村上ファンドと阪神電鉄

MAC、通称村上ファンド阪神電鉄の株を持ったまま年度末を越すらしい。

村上ファンド阪神取得から半年、膠着のまま総会へ
 村上世彰氏が率いる投資ファンド村上ファンド)による阪神電気鉄道株の大量取得が表面化してから約半年が経過した。3月期決算の阪神電鉄では、27日の株式市場の取引終了で6月の株主総会で議決権を保有する株主がほぼ確定。同ファンドは現時点の保有比率を明らかにしていないが、過半数近くを保有したまま総会を迎える公算が大きくなってきた。

 同ファンドの阪神電鉄株の大量取得が表面化したのは昨年9月27日。保有比率は2月22日時点で45.73%に達している。

NIKKEI NET

この投資もライブドア問題の前は相当耳目を集めた劇場型の投資であった。我々の様なバイアウトファンドは、村上ファンドと同じ様にファンドという名前が付くが、全くといって良い程業態が異なる。ファンドだから同じだろうというのは、株式会社だから同じだろうと同じ位の話である。という訳で、自分にとっては未知の世界という事で、この投資が何をリターンの源泉としているのか、いわゆるInvestment Thesis(投資の命題)の点で、彼らのEXITには非常に注目している。

ex-通産

ちなみに、バイアウトファンドから見ると、阪神電鉄の株式は投資対象としては難しい。EBITDA380億、再開発一巡後の安定フリーキャッシュフロー100億の会社だとすると、出せて企業価値2,000-2,500億かなという感じだ。

M&Aの中でも合併でなく買収というのは、すなわち企業の支配権が移転する事なので、その企業価値は、支配権移転前の資金提供者に分配される。その分配は、株式よりも債務が優先されるのだが、阪神電鉄は、純有利子負債(銀行借入+社債−現預金)が1,900億円も有るので、株主に行き渡る株式価値は数百億、下手したらゼロである。意味としては、支配権移転時に借り替えるなら、銀行は元本で返って来て、株主には0-数百億が渡り、借り替えないなら銀行はそのままステイして、株主は同様に0-数百億で株が売れるという事だ。

では、なぜ阪神電鉄には、4,300億などという巨大な時価総額(=株式価値)が付いているのだろうか。企業の財務的な実力から演繹された真の価値よりも、市場の期待やらバブルやらで値が釣り上がっていると言えばそれまでだが、その市場要因以外の原因の一つに、企業買収と上場株で、有利子負債をどう捉えるかが異なる事が挙げられる。

一般的な上場株投資は、利益成長による株価上昇や、配当を期待したマイノリティ投資と考えられる。よって、純利益の実額が、PERという形で最も一般的な指標として価値算定に用いられるが、この純利益・損益計算書の世界では、有利子負債は利子の支払という形で利益から差し引かれ、価値を優先的に有利子負債の提供者に帰属させている。

  [EBIT]     →外部分配前利益
−)[金利]     →有利子負債提供者(≒銀行)へ
−)[税金]     →政府へ
= [純利益]    →株主へ
×)[x年分]    →PER倍率
= [時価総額]   →≒株式価値

一方で、企業買収においては、有利子負債の実額が企業価値から差し引かれて株式価値が計算される。

  [企業価値]   →企業の価値総額
−)[純有利子負債] →有利子負債提供者(≒銀行)へ
= [株式価値]   →株主へ

両者とも、有利子負債の実額なのか、そこから派生する利息なのかという違いがあるが、価値分配の際に株主よりも有利子負債の提供者(≒銀行)が優先的に分配を受けているのは共通している。但し、現在の様な低金利下では、相対的に利子で見た方が、有利子負債の実額を引かれるよりも、銀行への価値帰属の割合が少なくなる傾向があり、企業買収時のDCF等による価値算定から導かれた一株当たり価格よりも、PERでバリュエーションした一株当たりの価格の方が有利になりがちである。これは、純有利子負債がマイナス、つまり現預金が余剰の会社だと全く逆となり、低金利下だと殆ど金利収入が無いので、大量の現預金が有ってもPERで計算される株価には殆ど影響しないが、逆に企業買収時には、企業価値−純有利子負債=株式価値という公式に当てはめてみると、負の純有利子負債を減ずる事になり、企業価値よりも株式価値の方が高くなるという効果が出る。

まとめれば、低金利下において、借金が重い会社は、M&A時に低い株式価値になりがちだという事である。阪神電鉄は将にこのケースである。また、借金と同様に種類株を発行している場合も、大抵の種類株は普通株に優先される条項が入っている筈なので、同様の事が発生し得る。

思惑入り乱れる市場の中で、売り買いをするのと違い、バイアウトファンドは経営改善によって、利益・キャッシュフローを伸ばして、価値を上げて転売するのが生業なので、買収時は市場価格を参考にする事はなく(まぁTOBする時は文章として「市場価格を参考にして、何%プレミアム」とか慣例的に書くけどね。これは後講釈で、価値算定してみたら結果的に何%プレミアムになった、という事で有る。逆に阪神みたいに算定したらディスカウントになってしまう場合は、「ディールにならない」だけである)、キャッシュフローを厳密に測定し、そこから価値を導いて出せる金額を算出している。よって、今の様な株価が高くて低金利の時代は、有利子負債が重い会社は軒並み、株価がM&A的には高すぎて、投資対象に成り得ないのである。

これを敷衍してみると、株式投資をする場合、株主が集中している企業は、M&Aが発生しやすい条件を備えている為、M&A的に高いか安いかというのを意識して投資をすると、いきなり儲かったり、あれっという安値で多数株主が譲渡したりというサプライズを有る程度予想できるのでは無いだろうか。

最後に、話を阪神電鉄に戻すと、支配権取得近くまで株式を買い集めてしまうと、売り先はもはやPERを期待して買う投資家というよりも、阪神電鉄の支配権に興味がある投資家になってくる。ただ、その様な投資家は、上記の視点で株価を算定してくるので、今回村上ファンドは、高い株価を付けてくれる一般投資家から株価を買い集めて、低い株価の付け方をする投資家にしか売れない状況を自ら作ってしまった様に見える。

彼らも投資のプロなので、色々な手法を考えているのだろうが、M&A・バイアウト村から見ると、その様な隘路に入ってしまった様に思えてしまう。なので、年度末越えてスタックしているのか、というのは見方として穿ちすぎだろうか。ネット上の憶測によれば、彼らの平均取得単価は今の半額位だそうだが、例え半額でも、少なくともバイアウトファンドへのEXITは無理な水準である。

不動産系や不良債権系のファンドでアセットの価値を見る人達は、違う価値算定が出来るのかも知れないが、それでも阪神間の線路を潰して東西に細長いマンションを作りましょう、という位ドラスティックな事をしないとアセットの価値は実現しないから、現実的にはなかなか含み益をどう実現するかの所で、アセット投資家にとっても簡単な投資対象では無い様に思われる。線路の底地は、線路として使われる以上、その土地の価値は売買批准法でなく、線路として使った場合のキャッシュフローからのDCF等の価値算定法で算出されるべきだからである。

どちらにしろ、彼らは余り長くは持たない投資家なので、どこかではEXITをするだろうが、そのEXITの仕方でもともと何を想定して投資していたかが透けて見える筈だから、第三者的には早くそれを見て、あれやこれやと想像をしてみたいものである。

自分達が高くてとても買えないものを、リスクを取って買い進み、鮮やかに儲けたとしたら、住む世界が違って真似は出来ないにしろ、間違いなく一定のインスピレーションはあるだろう。投資ってのは哲学と発想が基礎なので、インスピレーションはとっても重要である。