空気は買える。

 麻布十番に引っ越したのは3年前だが、気密性が高いマンションなので、夏の夜はとても暑い。しかも大通りに面しているので、窓を開け放しだと結構うるさかったりする。前に住んでいた白金や神楽坂は森閑とした住宅街ゆえ、夏は夜風を部屋に導いてそれなりにぐっすり寝ていたが、今のマンションではそれが出来ない。かと言って、エアコン付けると体調が悪くなる。引っ越すときにカネが無くなって、一番安物の富士通ゼネラルのエアコンを買ったせいである。確か5万もしなかった。こいつは、クーラーとして使うと、送風と冷房を頻繁に行き来し、冷房は強烈に寒く、送風はあのエアコンの嫌な匂いを撒き散らすのである。臭いのは寝てしまえば判らないが、寒いのは困る。起きた時にだるく、喉はいがいがで、これは仕事に差し支える。我こそはバックパッカーであり、旅先では扇風機・天井ファンの安宿で上等、もし宿にエアコンがLG、CONSUL(ブラジル製)なら喜びにうち震え、動いたためしの無い旧ソ連製のエアコンでもありがたく押し頂くのが日常である。従って、日本製のエアコンであれば、何でも良いのだと変な割り切りで安物を買ったのだが、寒すぎる臭すぎるでは登場の出番は無い。
 しかし、東京の夏の夜をエアコンなしで過ごそうとすると、それはそれで寝苦しいものである。昨年だか一昨年だか、那須の避暑地に行ったら、エアコンを付けずともぐっすり眠れて、気温の違いはかくも眠りの深さを決めるのかと痛感した覚えがある。寝苦しいので眠りも浅く、麻布十番に住んだ3年間は、夏はいつもやや体力を落とし、日中眠気を覚えることしばしであった。
 今年は空梅雨なので、6月に入ってかなり暑くなり、眠りの浅くなっている自分にすぐに気がついた。普段なら放っておくのだが、今年はばかに忙しい。夜ぐっすり眠れないのは結構パフォーマンスに影響するかもしれない。そんな思いでいっそ那須やら軽井沢やらに引っ越すかと馬鹿な思いも抱いた。しかし、それではパフォーマンス云々の前にクビの辺りだけが涼しくなる。
 そこで血走った目で色々考えたが、高級ホテルなんてのも空調が良くて、夏でもぐっすり眠れ、喉も痛くならなかったりする。東京よりも暑い大阪だが、リッツ=カールトンの中は空調は完璧で、そういえばぐっすり眠れた。単刀直入な僕的には、結論はさっくり夏はずっと高級ホテル暮らしかと思ったが、そこまで早まる前に、空調を入れ替えるのにトライした。要は高級ホテルは空調機材がいいのでぐっすり眠れるのだから、こっちも機材を変えてやれということである。

  • こんな感じ。中心のセンサーが目の様に左右に動き、温度の偏在を感知する。

 てな訳で、有楽町ビックカメラに赴き、6畳用で一番高いカテゴリーに属する数台の中から珠玉の名機を買ってきた。三菱電機霧ヶ峰MSZ-ZW227とやらである。NationalだのDAIKINだの数あるメーカーでなぜこれを選んだかというと、店員の「皆、イオンだの何だのと機能は豊富ですが、こと冷やす暖めるという基本機能に三菱は優れてます」という一言と、冷えない除湿機能が就寝時にベストとパンフレットに謳われ、用途的に一番フィットしてそうだったからである。うむ。実直がゆえにいつのまにか日立よりも東芝よりも高い評価を市場で受ける三菱電機ならば信頼できそうでは無いか。
 んで、結論的には、これが大正解であった。付けっぱなしで寝てもまったく寒くならない完璧な冷房である。おかげでここ2日暑かったが、まったく寝苦しくなく、ぐっすりと眠れた。動作も信じられない位静かである。前の安物富士通ゼネラルと比べるとお値段は3倍の余だが、すばらしい空気が買えたと思えば高くない。10年夏の快適な120日を買うと考えれば、一日100円強なのである。
 ここ10年で水を買う時代になったが、きょうびエアコンを買うってのは、空気そのものを買うってことなのだな。