第一三共・ゼファーマ、4社統合の戦略的視点
ここんとこM&Aやら経済やら真面目な話題続きなので、ゆるい話題をと思っていたのだが、ついに、このネタが記者バレしちゃった様なので、今日も少々堅い話をする事にする。ゼファーマのスポンサー決定の件だ。最終選考プロセスはもう少し掛かると思っていたが、日経も我慢できなくなって出してしまった様だ。大体、他紙に抜かれそうになる迄は、記事化はコントロール出来るのだが、危うかったのだろう。
[第一三共]ゼファーマを買収へ 大衆薬部門で売上高2位に
製薬大手の第一三共は、アステラス製薬の大衆薬子会社ゼファーマ(本社・東京)を買収する方針を固めた。買収で第一三共の大衆薬部門の売上高は現在の1.7倍以上の520億円に増え、業界2位グループに入る。ドラッグストアなどで販売される大衆薬市場は競争が激化しており、第一三共は規模の拡大で収益力を強化する。
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このディールは、日経にも「激しい争奪戦が繰り広げられていた」と有るが、M&Aに少しでも関わっている人の間では、少々sloppyなリミテッドオークションが進んでいるという話で、なかなか有名だった。M&Aの業界は、売り1社に買い100社等と言われていて、常に買いたい会社は一杯有るけど、売りたい会社は少ないという需要と供給が極めてアンバランスな状況に有る。だから、M&Aのフィナンシャルアドバイザーは、まず「売りを作る」事を第一義に営業をする。買い手のアドバイザーは、ディールに負けて、買えなければタダ働きだが、売り手のアドバイザーなら「思ったより安くしか売れない」事は有っても、滅多に「売れない」事は無いからである。勿論、売れれば莫大なフィーが入ってくる。
こういう、そこそこ大型の案件では、日系から外資まであらゆる投資銀行が、数年前から毎日の様にゼファーマ売りませんか、うちなら高く売ってみせまっせ、と営業を掛けていて、幸運な一社がメインバンクやら主幹事証券やらのコネなのか、ブランドなのか、或いは本当に提案が良かったのか、売り手のアドバイザーに選任される。
そうすると、今度はあぶれた投資銀行が潜在的な買い手をグルグルと回って、うちをリテインすれば、きっと買えまっせと営業を掛けるのである。ここで、いかにも落札しそうな買い手をどう奪うかが次の勝負で、お金持ちでアクイジティブな会社に雇われれば、落札できる可能性も高まるという次第だ。基本的にM&Aの世界で手数料は、微々たるリテイナーフィー+莫大なサクセスフィーという建て付けなので、買い手のアドバイザーになっても、落札できなければ、インベストメントバンカーのとても高い給与を賄えず、そのプロジェクトは大赤字という事だ。
さて、M&Aの世界の話はさておき、この買収に注目したのは、その買収後の統合プロセスである。いわゆるPMI, Post Merger Integrationという分野で、かつて何度も大きな失敗が発生していて、マスコミの格好のネタになってもいる。シナジーが出ずに手放したパナソニックのコロンビアピクチャー買収等は典型的な例だし、ファイアストンのリコール問題や、みずほFGの様なシステムトラブル等も原因を探っていくとPMIの失敗が基とされている。加えて、失敗が多い割に教科書や解決メソッドが無いのもPMIの特徴で、今の所GEの100日プラン位しか人口に膾炙した手法は無い。GEはPMIだけを専門にやるオペレーション部隊が居て、GEの人からその部隊の話を聞くと、確かに科学的なアプローチが行われている。ただ、100日プランは、GEの一つの強力な競争優位・組織スキルなので、なかなか「トヨタ式カイゼン」の様に、全容・体系が明らかになっていないのである。
この様に、まだ経営イシューとして新しく、かつ難易度も高いPMIであるが、今回は殊更難易度が高い。第一三共は三共と第一製薬の統合会社であり、ゼファーマは山之内製薬と藤沢製薬のOTC部門の統合会社である。という事は、買収後の新しい会社は、4社の統合会社という事だ。アクイジティブな会社だと買収を重ねてコングロマリット化しているケースは有るが、銀行を除いた事業会社の、全く同じ業態同士の4社統合というのは、極めてユニークな事例であろう。2社でもよく失敗するのに、事実上4社のPMIというのは、前代未聞の事例だと思われる。
人事的な融合も勿論だが、業績管理制度、システム、販売網、プロダクト等など、整理すべきは山の様に有るだろう。僕は、担当している投資先が追加買収を行ったため、今も進行中でフォローしているPMIプロセスが有るが、経験上、何の意思決定でも必ずしがらみやら抵抗勢力やらが沸いて出てきて、放っておくと調整困難・先送りになりがちなので、蛮勇を振るってとにかく決めて先に進める事が極めて重要になってくる。この4社の中では、今回ヘゲモニーを握っていて物事を進めていくべきはどこかとなると、旧三共になると思うのだが、三共はうまくリーダーシップを発揮できるだろうか。
