(続)ソフトバンクの勝算、ファンド的視点

昨日に続いてのソフトバンクボーダフォンネタだが、クリエイティブなファイナンススキームに反して、事業面でのインサイトは記者会見からは乏しい。極めて地味な施策を積み上げた感があり、ソフトバンクグループが持っている既存秩序の破壊者的な要素は殆ど無い。

孫さんが言っていたのは、主にこの三点である。

  1. バックボーンネットワークの垂直統合によるコストカット
  2. ヤフーのコンテンツとの融合、ボーダフォンユーザーへのコンテンツ販売
  3. 営業網のシェア

順番に検証してみよう。

ネットワークの件が第一に挙げられているが、この効果は余り大きく無さそうだ。なぜなら、日本テレコムボーダフォンはかつて同じグループであり、ボーダフォンのバックボーンは日本テレコムのものを使える場合は基本的に使っていると考えられる。従って、他社バックボーンから切り替えられる余地は余り大きく無い筈だからである。加えて、切り替えられるバックボーンについても、既に垂直統合を終えているKDDIが劇的にプロフィッタブルだったり、通信料金が安かったりという事実が無い以上、劇的なインパクトは無いと考えた方がいいだろう。
但し、これは顧客サイドに影響しない、意思決定すれば下がるコストという事では有るので、インパクトは小さいが必ず実行できること、として軽視はするべきで無い。

第二はコンテンツだが、コンテンツによるプラスのインパクトは、①コンテンツが充実した事による顧客増、②コンテンツ自体の販売による売上、の二点に絞られる。前者については、現在の携帯がコンテンツの充実度によってドライブされているマーケットでは無いと考えられる上、可能性を検証する為に論理的に分解すると、ヤフーのコンテンツに競争優位があり、かつそれが携帯ユーザーの間でも優位性を保ち、かつコンテンツによってユーザー数がドライブされる、という3ステップが要求される施策であり、こういう前提条件が幾つも必要な、いわば風が吹けば桶屋が儲かる的戦略の成功確率は経験上余り高くない。
但し、後者については、一定の貢献が考えられる。ヤフーのコンテンツ売上は600億円とのことで、ヤフーのユニークユーザーが4200万人、ボーダフォンジャパンのユーザーは1500万人なので、単純に2.8分の1として、

  • (600億円÷2.8)−(現在のコンテンツ売上−携帯にしかないコンテンツ)

分位は効果がありそうだ。勿論、ヤフーのコンテンツ全てが携帯ユーザーにとって新しく、全てが需要増となる、という様な楽観的な見方も出来なくは無いだろうが、現在の携帯とネットのシンクロが進んだ現状では、上記が正しい推論の様に思われる。

第三は営業網のシェアである。これは地味だが意味があるだろう。もともと電力系で、定評のある日本テレコムの法人向け営業網にボーダフォンの法人向けプロダクツを乗っけるのは、比較的イージーでかつ効果が出易い施策だし、個人の多いボーダフォンユーザーに日本テレコムの固定メニューを売り込むのも可能であろう。但し、KDDIに様にもともと垂直統合しているキャリアが、クロスセルによって圧倒的な競争優位を有している、という訳では現状無いので、頑張ってKDDI並みになる、というのが目標になるだろう。
個人的な経営への関与経験からは、営業網の共有という戦略的意図を持ったM&Aは、効果が無い訳では無いが、効果の発揮には、売り方のナレッジの共有や、プロフィットシェアの社内ルール作り等、詰めるべき点が多く、時間が掛かるというのが実感なので、ある程度長期的な視野がこの分野には必要と思われる。

という訳で、出てきている3つの狙いについては、積み上げられた堅い施策の積み上げであって、通信業界を変えてしまうようなインパクトは無いというのが結論である。記者会見における記者からの質問内容を見ていると、記者からは「秩序の破壊者」を期待した質問が多いが、どう読んでもソフトバンクからの回答からは、その様な内容は汲み取れない。

しかし、笑ってしまったのが、朝日とCNBCからの料金体系に関する質問。Yahoo!BBの印象が強いのか、価格破壊でシェアを取りに来るのでは無いかという思い込みが有るものと思われる。

この様な過去の行動パターンから未来を推し量るのは有効な場合も有るが、今回は僕はボーダフォンが値下げ戦術に出る可能性はとても低いと思う。なぜなら、ADSLを無料モデムで売っていた時は、まだブロードバンドが普及期で、刈り取るべき新規顧客が沢山居た状況で有り、かつADSLというのは一度顧客に入ってしまえば、かなり強くロックインされて、容易にリプレースされないプロダクトという特性が有る為、無料でかつ宣伝も打って、とにかく顧客層を先に広げて、後から定額料金をチャリンチャリンと回収する、というモデルが有効であったが、携帯の現在はそうでは無い。

殆どサチュったマーケットで、値下げ1単位毎の新規顧客の限界獲得は低く、既存顧客の切り替えにしても、価格選好度が高い顧客は確かに居るが、これは他のキャリアの価格戦略次第で容易に切り替えが発生する層である。つまり、成熟し、かつ価格選好度が高いユーザーのみ流動性が高いという特徴を持つ携帯市場においては、値下げの効用が基本的に低いのだ。基本的には、こういったサチュったマーケットでの価格リーダーシップ戦略というのは、コスト競争力に優れるジャイアントが行うと正しくなる戦略なのである。

上に過去の行動パターンから未来を推し量る件について言及したが、もしそれを行うとしたら、ADSLビジネスを極めて経営理論・マーケティング理論的にオーソドックスな正しい戦略で成功に導いたソフトバンクが、携帯市場でもオーソドックスな戦略を用いてくる筈だ、という推論は正しいと思われる。それはつまり、成熟した市場における二番手三番手企業の在り方で、極めてオーソドックスなサービスの差別化、高付加価値化を行うと同時に、コスト競争力が無いのであれば、価格はなるべくキープして、既存事業者としての果実を享受する、という事である。

M&Aに携わっていると、記者会見を開いたり、取材を受けたりという事が発生するが、日本の記者から経営の視点で鋭い質問を受けた経験は今までに無いと断言できる。最近は、日本のマスコミも中途採用をしているので、実業経験のある記者は居るのだろうが、残念ながら経営レベルでの意思決定とは何かを理解している記者は居ないと思われる。まぁそんな小難しい経営的にどうこうという話よりは、ソフトバンクボーダフォンが価格破壊するかも、みたいな話の方が、マスコミの経営的には、購読者に受けてよろしいのかも知れないが。

さて、短期的な視点でのソフトバンクの狙いについては上記に述べたが、一方で数年という長期スパンを見据えれば、固定網と統合した事による面白いサービスが生まれてくる可能性は、ソフトバンクグループの顧客志向のR&Dを考えれば、有り得る事だと思われる。例えば、各家庭に入っているYahoo!BBのモデムであるが、これが無線LANアクセスポイントとしてワークし、これにボーダフォンの携帯だけがアクセス出来れば、HSPDAなど目では無いスピードが相当広範囲で使える事になる。

より技術的な側面については、txkさんのblogが詳しい。

ボーダフォンとソフトバンクの行方

こういった他のキャリアが真似の出来ないキラーアプリケーションを開発して、ソフトバンクグループが攻めに出れば、なかなか面白い事になりそうでは有るが、現時点でビジョンの一つも示されていないのは、まだまだ出てくるには時間が掛かるという事であろう。