私の話を聞いて。

 なぜか、前のエントリに書いた婚活ならぬ婚殺事件が妙に気になり、なにやら白刃のきらめきが見えた様な現実感があったのは何故だろうかと考えていたら、思い出した。全然話は違うけど、女からのネット逆ナンみたいなのに迫られた事がかつてあったからである。
 何年か前、海外に嫁いだ友達がポツポツ出たりして、自分のPCにSkypeをインストールした。最初使い方がいまいち判らずに、デフォルト設定で常駐させていたが、これによって広くあまねくネット側から自分のPCが見えていることに気付いていなかった。そこでSkypeをインストールして何週間後か、いきなり知らない女から直電+直チャットが入ってきたのである。最初はまじびびって、ウィンザードとかブリタニカの英会話教材なら要りません!とか叫びそうになったが、ヒマだったので結局お相手をしてみた。この女は、どうやら住所が港区か渋谷区になっている人をプロフィール検索して、手当たり次第にコールを掛けた様だった。
 最初は他愛の無い話だったが、途中から強烈なエロ話を向こうが始めて、実に閉口した。僕はオス同士のギャグとしての下ネタは嫌いでは無いけど、あんまり女とするのが好きじゃない。キャバ嬢と下ネタ話すことも無い位なので、バーチャルなネットにおける赤の他人との会話であっても、こちらからそういう話をするのは気乗りがせず、ふんふんと流していた。これは奥手だからというより、マナーとか受けた教育のせいだと信じているけれども。しかし、その流し方が、また変なツボを突いてしまったのか、女は更にエキサイトすることになる。
 話を聞いていると、女はどうやら少なくとも僕よりは社会的に有名な人の様だ。それまでは知らない人だったが、調べて見ると本人のサイトや関連するマスコミ記事を直ぐに探し当てることが出来た。しかし、今は無職に近く、都心の高級マンションに一人で住んでいて、その寂しさを満たしてくれる人を求めているらしい。過去の栄光からそっぽを向かれて大変に傷つき、それ以上に傷つきたく無いので、セックスを安売りする、そんな荒涼とした心象風景が思い浮かんだ。本人のサイトから禍々しく立ち上る「私の話を聞いて!」という雰囲気が、今思えば婚殺事件の容疑者サイトの雰囲気と共通していたかもしれない。
 その日は眠くなって電話切ったのだが、PC付けっぱなしで会社行って帰ると、10分に一回くらいコールが来ていた時が有ったり、当時爆発的に拡大していたmixiをやってるという話を僕がしたら、その時点で女はしていない様子だったが、数日したら女がアカウントを作って、僕のアカウントを探し当てられたりと、プチストーカー状態に陥った。まさに白刃のきらめきを眼前に認める様になって、慌てて僕はSkypeをアンインストールし、mixiも閉鎖的なポリシーに変更した。途中冷やっとしたが、一旦完全にコンタクトを切ったら、攻撃は直ぐに収まった。おそらく相手をしてくれるなら僕である必要はなく、誰でも良かったのだろう。その後女のmixiアカウントを観察していたが、入会後1週間位で150人位をマイミクにするなど、黄巾族を席巻する曹操の如き猛烈な勢いで恐らく港区・渋谷区民を開拓していた。知らない人でも女からのマイミク申請だと男は軽々しく受けてしまうものらしい。違う所に勢いが向いて良かったなと思っていたが、ある日、突然ぱったりと女のアカウントが消えていた。女の性格からして、何か大変に傷つくことがあったのだろう。
 木訥そうな婚殺事件の容疑者の顔写真を見て、全然似ては居ないけど、神経質そうに寄った両眼を持った、結構年上の女の顔写真を思い出す。別にその女とリアルで会っても、危険な事は何一つ無かったと思うけど、ネット上で激しくチェイスされる事なんて滅多に無いので、記憶としてはやばかった話に僕の中では分類されている。容疑者も被害者も出会い系サイトに登録していた様だし、寂しい人がネット上でアグレッシブになると、普通には繋がらない人と人とが繋がってしまう。それがネットの面白さであり恐ろしさだが、90年代にはpower to the peopleだと、自由の象徴だったネットの世界は、住み辛さを年々増している気がしてならぬ。