バイアウトファンドで求められる能力(3)

 さて、前回までバイアウトファンドで求められるスキルセットについて述べた。

○前稿 11/11 バイアウトファンドで求められる能力(2)
○前稿 11/9 バイアウトファンドで求められる能力(1)

 結論めいた所では、「洞察力」「プロジェクトマネージメント」「交渉」の3つということだが、今回はこの条件をもとに、バイアウトファンドと比較的近い仕事は何かを考えてみた。僕は今から挙げる仕事に就いた事は無いので、想像の域を出ないが、割と総合商社の営業や、経営者そのものに近い様な気はしている。
 Aという商品を、B国で仕入れてC国に売ったり、D国に加工委託してEという商品に変えてF国に売ったりと、グローバルに商品やサービスのアービトラージを見つけて、それを仕組みとして構築し、チャリンチャリンとお金が自社に落ちる様にする、というのが総合商社の商売の一類型だと思うが、バイアウトファンドの仕事は、何らかのキーバリュードライバーを見つけて、それをM&Aという形に仕上げて、バリューの刈り取りを実行していく。こういう関係者を統合する形を作る商売で、かつ自社でモノを作ったり、サービスを提供するのではなく、外部のエンティティとの関係性の中で儲けるという観点では、商社が継続的な仕組作りを志向し、バイアウトファンドは大概ワンタイムディールという一点を除いては近似している。舞台が、モノから企業に移るだけで、やっている事の本質は双方ともバリューアップ乃至はアービトラージトレードであり、その手法はファイナンシングとハンズオンマネジメントなのである。
 また、総合商社も貿易から投資へと舵を切っている。海外の炭田利権を買うというのはバイアウトファンドには不可能だが、例えば伊藤忠のブランド投資はファンドと競合しうる商売だと考えている。競合するから似た商売というのは少々乱暴だが、割安なブランドを買収し、それに対して何らかの付加価値を出して収益を改善させ、株式売却益なのか自社の扱い額の増加なのか、手法はともあれ儲けを出す。こういった投資の基本のコンセプトは同様であるし、ハンズオンでオペレーションに関与するのも同様である。ただ、残念ながらファンド自体は純粋な資本家であり、カネは付けられても、商流や自社の持つ物流で自社にお金を落としたり、投資先にバリューを出せたりという事は出来ない。しかし、経営改善のノウハウが溜まってきたファンドであれば、業態毎に典型的な問題解決手法を応用する事によって、極めて短期間でオペレーション面での改善を行う事が可能である。伊藤忠が買収したブランドに出した付加価値とは異なるアプローチになるだろうが、同様の金額的インパクトを出すことは不可能では無いだろう。
 これまでずっとキーバリュードライバーと横文字を使ったが、これは要は儲け口のことである。これを見つける洞察力と、実現させるプロジェクトマネージメント力と交渉力は、バイアウトファンドのファンドマネジャーにも、総合商社の営業にも共通的に必要な資質の様に思われる。
 また、経営者に求められるものとも、度合いはやや落ちるが、近似しているのは間違いない。経営者は株主価値の最大化をまさに実践する立場であるから、株主とは究極的な目標をシェアした上で裏表の立場にいる。従って、当然求められるものも似通うことになる。しかし、大きく違う所も勿論存在する。それは一つにプロフェッショナルファームかそうで無いかの違いである。プロフェッショナルファームというのは、アシスタントを除けば基本的に社員が皆同じ仕事をしている会社である。かつ社員は粒が揃っていて、自ら付加価値を生産できる程度には賢いメンバーが一様に揃っている。一方で事業会社は組織の機能分化が進んでおり、社員は必ずしも優秀な人ばかりでは無い。こう書くと事業会社を馬鹿にしているのか、と思われるかもしれないが、趣旨は異なる。例えば、マクドナルドが店頭のアルバイトまで全員が賢いメンバーである必要は全く無い。世の中の大多数を占める普通の人が働いていることを前提に、誰でも同じサービスを顧客に提供出来る様な教育や作業の流れの仕組みを作る事が非常に重要なのであり、現場のアルバイトがその様な仕組みの本質を理解しなくても会社は回るのである。
 プロフェッショナルファームは、それがリーガルカウンセルでもコンサルティングファームでもそうだが、プロフェッショナルが唯一のサービス提供主体であり、付加価値創造の担い手であるから、一様に賢く、自ら問題解決が出来ないとそもそも商売にならない。マクドナルドの様に業務を定型化し、知識を共有化しても裁判には勝てないのである。必要なのは、自ら知識を創造し、現場で問題解決が出来る人間だ。よって宿命的に、プロフェッショナルファームは優秀な人材の数というのが売上の限界を決める事が多く、一方事業会社は一つの仕組みの限界が売上を決める。この様な違いが有るがゆえに、事業会社の経営者は如何にスケーラブルなビジネスの仕組みを作り、実行に移すかに成功の鍵がある。バイアウトファンドのファンドマネジャーは、そのスケーラビリティのあるビジネスシステムを当然理解しなければならず、かつそこにバリュークリエイションの機会が多いがゆえにプランニングまで出来るべきである。しかし、実行サイドは経営者に任せる事になるから、経営者がきちんとプランを実行出来ているかという監督が出来ればよい。プロジェクトマネージメントが重要なスキルセットというのはそういう事で、任せた仕事を経営者が実行し、成果を上がっているかをマネージするのがファンド、任された会社においてベストを尽くして成果を出すのが経営者、というプロセスの前後の違いが求められるスキルセットの違いに繋がっている。
 さて、これまで3回に亘ってバイアウトファンドで求められるスキルセットについて述べてきた。僕も今の業界に入る前までは、会社の売買だから前職のM&Aアドバイザリーと似た、ウニウニと書類と数字と交渉に埋もれる仕事なのかなと思っていたし、同僚の一人は投資先をクライアントとしたコンサルティングファームみたいなものだと思って入社した様だ。しかし、実際入ってみると印象は異なる。最初の内は確かに書類と数字に埋もれてディールを行い、同様にEXCELマシンと化して経営改善に携わった。しかし、シニアなポジションになるにつれて、仕事は人と会って交渉したり、相手の行動とアウトプットをコントロールしたり、或いは手を動かすのは、これらのミーティングの前準備という事が増えてくる。また、この案件は何で儲ける案件なのだろうか、というキーバリュードライバーについて考える事に費やす時間も長くなった。総合商社は個人商店の集合体と良く言われるが、バイアウトファンドも一人ひとりがこの案件でどう儲けるかを考えて、チームアップし、プロジェクトを進めていく、という観点では、似たようなもんである。
 僕は、学卒で就職するとき、日系金融機関を選んだが、同時に外資投資銀行にも最大手総合商社にも内定を頂いていた。結局その中で最も向いてないと言われた会社を選んだのだが、大体衆目が一致していたのは、3社中なら商社マンが向いているという事である。本稿を踏まえると、紆余曲折を経て、本質的に商社マンに似通った仕事に今就いているという事なのだが、要は個人商店主というのが一番向いていて、組織で働ける人ではないという事を学生時代から見抜かれていた、という事である。めでたしめでたし。
 さて、最後に本日11/14 23:40をもって50,000アクセス達成である。めでたいキリ番という事でお伝えする次第である。お読みの皆様、今後ともよろしくお願い致したく。