アジアのマネーセンターは香港である

これは、先週書いた話の続きである。

○6/15 リスクマネー

 東京市場地盤沈下が叫ばれて久しい。しかし、それでも東京証券取引所時価総額は、NYSEには遠く及ばないものの、ロンドンやNASDAQとはいい勝負であり、東京外為市場も何とか3位の座を確保している。なので、香港やシンガポールが追い上げてきて、そろそろ東京もやばいまずいと言っても、まだアドバンテージは少々あって、これから頑張ればいいやというのが大方の感覚では無かろうか。僕もそんな感覚の持ち主だったのだが、世界中からカネ集めの仕事をしてみたところ、その感覚は簡単に打ち砕かれた。
 大手の金融機関にしても、小回りの効くヘッジファンドにしても、名の知れた機関投資家にしても、アジア・パシフィックの本部は軒並み香港なのである。東京の拠点があるファームも有るには有るが、それは全くの「営業所」みたいなもので、東京では何も判断できず、香港の指示を仰がないと何も進まないのだ。これは、一部の事象を針小棒大に語っているのでは無い。殆ど全てがそうだったのである。グローバルな投資マネーは、低い税率と外国人にフレンドリーでかつ安定した法律・税制のある所に集まってくる。香港の法制度は日本と比べるとまだ安定を欠くが、香港の低率の税金と英国の伝統をひいて海外からの投資に寛容な税制度はそれを補って余りある魅力である。また、香港は世界最大のグロースマーケットである中国を睨んだ地政学的な価値も高い。
 ただ、幾ら香港に地の利があると言っても、東京も15年前は世界一を争う市場であったのであり、逆転するにはそれなりの東京の失策があった筈だ。僕は、リップルウッド新生銀行を再生させて大きな収益をあげた際に、外資ファンド憎さで導入された、海外投資家を狙い撃ちにした通称リップルウッド税制と呼ばれる事業譲渡類似株式への課税が、想定以上に日本からお金が逃げる契機になった様に感じている。今のプロジェクトに関わらず、過去何度か日本は何故この様なクレイジーな税制なのかと問われたが、正直言葉に詰まる。こういう恣意的な制度変更は外資の金融機関にとっては致命的である。うまく儲けると目を付けられ、税制を変えてでも当局が刺しにくると思ったら、ただでさえ税率の高い日本に拠点を置きたいと思う金融機関は居ないだろう。まして、日本にリージョナルの本部を置いて、アジアで儲けたお金を日本にプールしておくなんて発想には至らない。せいぜい、日本で稼ぐために必要な拠点ということになり、それが「営業所」ということなのだろう。ゆえに、儲けたお金はすぐに香港に流出する。或いは、そもそも日本のエンティティを通らずに外から直接投資ということになる。
 一事が万事これで説明できる訳では無いが、現在、結果として東京マーケットの国際化というのは、単純に日本への投資で儲けたい外人の割合の増加を指す、極めて矮小化された概念となり(東証売買シェアに占める外国人比率なんてのはこの典型だ)、日本をアジア・パシフィックの本拠として、地域全域で稼ぐ中心としたいなんていう奇特な外人は絶滅することになった。運用する側も調達する側も外−外の取引の厚みが増えて初めて、市場は国際化し、国のGDPの規模を超えた発展を示す。ロンドン市場が英国という国の規模の割に大きいのは、英国外の需要が英国市場を利用しているからなのだ。
 繰り返しめくが、日本で儲けた外人を狙い撃ちにした税制度を入れたら、日本で儲けたい外人は残ったものの、地域全域で儲けて日本に税金を落としてくれる外人はがくんと減ったのは、政策的には失敗という他無いだろう。香港は、うまく日本の失点を捉え、かつ中国の発展を取り込んで、発展している。彼我の差を逆転するには、金融立国を目指た発想の転換を行い、オランダやルクセンブルクの様に思い切った金融への優遇税制の導入と法制度の整備を行わないときついかなと思う。中国に、香港に、韓国に、或いは東南アジア、インドに、その国からではなく、日本から投資した方が税制・法制上有利な位までにしないと、マネーフローは変わらない。これはいわゆる「有害な税の競争」そのものだが、香港に追い付くには必要ではないかと感じている。
 具体的には、

  1. キャピタルゲイン課税の広範な撤廃
  2. 新設持株会社中間持株会社への課税の撤廃
  3. 日中・日印租税条約の締結改善
  4. Financial SPVの使い勝手の向上、TAX leakの削減
  5. 金融税制・法制上の事前照会制度の充実(=後から当局に"刺されない")

こんなのがスコープに上がるだろうし、東京に新規に市場を作って、そこの認定金融機関は大幅に法人税率を下げるというのも有り得るだろう。税制度上は「一国二制度」に繋がる、極めて筋の悪い議論だと思うが、そこまでしないと他国で完結していたマネーフローが日本を通ってお金を落としたり、マネーが集まることによって、バンカーや弁護士、タックスアドバイザーといった産業が興隆したり、彼らが高額の所得税を払ってくれたりというプラスの効果は生まれてこないと僕は思う。
要は、税務政策を「いかに外人が日本で儲けたお金を日本で課税するか」という視点から、「いかに外人が海外で儲けたお金を日本で落としてくれるか」に転換するということである。ショバ代の発想からインフラ提供コストへということだが、これは現在の国際競争下では極めて当たり前の話である。ちなみに、金融のみならず、船舶税制とか、ひどい代物は幾つもあるのが日本の税の実情だ。国が産業の発展に税でハンディキャップをはめてどうすると思う次第である。