支配したが、破れず。

僕がワールドカップを積極的に見る様になってから初めての欧州勢同士の決勝戦である。フランスが珍しく前線からチェックに行く姿が見られるなど、両チームとも、非常に気持ちの入った、見ごたえのある試合だった。ブラジルが絡んだ過去2大会は、コンディションやパフォーマンスに差が有って、その差が素直にスコアに出ていたが、今回は延長はやや差が出たが、90分内では実力が拮抗してエキサイティングだった。
前半はイタリアの方がいい形を作っていた。マルーダへのファウルは、シミュレーションの様にも見えてアンラッキーだったが、得点シーンであるピルロコーナーキックは、高さのある相手とのセットプレイのお手本の様な、鋭く曲がり、そして落ちるボールで、DFを飛び越え、ぴたりとマテラッツィのヘッドに合っていた。フランスのセンターDFが如何に高くとも、こういうボールを蹴られるとお手上げである。高さのある相手だと、グラウンダーの速いボールを蹴るのがセオリーだが、キッカーに技術が有れば、こういう落ちるボールが最も有効だ。
前半は、割と4人がきっちり残る形の多いイタリアにしては珍しく、サイドもボランチも押し上げて、ルーズボールをよく拾い、サイドからも攻撃の形が作れていた。この辺は、工夫無く真ん中から攻めて沈んだブラジル、サイド攻撃に活路を見出したポルトガルの2チームから学んだのかも知れない。
一方で後半になると、圧倒的にフランスがボールを支配する。こうなった一つの理由は、イタリアのガットゥーゾピルロのドイスボランチがフランスの4-2-3-1の3、つまりリベリージダンマルーダに対して数的にもパフォーマンス的にも劣勢になり、最終ライン間際まで追い込まれて、中盤と前半が離れてしまったからである。リッピは、これを打開すべく早いタイミングでトッティを下げて守れるデ・ロッシを入れ、前線はスペースメイクに特徴のあるペロッタを外し、一人で持って縦に動けるイアキンタを入れて、4-3-3の形にした。非常にダイナミックな采配を打つリッピらしい選択である。これは、先ずはボランチの枚数を2枚から3枚に増やして守る事を優先し、前線と中盤以降の連動性は放棄して、孤立しても勝負できる3人を前線に置いたカウンターサッカーを志向したものである。
これでもイタリアペースになる事は無かったが、ボランチを増やした事で、最後の最後ペナルティエリア周辺では、ボールを持ったフランスの選手を2-3人で囲める態勢が出来て、事なきを得ていた。当初の4-2-3-1のままだったら、ピルロに守備力が無いだけに、どうなっていたか判らない。この様にイタリアが前半のリズムを失ってしまった一つの理由は、ジダンマンマークが付いていなかった事かも知れない。ポルトガルは準決勝90分通じてフランスと互角に渡り合ったが、これはコスティージャがジダンマンマークについて、フランスの中盤を機能させていなかったからである。一方で、ブラジルはジダンをずっとフリーにしていて、その驕りの罰を受けた。イタリアは、ガットゥーゾがカバーに行くことが比較的多かったが、特に「ジダンシフト」という事も無く、通常のゾーンディフェンスの様に見えた。ジダンのレベルになると2秒フリーでボールを持たせるだけでも、守備側はジダンのカバーに2人、パスの出し先に1-2人と人数を取られて、その分他が手薄になる。その意味では、ポルトガルは、とにかくジダンをフリーにさせない、という戦略でうまく戦っていた様に思われる。イタリアは、守備に自信が有るのか、ジダンも選手の一人という対応で、これでボランチのラインが下がったり、ジダンの対応に人数を割かれて、フランスにスペースを与え、リズムを崩した様に見えた。
延長戦になると、イタリアは4-3-3の3と3が画面に入りきらないほど離れてしまい、一方でフランスはボランチの2人がハーフウェイラインを超える辺りまで出てきてラインを上げていたので、ルーズボールは殆どフランスが拾い、圧倒的に攻めるフランスと、ギリギリ最終ラインで跳ね返すイタリアという展開が色濃くなった。リッピは、途中シュート力のあるデル・ピエロを入れて、サイドからの一発を狙った様だが、ピルロが疲れからか、途中からロングパスの精度を欠いて、これはワークしなかった。ピルロが機能しないと、イタリアは工夫の無いロングフィードを上げては、フランスに拾われるという攻め手を極めて欠く展開となり、最後はPK戦に持ち込むのが精一杯という風情であった。
イタリア程のチームでも延長ではパフォーマンスが落ちる。ただフランスも、組織で戦っているというよりは、延長では殆ど個人技に勝ったが故に優勢だったという感は否めない。
個人技の中でも、フランスが素晴らしかったのは、短い縦パスの成功率である。イタリアの縦パスは殆ど通っていなかったが、フランスはペナルティエリア近くでも良く縦パスを通していた。攻めるフランスと守るイタリアという状況下、局地戦ではトライアングル状に攻撃1対守備2という形によくなっていた。教科書的には、1人に対して2人がパスコースを限定しつつ絞って守るというのは正しいのだが、フランスはこの守る2の中心を正確に速く射抜くパスのスキルを持っており、かつその速いパスに追いつけるポジションをきっちりサポートのメンバーが取っていた。これによって、敵陣で囲まれても前にパスが通り、場内を沸かせるシーンが何個も現出していた。
イタリアは延長戦になると、それ程プレッシャーが無くても、パスを受けて振り向く事が出来ず、クサビになってセーフに戻すことが多かった為、短いパスを前に出せる様な場面を殆ど作れていなかった。前線の3人も、トニはテュラムギャラスに囲まれて殆ど手も足も出ず、プレイよりもトイストーリーのバズに似てる事が気になる位であり、イアキンタは前に走る事が何回か有ったが、アビダールの方がスピードに勝り、デル・ピエロに往年の切れは無く、サニョルを抜けないシーンが目立った。カウンター中心のパッシブなサッカーを選択したのに、前線で個人技に劣るとこれは厳しい。ただ、最後は要所を締めて、フランスに攻められても余り得点の匂いを感じさせずに逃げ切ったのは、イタリアの守備の文化が為せる技であろう。
一部の報道ではジダンの退場でフランスが攻め切れなかった事が敗因とか、割と短絡的な話が有ったが、ジダンが居てもイタリアはリズムが悪いなりに、最後の最後は守りきれていた様に想像する。
PKは、武運の有無であり、特に何がどうという事は無かろう。一つも方向を読めなかったブッフォンが、殆ど方向を読んでいたバルテズを破った。後半から延長戦にかけてボールを殆ど支配し、PK戦でもキーパーの読みに勝ったフランスの方が敗れたのである。
・フランスはゴールマウスの前までは支配した。
そんなゲームだった。これもフットボールである。