新薬メーカーの間では、この所このゼファーマのケースがそうで有るように、ノンコア事業の切り出しが加速化している。三共はこの流れに最も遅れている見られており、アナリストレポートを読んでいても、ノンコア売却をするべきだという論調は極めて強い。つまり、おっとりした会社なのである。そんなおっとりした社風の三共が、刺すか刺されるかのPMIプロセスを多分仕切ることになる。
成功したM&Aは少ないなんて話があるが、失敗の本質は2つで、1つは高値掴みしてしまう事、もう一つはPMIに失敗してシナジーが出ない事である。買収価格は200億と大方の予想よりも安いし、Price/Sales Multiple が1倍を切るのは、直感的にはメーカーとして安めと思われるので、今回前者は大丈夫だと思うが、後者はどうだろうか。三共は、事業を買収して統合するという経験が、直近の第一三共の誕生くらいしか無い、割とM&A慣れしてない会社なので、社内にPMIの経験豊富な人材は居ないだろう。経験が無ければ無いで、「冷徹なコストカッター」みたいな合理的思考が出来る人を送り込むといいのだが、メバロチン・ノスカールでここんとこ15年ずっと儲かってた会社に、その様な人材が豊富に育っていると考えるのはやや楽観的かも知れない。
ただ、よくよくビジネスラインを考えてみると、前身の4社は全て卸販売主体の新薬系OTCメーカーで、プロダクトラインも主に家庭薬である。大正製薬の様に直販網を持つわけでも無く、ロート製薬の様に売上の半分が化粧品のオバジなんていう事も無く、佐藤製薬の様に殆どがドリンク剤の売上という事も無い、極めて良く似た会社では有る筈なので、単純にベストプラクティスに統合して、贅肉をばさっと切るというだけのPMIとも言える。また、業態が同じという事は、シナジーも複雑な化学反応を起こすような難しいものというよりは、重複部門・商品のシンプルな整理になるので、4社統合という難しさはあるものの、やる事自体はPMIの中では簡単な方で、実行力さえあれば、そうは失敗しないとも言える。要は、やはり蛮勇を振るえるかどうかという事だろうか。
付け加えるならば、4社だった時代には売上高も100-200億規模で、業界でも10位前後というポジションで自社のビジネスを捉えていた経営陣が、急に売上高520億、業界の2番手を伺う地位となって、そのスケールとポジションの違いから来る、ビジネスの構造の変化をどう捉えて、正しい経営判断を下すかどうかというのは、PMIとは違う一つ高次な視点として有り得ると思われる。
抽象的に言えば、弱者の戦略と強者の戦略は違うという事だが、例えば業界10位だと、自社のマーケティングの巧拙や、新製品の適時の開発などで売上が作れていたのが、業界2位ともなると、マーケットトレンドの影響を不可避的に受ける様になってくるし、自社が業界に与える影響が大きくなるので、何か施策を打ったときの競合のリアクションが速くかつ強くなってくるだろう。こういった変化を理解して、弱者的なニッチ探しと差別化をどう行うかという戦略から、強者は強者なりにマスをとらまえ、市場を育てる戦略にうまく転換するのは、言うは易しだがなかなか難易度が高い。
また、強者特有の戦略の自由度を発見し、それを活かした戦略の創出も、ハイレベルのテーマだ。企業というのは基本的に大きな慣性が働くものである。例えば、規模のメリットを活かして、伝統的な問屋相手の商売から直販に移行し、中間マージンのスクイーズや末端のシェルフレベルでのマーケティングを行う、という戦略も、この規模なら有り得ると思うが、実際に営業現場の行動様式を変えて、実行に移すのは気が遠くなるような作業である。こうした、「頭で考えればそうだけど」という施策を本当に実行に移せるかどうかが、今後数年のスパンで見ると、最も売上に効いて来るポイントになるだろう。
単純なPMIでも4社同業態は珍しいと書いたが、フラグメンテートされた市場で弱者が一気に統合して強者に躍り出たという例も少ないと思われ、上記の様な戦略の転換や創出をどう行うかというケースは殆どないと考えていいだろう。しかも、実態の変化が急激に起こったので、これに追いつくための現状の理解と戦略の立案・実行も非常に速い時間軸を要求される。なかなか越えるべきハードルは高くかつ多いのだが、この種のイシューというのは、経営者にとっては最もエキサイティングな部類のチャレンジなのは間違いない。