野次と交渉力

国会中継の映像を見ていて、ふと思った事である。
典型的な国会の光景として、与党や行政府が訥々と答弁し、野党がそれに散々に野次を浴びせるというものがある。
自分は議員の経験は勿論無いが、学生時代の「学生会」みたいなので野次を飛ばされた経験は有る。これは若かった事を除いても、答弁者に取っては非常にプレッシャーになるもので、ついついしどろもどろになってしまった覚えがある。また、株主総会のシーズンだが、かつての総会屋も散々に野次を飛ばして、これを武器にしていた為、総務部には様々な議事運営ノウハウが有ったと聞く。野次というのは、これは百戦錬磨の経営者をもってしてもなかなか対処に困るものだったので、そこに総会屋の付け入る隙が生まれ、一部の企業はダークサイドに落ちたのだろう。そういえば、ライブドアの総会の中継を見たけど、野次は総会屋顔負けのが飛んでいた。
しかし、野次がうまい政治家や総会屋が、果たして優れた交渉者であるかというと、答えは明らかにNOである。スモールグループで相対する交渉の席で野次は飛ばせないし、机を叩く様なマナーの悪い交渉者は、そもそも交渉から排除される。彼らは脅迫者で有っても交渉者では無い。
交渉がうまい人というのは、タフかつ常に冷静で、何は譲れて何が譲れないかの損得勘定に優れ、今はロジックで押すべきか人情に訴えるべきかのゲームのルールを弁えている人である。よく、声のでかい人の意見が通りやすいとは言うが、M&Aの現場の様な専門的かつ損得が込み入った場では、声のでかさが役に立っているのを余り見たことが無い。
何でこんな事考えたかというと、官僚とか二世政治家とかのエリートが、ヤクザまがいの野次を浴びながら答弁をして、通常のディベートとか交渉よりも余程タフな経験をする筈なのに、なぜに日本外交は決して交渉力が有るとは思えない状況なのかという事に疑問を持ったからである。
これは、日本の国会論戦が質問と説明の域に止まって、ディベートでは無いからだと今は思っている。ディベートになると、当該分野については相当の専門性と知識が無いとそもそもゲームにならない。今の国会は、以前と比べると相当改善された様には思うが、まだまだ良質の「職業政治家」を輩出するには、環境が整っていない感じがする。この所、クソ面白くない内部統制が、マネジメント層でメインの話題の一つになっているが、SOX法(Sarbanes-Oxley Act)の様な歴史に残り、かつ1000条以上に上る網羅的かつ極めて専門的な法律を、民主党上院議員共和党下院議員が、議員立法で作ってしまうのがアメリカの議会制民主主義のダイナミズムである。
SOX法は、もともとサーベンス氏とオクスレー氏が別々に出した法案を、別々に議会が可決し、その後統合して今の形になったと聞く。何でもアメリカを見習えとは米一粒ほども思わないが、こういう法律が書けるスタッフと、問題点に着眼して、法案提出・成立まで持っていく議員のリーダーシップ、専門性、洞察力は、日本とは懸け離れたレベルにある。日本でも優秀な官僚制度のベースに加えて、議会の中でこれらが整ってくれば、国会論戦も前近代的な野次合戦から、より実りがあるディベートが可能になるだろうし、そのベースから、世界に伍して交渉できる議員出身の外交家が育ってくるのでは無いかと思う次第である。