ファンドのバリューとは

昨日のblogで、バイアウト投資の世界も、単純にコストをカットしたりとか、利益志向に会社をドライブしたりするだけで経営改善が図られる案件が、今後日本企業の生産性の持続的な向上と共に減っていくだろうと書いた。
06/07/18 ルノー・日産とGM
そうなった時に、ファンドの出せるバリューは何だろうか。マスコミ報道とか評論家のblogとかで語られているイメージとして、バイアウトファンドは、買収時にLBO Debtをたっぷりと付けて、その資本構成の変化によって多額の儲けを出す錬金術師だ、というものがある。錬金術云々というのは、「M&A 20世紀の錬金術」「プライベート・エクイティ 価値創造の投資手法」あたりの教科書の題名とか章名が元ネタになって広まったのだろう。別にこの名前が気に入らないので自分が払拭しよう等とは思わないが、真実には少し触れておこう。買収時にDebtをたっぷり付けるのは事実なのだが、Debtをたっぷり付けただけでは、実は儲けは出ないのだ。

であるから、LBOによって投資先企業の純有利子負債はガンと増えた事の意味合いは、当初の株式価値よりも、エクイティ出資者は増えた純有利子負債分だけ少ない資金拠出で買収できたという事である。バイアウトファンドは株式の売買が生業なので、100%保有を前提とすると、買った時の株式価値がキャッシュアウトで、売却時の株式価値がキャシュインであり、その差額が儲けである。一方、この株式を売却する時の株式価値を考えてみると、当然企業価値から純有利子負債分を差し引かれるので、企業価値が上がっているか、純有利子負債が減っているかしない限りは、株式価値は上がらない。つまり、LBO Debtを付ける事自体は儲けの源泉ではない(儲けの実額を増やすものでは無い)。
投資先企業のCFからLBO Debtを返済することによって、株式価値が上がる事がLBO Debtを付けたことによる儲けじゃないかという見方もあるが、これはLBO Debtを付けなくても、現金がその会社に溜まって、マイナスの純有利子負債として株式価値は上がるのである。むしろ、LBO Debtを付けたことによって、金利の支払が発生し、純額の株式価値の上昇は、LBO Debtを付けない方が大きい。LBO Debtは、儲けを増やしたりするものではなく、単に買収時の株式価値(=ファンドにとってのキャッシュアウト)をDebt分だけ小さくするというものに過ぎない。
また、LBO Debtという手法も、内部者的には「錬金術」の様な大層なものでは無い。僕は転職する前は、M&Aデリバティブの分野でキャリアを積んだが、バイアウトの業界でLBO Debtを付けることは、デリバティブをやっていた時にDay3位で学んだブラック=ショールズモデル位初歩の事である。錬金術は、錬金術師が世の中に一人なら、多大な富をその錬金術師にもたらすだろうが、世の中に十分な数の錬金術師が居れば、錬金術自体がコモディティ化して、特に価値の無いありふれたものになるのである。つまり、バイアウトファンドの数が増えたり、ソフトバンクの様な事業会社もLBOを行ったりする、現在の競争的な環境下で、Debt Financingを知っているからと言っても、それはファンドとして何の価値も無いのである。それは、オプションプライシングが出来るから、スワップハウスでございますとふんぞり返る事は出来ないのと同じである。
ソーシングプロセスを除いたファンドのアクティビティは、投資時と投資後の2つに大別されるが、このDebt Financingは投資時のメインのアクティビティであり、その他投資時には税効果を最大化したり、やばっちい会社のリーガルリスクを遮断したりするスキーム作りや、本業以外の売れる資産・事業の見立てなどでバリューが出る可能性が有る。ただ、今の日本には優秀なローファームや或いはブティックのタックスアドバイザーといった外部リソースが成長しており、ファンド内部にその機能を持つフルに持つ必要は必ずしも無い。また、外部リソースについては、投資銀行IBDも同様にアクセスが有る。従って、一流のバイサイドアドバイザーが常にアベイラブルであるという条件下で有れば、フィナンシャル・エンジニアリングを中心とした投資時のアクティビティは、ファンド間の決定的な差別化要因にはならないと思われる。
そうすると、残るファンドの差別化ポイントは、投資後の価値創造プロセスになる。投資後のアプローチは自前かアウトソースか、或いはその組み合わせと定義できる。傾向として、自前主義の会社は、コンサルティングファーム出身者が多かったり、自前主義の中でも特定の産業に絞った投資会社では、当該産業出身者を集めてきたりという特色があり、アウトソースをしようとすると事業会社との共同投資を志向したり、外部から有名経営者を引っこ抜いてきたりする。但し、どのファンドがどういうスタイルと単純に決め付ける事は出来なくて、案件毎にテーラーメイドで投資を設計するのが普通である。コンサルティングファーム出身者が多いからと言って、スター経営者を使わないという事は無いし、逆に投資銀行出身者が多いからと言って、ファンドメンバーがハンズオンで関わらないという事は無い。ある程度色はあるものの、どの会社もコンサル・事業系と金融系のミックスで、その割合が多少違うに過ぎない。
ここで考えたいのが、一番最初に書いた命題である。投資後の価値創造プロセスが差別化要因と書いたが、日本企業が持続的に生産性を向上させる中で、ぱっとこれだけやれば普通の会社並みには儲かりますという、判りやすい改善ポイントを持つ会社は、もはや余り無いと言った方が正しい。90年代後半から2000年代初頭にかけてのバイアウトファンド黎明期では、そういう非効率な会社は割と沢山有って、ファンドが関与すると、本格的な戦略の変更を伴わずとも、オペレーショナルな改善活動によって、あっという間に収益力を回復させた様な事例は事欠かなかった。しかし、今後もそういったオペレーショナルな、「ちまちました」改善活動を行わないという選択肢は無いが、オペレーショナルな改善が企業価値の増大に与えるインパクトは徐々に減ってくるだろう。その時、戦略レベルでのより高いレベルでの変革というものをどう捉えて、価値創造プロセスに取り込むかというのは、バイアウトファンドにとって、一つの大きなチャレンジに成り得ると僕は考えている。
ちょっと抽象的なので補足すると、例えば、日産にカルロス=ゴーンが入ってからの最初の3年間の計画である日産リバイバルプランは、購買コストの1兆円削減等のオペレーショナルな改善よりの経営プランであり、その後を引き継いだ日産180や現在の日産バリューアップといった中計が、新車の投入増や、ブランド認知の変革、インフィニティチャネルへのシフトなど、より高次の内容を含んだ戦略よりの経営プランだとざっと捉える事が出来よう。今の日本の状況は、リバイバルプラン前の日産の様な改善余地が大きい会社は少なくなる一方なので、今後は投資時において、既にリバイバルプラン後の日産の様な、一通りの改善は行っている会社が増えると思われる。こういう前提を置くと、後者の様な戦略系のプランをどう描き切るかが、投資後の価値創造プロセスの中で、極めて重要になってくるのである。
もちろん、ファンドの平均的な投資期間である3-5年の中で、そういった戦略的な変革までフルに果実が実現できるかというと疑問も有る。しかし、今後バイアウトファンドが大きなバリューを出そうとする為には、こういったハイレベルな戦略的なイシューを、投資前のデューディリジェンスから投資後の経営改善にどう入れ込んで、投資プロセスを再設計するかというのが面白いポイントでは無いかと思うのである。
さて、ここまで経営改善にオペレーショナルなものと戦略的なものと2つあると述べたが、誰がそれをプランニングするかも一つイシューである。僕は、4つ5つ位前の段落で、投資後の経営改善の企画主体として下記の3つを例に挙げている。

