吐いて帰るという感じだった。かっこ悪い!

それで、この日本シイベルヘグナー社は、当時のへぼへぼ邦銀を見捨てずにお取引を続けてくれた有り難いお客様の一社なのである。お尻を向けて眠れないが、ブログのネタにはしてしまおう。業務内容は、要はスイス系の商社で、ちょっと前まではライカのカメラの輸入総代理店であった事と、WENGER社のアーミーナイフを輸入している事は知っていたし、その後自分が時計マニア度を上げるにつれて、ユリス=ナルダンやらロジェ=デュプイやら一癖有る複雑機械式時計の代理店で有る事も知ったのだが、牛肉なんぞ輸入して居た事は知らなくて、ついシイベルヘグナー社と、その親会社であるDKSH社のウェブサイトを調べてしまった。

日本シイベルヘグナー社
DKSH

ウェブサイトを見ると、まず飛び込んでくるのはこの一言である。

  • 「結果について議論する遥か前にビジネスはスタートしています。」

日本語で書かれた企業のウェブサイトのトップページの巻頭言の中で、最も違和感を感じた一文の一つである。なにやら深遠なる真理を語っている様だが、いまいち釈然としない。たぶん、日本語がイマイチなせいと、内容が無いせいだろう。上記一言を簡単にするとこうなる。

  • ビジネスは、結果が出る前にスタートしています。

当たり前である。しかも最初の一言をよく読むと、結果について議論している模様である。プロシージャを整理してみよう。

  • ビジネスのスタート→結果→結果についての議論

なるほど。こう書くと「遥か前」という台詞に納得感が出てきた。内容が無いと言ったが、実はなかなか含蓄深い一言かも知れない。

あと、話は脱線するが、この一言で思い出したのは、PWCのITコンサル部門のスピンオフ時のキャッチフレーズである。マンデーというのが新社名であるが、

「マンデー、全てのビジネスは月曜に始まる。」

・・この後直ぐにこの会社がIBMに買収されてしまったのは、間違いなく名前とキャッチフレーズがどう考えても恥ずかしいものだったからであろう。なぜ、マンデーなのかは、なぜりそな銀行かと同じ位疑問であったが、「monday.com」というドメインが奇跡的に空いていたから、という理由らしいと後から聞いた。
ん、何かこういう企業の真面目にやってるんだろうけど、微妙な結果に終わってるものを集めたブログというコンセプトも面白い気がしてきた。今後の検討課題と致したい。

一つ一つ突っ込んでいくとキリが無いので、さっぱりここで社史に焦点を絞ろう。このシイベルヘグナー社のビジネスは、シーベル&グレンウォルド商会が横浜で生糸のトレードを1865年に始めた事に由来するらしい。それで、DKSH社のウェブサイトを紐解くと、19世紀の中頃、3人のスイス人、Diethelm氏がシンガポールで、Keller氏がフィリピンで、Siber氏が横浜でそれぞれインディペンデントにビジネスを始めたのが、20世紀も中盤になって、3社を統合するホールディングカンパニーを母国スイスに作った、というのが、DKSH社の歴史とのこと。

なにやら心躍る話ではないか。1865年って言ったら、明治維新が1868年だから江戸時代でっせ。そんな時代にスイス人が渡来してきて商売を始める。素晴らしいアントレプレナーシップベンチャースピリットである。

19世紀のアジアにおける欧米系商社の存在は、割と僕が好きなテーマの一つで、いつか研究してみたいと思っている。アヘン戦争の黒幕であり、薩長にアームストロング砲をもたらした存在でもあるジャーディン=マセソン商会が最も悪名高いが、このシイベルヘグナー社もその一角という事だ。国家として海外へのコミットメントが低いスイス系という事で、他の欧米系商社と同様の、歴史的役割を果たしたとは想像出来ないが、当時の日本の屋台骨を支えた横浜の生糸貿易のシェアとか、調べてみると、なかなかシグニフィカントなものが有るのかも知れない。少なくとも日本人の間のスイス観というものを、スイス製商品の導入を通して培っているのは事実だろう。

そんな会社であるが、今回はこの背骨付き肉の輸入で日米関係を揺るがしたのは間違いない。今が凡そ1世紀半に亘る社史上、最も歴史に影響を与えている瞬間かも知れない。結果、何を引き起こすのか、対日制裁なのか、「肉食国家」米国の肉牛検査ポリシーの改革なのか、はたまた吉野家倒産に止まるのか、今後の動向に要注目である。