オートオークションの妙味・中古車の闇

 ここんとこの、Series of 車ネタのトリである。このたびのアウディオールロードクワトロ購入は、普通に中古車屋で買うのではなく、オークション代行を頼んだ。オークションと言っても、さすがにヤフオクの事ではない。中古車は、オートオークションと呼ばれる業者間市場があちこちに有るのである。そこで、不動産で言う元付と客付の間が取りもたれる仕組になっている。つまり、僕らが売った下取車は、買ったディーラーや中古車屋が自分で捌けると思えば自社で売るし、そう思わなかったり、暫く売れなかったりするとオートオークションで換金されるのである。そして、そのクルマはその車種を得意としたり、より大規模で販売力のあったりする業者が買い取って、店頭で新たなユーザーに売られていくことになる。オークション代行というのは、このオートオークションに、僕の代わりに参加して、希望のクルマに札を入れてくれる業者のことである。僕には古物商の免許がないので、こういう業者を通すことになる。具体的には、希望のクルマを業者に伝えると、業者から今週出品される該当車種のリストが来るから、その中からタマを選んで業者に出品会場に行って貰う。後は、会場に行った業者から携帯で電話を受けて、状態を確認したり、幾らで札を入れるかを指示したり、という運びになる。
 なぜ、こういう形にしたかと言うと、オークション代行業者は、店舗と在庫コストの分だけ中古車屋ほどマージンは取らないので、多少は安くなるという事もあるが、メインは僕がクルマの素人だからである。オートオークションに出品されているクルマには、5点満点でオークション会場の調査員が付けた外装の評価点、同じくA・B・Cで内装の評価点が付されている。代行業者の中には、オートオークションに現在出品されているクルマの検索サービスをサイト上で提供している所が有り、一般人でもそのサイトから現在出品中のクルマについて、この評価点をチェック可能である。
 前にも書いた通り、僕はオールロードクワトロの他に幾つかの車種と迷っており、そのサイトから、希望の車種をチェックしてみたのだが、僕が調べた車種については、おおよそ15-20%が4とか5とかの数字でなくて、「R」という評点だった。これは修復歴有り、ということを意味する。業者に問い合わせて実際の落札価格を聞いてみると、修復歴有りのクルマは相場の50-60%の金額で取引されている様である。しかし、一方でgoo-netやカーセンサーの様な店頭に並んでいる中古車の検索サイトでは、修復歴有と明記されているクルマなんて、直感的には1%位である。さて、残りはどこに消えたのか。プロ間市場では15-20%存在する事故車が、落札後店頭に並ぶと1%になるのである。有名なメーター巻き戻しも含めて、中古車屋の中で、色んな闇の魔術が横行しているのは間違いない。
 ちゃんと走れば修復歴有っても問題は無いのだろうが、この件に気付いてから、同程度のクルマと比べて若干安めでお得に見えるタマがどうにも怪しく見えて、手を出しにくくなってしまった。中古車に掘り出し物無し、素人はディーラー認定車にせよ、とは良く言われる鉄板のルールだが、こういう背景かと得心した。かと言って正規ディーラーの認定中古車は、輸入車価格暴落の影響が余り出ておらず、このタイミングでは割高感は否めない。しかし、僕はクルマの素人だから、48時間クルマを睨んでも、144時間ぶっ続けでクルマの勉強しても、真実は見えてこないだろう。こういう、自分に判断するスキルが無かったり、判断するだけの時間や情報に乏しかったり、結果がロジックより感覚から生まれたりするケースは、仕事上でもよく直面する。例えば、このビールの新製品が売れるかの判断とか、経営者候補の面接とかである。60分の面接で人を判断できたら、それは人相見の許劭の域に達している。成熟して寡占化したビール市場で、新商品が当たるかなんてお告げの世界である。
 こういう場面にはまった時は、自分で無理やり判断せず、専門家から意見を聞いたり、結果は追わずに意思決定のプロセスで担保したり、あらゆる情報をトランスペアレントにする手間を掛けてから判断したり、というのが定石的アプローチである。専門家ってことで、目の肥えた中古車屋を1日2万円+アゴアシ付で雇って一緒にクルマを見て回るサービスが有ったら、僕はそれを選んだかも知れないが、寡聞にして、そんなサービスは聞いたことが無い。オトコってのは、クルマ選びとなるとオーバーコンフィデンスバイアスの塊になって、市場を打ち負かせる気満々になってしまう生き物だから、こういうリスクヘッジは流行らないかもしれない。
