量的緩和解除と増税

量的緩和解除についての議論はそろそろ出尽くした感がある。今更これをなぞるのは重畳的なので、一つ今までの議論の中でまだ出て来ていない視点で考えてみようと思う。量的緩和増税の関係についてである。

今回の増税は、定率減税の全廃という表現なので、あまり増税感が無いが、2006年度は前年比税額は確実に増える状況なのはご存知だろうか。また、夏に参院選を控えるので、現時点では全く俎上に上っていないが、参院選が終ればあと2-3年は大きな国政選挙が無いので、ぞろ2007年度以降の増税がスケジュールに上って来るのは間違いない状況である。目の前に山ほど増税のネタが控えているのが「今」なのである。

増税といえば思い出されるのが、97年度の橋本総理下で行った増税及び緊縮財政政策である。96年度が実質3.2%成長と久々に「いい数字」だったことから、チャンスと見た政府が、消費税の5%化・公共投資の大幅カット・社会保険負担の増額等を柱にした財政再建優先の政策を打ったのである。結果として、内需が2.2%減り、外需で辛うじて多少は打ち返したものの、経済全体としては-0.7%成長と、74年以来のマイナス成長を記録した。これはつまり、消費税を2%上げたら内需が2.2%減ったという事で、莫大な政府債務に返す為の原資として税金を上げてみたものの、その分経済が縮小してしまって、借金の額は変わらない為、実質的な返済負担が増してしまった(良くて増税分の効果を打ち消してしまった)という事だ。

経済成長がガンガン続いていれば、借金の金額は変わらなくても、借金返済の原資となる経済規模が大きくなっているので、実質的な借金負担は軽くなるのだが、これは、うっかり目先の増収に気を取られて、逆を「やっちまった」という政策である。僕が政策をそれなりに理解する様になったバブル時代以降において、この政策群は知る限り最悪の財政政策だったと思っている。橋本総理は賢そうな人では有ったが、どんな賢い人でも、いざ責任ある立場で決断を下す段になると、間違えてしまうものなのだろうか。後講釈なら、これはかつての金解禁に匹敵する、「台風の中窓を開ける様な政策」に思えるのだが。

この増税による需要減は必ず発生するものなのだが、ケインズ的には増税は景気が過熱している時に行われるべきものなので、余りその需要減を食い止める施策について、ケインズ経済学は明快な答えを持っていない様に想像するが、新古典派の立場からすると、マネタリーポリシーとのセットで解決できると思われる。つまり、増税とインフレターゲティングとのセットである。

増税を行うのと同時にインフレを起こせば、名目経済が縮小するのを防ぐことが出来る。消費税2%上げるのに、2%インフレが起きれば、実質の需要減と名目のインフレが相殺して、名目上の経済規模の縮小は起きず、増税による税収増分が純粋に借金返済に充てられる。

日銀のこれまでの量的緩和は、いわゆるリフレ政策の一種で、インフレ率の押し上げを目標にしてきた訳なので、この効果が出てきている現在は増税するには適した環境であり、それゆえに2006年度増税が無事行われたのだと推察する。今回は、金融政策の自由度回復や一部の過剰流動性への牽制という観点から量的緩和解除を何であっても行った方がいいという判断が有ったので、量的緩和が実行されたが、ではリフレ政策にピリオドを打った上で、政府債務返済の為に不可避な増税を、どうデフレ回帰を避けつつ実現する仕組を担保するかというのは、一つの重要な論点であっただろう。

僕は、その仕組の一つが0-2%という物価上昇率の目安という実質的なインフレターゲティングの導入であったと思う。今後消費税を上げるなり何なりの増税の際に、日銀は物価上昇にある程度コミットしているという姿勢を示していれば、デフレのリスクを排除できるのでは無いかという事である。インフレ率がプラスであり続ければ、97年の様な経済の縮小による債務負担増というのは発生し得ない。

という事で、僕はこの物価上昇率の目標設定というのは、2007年以降の、series of 増税のインフラ作りという使命も有ると睨んでいる。

今の政府債務の状況を見ると、僕は増税自体には賛成なので、97年の様にヘタ打たずにうまくやって欲しいと思う。ただ、個人的に気になるのはインフレの方である。デフレというのは、経済規模が縮小するので、借金の金額は変わらないのにフローの経済規模が縮小して経済主体の実入りも減少するので、借入主体に取ってみると実質的な債務負担増、貯蓄主体に取ってみると、現預金の価値が上昇するため実質的な貯蓄の価値増という事で、大まかに行くと日本経済の中で最大の貯蓄主体である個人が潤い、借入主体である政府が損をしていたのである。あんまりそんな実感は無いのだが、デフレに伴う実質的な購買力の増加として、実はこの効果を国民はエンジョイしていたのだ。

インフレは当然逆で、借金の金額は変わらないのにフローはインフレに従って増えるので、借金主体に取っては良く、貯蓄主体にはインフレ率に大体利率が追いつかないので良くない。つまり、インフレにするというのは、国民から政府への実質的な価値移転なのである。

この手の話は、えてして銀行叩きの文脈でしかマスコミに登場しないのが不思議である。この前、ゼロ金利によって実質150兆円が個人から銀行に所得移転したなんていう話がマスコミに出ていたが、それはよく読むと150兆円の根拠は、バブル潰しの8%台の高金利から0%を引いて個人貯蓄と期間を掛けるという、無茶無茶な論理であった。銀行叩きが受けるのは判るが、マスコミが過剰に国民にニュースを娯楽として提供するが故に、国民は真実から遠ざけられる。

さて、個人的には大した金融資産を持っている訳ではなく、むしろ毎月の支払に四苦八苦な状況なので、インフレだデフレだと言っても僕の家計には影響僅少なのだが、理論的な話をすると、こういうインフレ期待がある時は、預金よりもインフレに従って価格が動くと考えられる株式類等を持っておくのがベターと思われる。もちろん、インフレ率よりも株のボラティリティの方が遥かに高いので、そんな0-2%のリスクをヘッジする為にもっと高いリスクを取っていて不合理だという反論はもちろんあり得るが、そこはマクロで見るかミクロで見るかの違いであろう。

一般的には上述の通り、これまでは銀行に預けるのは無意味だったが、金利の復活によって、これから銀行預金の魅力が増すと言われているが、金融的に正しく考えるならば、逆である。デフレでゼロ金利だからマネーがリターンを求めてリスク資産に移行するのは、黙っていても実質的にカネの価値が上昇するというオポチュニティを放棄する為、間違ったチョイスになる。同様に、インフレ時に、インフレ率をビートしない様な金利の銀行預金にマネーを入れておくと価値が実質的に減価するので、まさにこれからの時代は、銀行預金ではなくリスク資産・物的資産への移行を加速させて、積極的にリターンを得ないといけないという事だ。