延長戦の戦い方とポリバレント性

ベスト8に残っていたチームの中では、ずば抜けて好きなのはアルゼンチンである。ロジックとアートが程よく融合したチームなのがいい。
今日は、このアルゼンチンとドイツという、準々決勝の中で一番注目していたカードが有ったが、仕事で打ち上げが有ったので、後半13分からしか見れなかった。六本木で飲んでいて、1時を過ぎているのに気が付いて慌てて帰ったのだが、外苑東通りを歩いてる途中に、大盛況のレジェンズ・スポーツバーから歓声が上がって、暫くして「ドイッチュラント!」「ドイッチュラント!」と声が上がり出したので、ホームのドイツが先制かなーと思っていたら、アルゼンチンが先制していてちょっと驚いた。
見始めた後半13分からクローゼの見事な同点ゴールが決まるまではドイツが一方的に押し込んでいたが、ゴールが決まると試合が落ち着いて、延長戦もイーブンの試合かなという雰囲気であった。
延長戦が始まって驚いたのが、アルゼンチンの延長戦での戦い方である。後半34分にクレスポに換えてインテルのフリオ=クルスを入れている。フリオ=クルスは、190cmとアルゼンチンの中では体格に恵まれ、いまいち芸人の東野に似ているのが気になるが、インテルにおけるアドリアーノとの2トップは迫力満点である。
僕は、ペケルマン監督がフリオ=クルスを入れたのは、今田とのコンビでシュールな笑いを取る為ではなく、前向きな3つ位の狙いがあると感じていた。1つはドイツが敗勢の中、パワープレイに出て放り込んでくる事への対応である。アルゼンチンのセンターDFであるアジャラエインセは非常に優れた選手だが、残念ながら高さは無い。そこで、セットプレイの時の対応として、スピードのあるテベスを前に置いて、フリオ=クルスは下げて高さに対応するという策に出たのは極めて理にかなっている。但し、そこで逃げ切りの為に単に高さのあるスカローニ等の守備的な選手を入れるのでは無く、前線の選手を変えたのがペケルマンの優れた監督である由縁である。前線の選手を変える事によって、後述するもう2つの狙いが実現されるのだ。
2つめの狙いは、仮に一点返された場合でも、足が止まってきた後半に前線に高い選手が居ることによって、アルゼンチンが逆にパワープレイをするオプションを残したという事であろう。最後は、前線にフレッシュな選手を入れる事によって、長いボールを蹴って放り込んでくる起点にプレスを掛けるという事である。事実、フリオ=クルスは前線に一人残ったりはせず、ボールを失った後に積極的にチェイスをしていた。
こういう狙いが有ったので、延長開始後のアルゼンチンは仕切り直しでクルスを前線に置き、ボールを放り込んで、テベスやマキシ=ロドリゲスなどがセカンドボールを狙ってくるのかと思いきや、持ち味である前線での極めてクリエイティブな細かいパス回しで挑んできたのは驚いた。疲労の局地にある延長戦で、こういう集中力を要するサッカーが出来るのは驚異的である。フリオ=クルスもやや下がり目の位置でボールを貰って、はたいていた。ただ、この役割は僕は流石に疑問で、本当にこの人はインテルで21ゴールも上げていたのかという位、足元にボールが収まらなかった。彼は、ドイツのMFが最終ラインに吸収されて、ルーズボールが拾える中では、もっと前に居るべきだろう。その方が、小さいスペースで左右どちらでも打てたり、ヘッドが強かったりする彼の特徴が生きて、オプションが増えたと思う。また、守備でもズルズルと下がらず、マスチェラーノやルイス=ゴンザレスが、2列目を形成して、ミドルシュートを打たせていなかった。