 情報のトランスペアレンシーという観点では、唯一実車が触れないという以外は中古車屋よりオートオークションが勝る。少なくとも、出品者では無い第三者である会場の調査員が内装と外装の点数を付けているし、わかる程度の修復は発見されて明記されている。距離メーターも仲間内の市場に出す時に巻き戻して出す程悪質な業者は少ないだろうし、発覚したら村八分だから、それをしないインセンティブもビルトインされている。実車を触ってイグニッションキーをひねったり、エンジンルーム見ても僕には善し悪しが判らないが、オートオークションだと試乗は出来ないが、他の人のレビュー結果は見ることが出来るし、代行業者がメカに詳しければ、その視点で対象のクルマを見てもらう事も出来る。それは素人の直感より相当有用であろう。最後に、プロセスで担保という観点では、オートオークションで落札する、という事は常に他のプロより数万円高く札を入れることになる。ある意味常に小額負けるのだが、逆に言えば、プロが付けた価格からの乖離は数万円で収まるということでもある。輸入車の中古は、外れを掴むと果てしなく修理費が掛かったりするから、中古車屋で同程度のタマの平均から多少安い、修復歴の誤魔化しリスクがあるクルマを買う行為は、多少の安さと引き換えに果てしない修理費のリスクをとっている。これは金融的にはオプションの売りのエコノミクスと同じである。素人が市場に参加するときは、Safer sideでオプションは買う方に回りたい所だ。そういう意味では、常にオークション代行は、業者間市場で付いたフェアバリューから数万円プラスで買える構造になっているから、数万円というオプションの支払で、フェアバリューで買うオプションを担保していることになり、Make senseする。市場を打ち負かすべく、色んな中古車屋を巡って、ハードに交渉するのも一つのスタイルだが、僕は、売り手と買い手の間に商品知識に圧倒的な差があることから、この中古車という商品に関しては、「インサイダーの反対ポジションは取るな」という市場の掟をリスペクトするのが自分のスタイルである。
 全ては確率の問題なので、オートオークションなら問題無しということでは無い。情報がある程度透明で、競りで出来た相場の少しだけ上で買えるのが確実なオートオークションの方が、フェアバリューから懸け離れた高値掴みや安物買いの銭失いを防ぐ観点では、情報弱者の素人に構造的に確度が高い筈、というだけである。ちなみに、今回の買い物については、5年落ちなのに外装点が4.5と高かったことと、品川ナンバーで毎年整備記録有りという情報から、タウンユース主体でオーナーは几帳面な性格であり、クルマの傷みも浅いと想像したことと、複数のライバルが札を入れており、プロが手を出すタマであることが確認できたことが決め手となり、ビッドアップして落札を決断するに至った。結果としては、ナビの登録ポイントから判断するに、想定通り山の手の住宅街から別荘に行くのに使われていた様であり、ハードにオフロード攻めたとか、スキー行き過ぎで塩害で傷んでたとか、そういう事は無さそうだ。あと、オールロードクワトロ4.2の標準タイヤは、PIRELLI P-zero Rossoというアストン・マーチンDB7 Zagatoやランボルギーニ・ムルシエラゴとかのモンスターマシンが標準装備するハイパフォーマンスタイヤだが、これがYOKOHAMAのDNA dBに入れ替わっており、こちらは燃費・静粛性重視のタイヤである。この辺からも前オーナーの意図が垣間見え、無理な限界を試すような運転はしてなかった事が推察できる。いまんとこ、当たりでは無かったかと思っている。
 若干この件を敷衍すると、仕事をする上で、「業界のインサイダー」は交渉相手でなく、自分の代理人として雇い、安く買えたり高く売れたりすれば彼らも儲かる様な利害を一致させる報酬体系で、我々の側で働いて貰うのが基本である。また、交渉相手とは長期反復する取引関係を示唆して、一度の交渉でボろうとするインセンティブを削ぎ、「末永いお取引を期待して今回はこの位で」という形で仲間内に取り込んでしまうのが商売の定石だろう。僕が輸入中古車を買う時、中古車屋を最初巡って実に気分がすっきりしなかったのは、こういった仕事の基本と悉く逆の状況に追い込まれていたからである。業界のインサイダーと、商品知識が無いまま、ゼロサムゲームで交渉し、しかも商売は一発終了で、中古車屋が後は野となれとばかりに悪意で利潤最大化に走るのを止めるインセンティブが無い。発展途上国の辺境の骨董品屋で土産品を買う様なもんである。しかる状況を所与として、交渉力の個人技を駆使するのも一つの手だが、僕的には業界のインサイダーを取り込んで、自分の為に働いて貰う方が好みである。また、仮に普通の中古車屋で買うなら、なるべく長期で手厚い無料修理保証を付ける店であれば、故障するクルマを売ると店がタダ働きで損するという観点で、利害は一致しているから、若干マシでは無いかと思う。
 最後に、オートオークションはフェアバリューでの売買を重視するなら、なかなか有用な仕組であるとは思うが、基本は現状渡しに近いので、実際買った後は、デントリペアなど軽い修理や車両整備の必要があるケースが多い。これを考えると、希望車種・希望メーカーを得意とする整備工場を探し、そういう所は大抵オートオークションへの参加資格があるから、その整備工場の人に程度の良い対象車を探して落として貰った上、その工場で責任持って整備の後にデリバリーして貰う、というのが一番安心できるアプローチである様に思う。今回は普通の代行業者で頼んでしまったが、車種が決まってたら次はこのアプローチを試してみたい。これだと、上に書いた「長期反復する取引関係」を前提に出来るから、「とにかくこのクルマを客に落札させる」という業者側のインセンティブを減らせて、より自分的には安心できる構造である。