  1. 内部メンバー
  2. 共同投資を行った会社のメンバー
  3. 経営者

この中で、ざっと1-2はオペレーションよりの経営改善をこれまで行ってきており、3のみがオペレーションに止まらず、戦略レベルの話も場合によって扱ってきたというイメージだ。しかし、ファンドが戦略に対して出せるバリューが、経営者を連れて来るだけというのも寂しい話である。僕は、何らか内部リソースのスキルや視野の拡大向上と、より意味合いの深い共同投資の様な案件の建て付けで戦略レベルの話もカバー出来ないかと考えている。
前者のスキルや視野をどう拡大向上させるかという観点では、自分達でうんうん考えてひねり出すのもアリだろうが、他の投資手法・業態の事をもう少し研究してみるのも一案である。例えば、これまで割と微に入り、細を穿る傾向が有った投資前の事業デューディリジェンスと、上場株ファンドの「徹底した」ボトムアップアプローチとの比較なんてのも面白いアプローチかも知れない。僕を含め、大方のバイアウトファンドのメンバーには上場株運用の経験が無きに等しいので、

  • 過去5年分の全顧客のアカウント別売上高・数量・単価の推移

みたいなオペレーショナルな資料を投資前に普通に要求できるバイアウトファンドと、多分そうでは無いと思われる上場株ファンドとの間で何が違うかという事一つ取っても、新しいインサイトが有る様な気がしている。オペレーショナルな情報に差異が有れば、情報が少ない方の視点は、必然的にハイレベルでより抽象的な戦略の分析になるからである。その視点の差異がインサイトという事だ。突き詰めれば、スタイルは異なれど同じ投資ですねという事になりそうでは有るが、これまでそうしたアプローチをした事が無いので、worth a tryである。
最後に、これまで日系・外資系問わずどのバイアウトファンドも大体高いリターンを上げ続けて来たが、これはリスクマネーの供給であるとか、オペレーショナルな経営改善とかで、一定のバリューを日本経済に対して出した事の証左であろう。ただ、マネーのリスク許容度が増え、株主志向・利益志向が浸透してきた現在の日本経済の環境下で、バイアウトファンドが今後も高いリターンを出せるかは、これまでとは違うバリューをどう出すかは大きなポイントであると思うのである。
実は、今日のblogの本題は、ファンドメンバーに求められるスキルセットとは、という判りやすい話にしようと思っていたのだが、フリだけで物凄く字数を食ってしまったので、また今度気分が乗ったらという事に致したい。ただ、単純に投資銀行IBD出身だから、マネジメントコンサルタント出身だから、MBA/LLMだから、というスペックの話では無さそうだ、という匂いが今回伝われば幸いである。