小沢一郎の妄執と卓見

 小沢一郎は、何となく「検察と手打ち」になって不起訴となった。みんなにクロだという印象を残し、不実記載とか割とどうでもいい形式的違反の報道は氾濫したが、肝心の資金の出所とか、野党指導者に職務権限が無いのにどう収賄が成り立つか、という最重要の論点には余りはっきりとした証拠も、むしろ仮説すら提示されないまま終わってしまった。検察は一時期までは小沢一郎を立件したかったのだろうから、既に仮説が有るならリークしていただろうし、検察お家芸の別件微罪逮捕後の自供強要による本丸切り込み作戦も繰り出さなかった以上、おそらく確たるものは無かったのだろう。
 僕はもともと西松以降の小沢一郎のお金がらみ疑惑にはとんと興味が無いのだが、改めてこれだけの報道を浴びると、彼自身に対する興味を再び呼び覚ます効果はあった。僕が政治に一番興味があったのは細川政権誕生の頃だが、もともと政治に興味を持つきっかけは中学の頃に読んだ、石原慎太郎盛田昭夫の「NOと言える日本」であった。思想的には割と極端なこの本によって、小学校の頃から洗脳され続けた朝日新聞的世界観とは違うものが世の中にありそうという事に気が付いたのである。その後、高校生になり、細川政権誕生前夜の頃に読んだのが小沢一郎の「日本改造計画」である。政治家小沢一郎の考えに初めて触れたのがその時だった。
 騒ぎになったので読み返してみたが、現代の視点で再評価しても、この日本改造計画というのは大した本である。93年の初版だから、それから17年の月日が過ぎ去っているが、中に書いてあることは古さが全然無い。この本における小沢一郎の主張をざっとまとめると下記の通りである。

  • 官僚主導から政治主導へ。与党議員が行政府に入り、政治リーダーシップを発揮すべき
  • 政権交代、政治ダイナミズムを生み出す小選挙区制の導入
  • 地方分権の推進、自治体統合
  • 首都機能の分散化とそれを可能にするインフラ整備。高速道路の建設、光ファイバーの整理、ハブ空港の建設、その延長線上の首都移転
  • 国連待機軍の創設
  • アジア太平洋閣僚会議の常設
  • 直間比率の是正。法人税所得税の大幅減税
  • 環境面での世界的リーダーシップの発揮
  • 規制緩和
  • 生き方の自由度の向上。女性や老人の就労選択肢の増加

 この17年の政治的課題を、財政投融資問題ほかの金融政策を除けば、ほぼカバーしており、度合いの問題はあるが、殆どの分野において何らかの政策が小沢一郎以外の政治家によって打たれてきているのが判るだろう。この本に書かれていた内容は、実に卓見だったと思うし、これらが17年前の細川政権の時に速やかに全て実現していれば、日本の現状は今より相当ましであったのは間違いないと確信する。しかし、現実には、小沢一郎自身の政治的手腕の拙さもあって、政権は早くに瓦解してしまった。これは個人的には本当に残念な出来事だったと思うが、当時の国民に直間比率の是正なんていう、政策目標の抽象度は高いのに、新税が導入されるという痛みの具象度が極めて高い国民福祉税構想等への理解が出来たかと言うと、皆さんもまず無理と思うのでは無いだろうか。改革というのは、国家財政や国際競争力が本当に不味く、手遅れ気味にならないと、出来ないものなのかもしれない。また、この一連の細川政権瓦解に至るまでのプロセスを見ると、小沢一郎とは、彼に強く付きまとうイメージとは異なり、実際は政局よりも政策において成果を出した政治家であると、現時点では評価するのが妥当であろう。
 また、上記の日本改造計画に書かれた政策の中で、唯一今なお全く実現する兆しも無いのは国連待機軍構想である。これは極めてユニークなので、ちょっと考えてみたいのだが、小沢一郎が国連待機軍構想をずっと主張する背景は、憲法9条をどうすり抜けて常備軍を持つか、という発想だと思われる。日本国憲法はご存じの通り、両院でそれぞれ2/3の賛成と国民投票での過半数の賛成が改正要件であり、実際には参議院で2/3を持つ難易度は極めて高いから、改正できない憲法になっている。その、日本は永久に平和憲法を保持する前提で、どう日本の安全保障や国際的発言力を軍事面で担保するかと考えた先の論理的帰結が、国連待機軍構想なのである。(本人もある種本の中でそう認めている)
 僕は、小沢一郎衆院選挙後に、今年夏の次回参議院選挙が重要であると、異常に入れ込んでいることにずっと違和感を持っていたが、彼のこの思考プロセスを理解すれば、その理由が朧気ながら分かってくる。前回2007年の参議院選挙では、自民党は歴史的大敗を喫し、最終的には安倍内閣が総辞職に追い込まれる一方、民主党参議院第一党の座を確保した。衆議院における民主党は、全議席の実に64%を確保しているから、今年の参議院選挙でも大勝できれば、前回獲得議席と併せて民主党はかなり憲法改正の要件である両院で2/3に近付くことになる。国連待機軍なんていう眠たいことをしなくても、日本が常備軍を持ち、多国間安保を主導できるチャンスが今民主党に訪れていると言える。さすがに、単独で2/3を確保するのは、参議院選挙で議席独占に近い勝ち方をしないと難しいと思うが、ある程度勝てば、可能性は出てくる。自民党は、そもそも改憲政党であるから、自民党議員に改憲に賛成しろと党を割る工作をしたり、そこまで行かなくても改憲派議員の賛成を議決時に誘導したり出来れば、ぐっと改憲の実現性は高まるのである。小沢一郎が、自・民大連立とか、衆院大勝後に党務に専念したりとか、端から見るとよく判らない行動をする背景には、間違いなく両院で2/3以上を何としてでも確保するという彼の妄執があると僕は思っている。政治家として、かつて志したことの中で唯一手が付いていない事を実現したいという気持ちに突き動かされているのだろう。
 こういう前提があると、小沢一郎が首相を目指さない理由はとか、バリバリ護憲派の瑞穂先生がいつ切られるのかなとか、検察を動かしている勢力とは、とか別の楽しみが政治に広がるってもんである。この事に気付かせてくれたという意味で、Thanks to 小沢一郎を巡るメディアのドタバタ、という感じである。僕は、読んでの通り、安全保障以外は意外とリベラルな所も含めて、小沢一郎という政治家には賛否ありながらも、どちらかと言えばシンパシーを抱いている。経済政策はどうしても相容れなかったなので、前回衆院選では民主には票を入れなかったが、弱体なる政権の罪よりはマシという気持ちもある(個人的には不愉快な思い出しか無いが、みんなの党に入れました)。そんなこともあって、今回心臓病じゃなくて、政治生命として死ぬ寸前で踏みとどまった事で、もう少し彼の挑戦を前向きに見守ろうと思っている。安全保障に限らず、戦後レジームとマインドから脱却し、国のソフトパワーを高めるには、自主憲法制定というのは必要なプロセスだと思うし、そんな短期的には1円にもならない仕事に執念を燃やす政治家は、他に居ないと感じるからである。