一方のドイツは、延長戦に入っても、4-4-2でMFが横一列に広がるいつもの形を維持していた。前半こそ、オドンコーやボロブスキーの両ウィングが突破を見せてクロスを上げるという形が作れていたが、徐々に防戦一方になり、バラックが怪我をしていた事も有って、途中からは守備ラインを一列にして7人も8人も最終ラインで守るという必死の状態でしのぎきったという感じであった。ただ、一点を守れなかったアルゼンチンに比べ、バラックの怪我で数的不利になっているのをフィジカルの力でしのいで、PK戦で五分の勝負に戻す事が出来る所は流石である。最後は、怪我をしているがチームの精神的支柱であるバラックを2人目と早めに使って成功し、流れを作ったドイツがあっさりと勝った。
勝ち負けで言えばドイツの勝ちだが、どちらがいいサッカーを延長戦していたかと問われれば、選手が変わっても、自分の形を維持して、攻めたアルゼンチンの方かなと思う。フォーメーションや選手が変わって、かつ延長戦の疲れの中同じサッカーが出来るというのは驚異的だ。これを見ると、後半の終わりや延長になると、個人の能力やセットプレイ次第になるアジアのサッカーは、まだ伸び代がある様に思う。
また、トルシェがしきりに言っていた「ポリバレント=(複数のポジションをこなせる)」だが、今日のサッカーを見ていて、これは器用になって複数のポジションが出来る様になれ、という意味では無くて、同じ戦術理解と高い基礎技術を共有すれば、自然とポリバレントになるという意味だと理解した。ボールを失わないトラップ、ドリブル、正確なキックが有れば、センターFW以外で有れば、前でも後ろでもアクシスでもラテラルでもプレイ可能なのである。延長戦が始まる時に、解説の反町さんが、アルゼンチンはリケルメが退いて攻めの形が無くなったから苦しいと言っていて、僕もそうかなと思っていた。しかし、実際始まってみたらマキシ=ロドリゲスが普通にリケルメのポジションをこなしていたり、カンビアッソが見事な攻撃参加を見せていたりしており、戦術理解と基礎技術の重要さを痛感した次第である。
このMF4人の形でアルゼンチンが戦う事はかつて殆ど無かっただろうが、ドイツが2トップという事も有って、定石通り3バックにしてサイドバックのソリンやコロッチーニが攻めに参加し、それはとても機能していた。これも戦術理解が共有されていたから出来る芸当である。
日本のサッカーは3バックなのか4バックなのかを固定してしまっているので、同じ様な形にはなるのだが、どちらかと言うとワンパターンと言うべきだし、2列目の選手のパフォーマンス次第で強くも弱くもなる。一方でアルゼンチンは、メンバーが変わっても相手の状況に合わせながら攻撃の人数を足し引きするいつもの流動的なスタイルで戦う事が可能だ。だから延長戦でメンバーがいつもと全然違っていても、90分までと同じスタイルでプレー出来る。また、リケルメというファンタジスタが居なくても、大きくパフォーマンスダウンしない。これは個人技の差以上のサッカーの質の差の様に感じた。
さて、アルゼンチンが負けた今、次に好きなチームはポルトガルだ。デコ無しでDFのフィジカルが強いイングランドというのはなかなか厳しいが、ポルトガルのディフェンスラインも優秀なので、ルーニーパウレタの裏取り合戦で、最少得点差の勝負になる感じはする。買った方と、ブラジル VS フランスの勝者だ。僕は個人技に頼るブラジルのサッカーは、レアルマドリーと同じで好きでは無いのだが、まだフォーメーションがしっくり来ていないフランスやFWを欠くイングランドだと、ちょいとブラジルに勝つのは荷が重いだろう。
イタリア VS ドイツも面白そうだが、ドイツもアルゼンチンを破って勢いに乗っているので、結構な可能性で日韓大会と同じくドイツ VS ブラジルの決勝になりそうだ。この決勝戦なら、ホームという事で清く正しく優勝はドイツのリベンジに一票入れたい所である。
あんまり予想は好きでは無いが、可能性としては、決勝戦はドイツ VS ブラジル、見たいのはイタリア VS ポルトガルという事にしておこう。