チベット高原の船

 中国は青海の玉樹でマグニチュード7.1の地震が起きた様だ。漢字で玉樹(Yushu)とニュースに出てるけど、この街の住民はその名で呼ばない。玉樹は青海省で最もチベット民族が多い街であり、チベット民族はこの街をジェクンドと旅情を誘う名で呼ぶ。青海省省都西寧は漢族が主流派だけど、シルクロードの最果てとして回族(イスラム教徒)も目立つ街だ。そこから標高を上げ続けて800kmの果てにジェクンドがある。東シナ海から続く漢民族の世界は遂に終わり、ここからは山岳民族であるチベット民族の世界の始まりである。

○中国青海省で地震、約300人死亡 /AFPBB NEWS

 ジェクンドの近くには、黄河と長江とメコン川の3大河の源流が集中する。ジェクンドから黄河源流域のある瑪多までは道が通っており、途中バヤンカラ峠(標高4824m)を超える。かつて、ボリビアとチリの国境地帯、アンデスの真っ直中で標高5000mを超え、そこで吹雪に巻かれて、バックパッカーの世界を脱してアルピニストの世界に入ってしまったことを嘆いたが、高地は高地であるだけで空も星も大地も美しく、ひたすら高い所を再訪したいという思いは常にある。また、バヤンカラ峠は黄河と長江の分水嶺に当たる。峠を越える度にチベット民族は経文を空に蒔くが、中国を中国たらしめた黄河と長江の分水嶺チベット人が経文を蒔く風景は、きっと心を揺さぶるであろう。
 近い内にジェクンドを離れて、この3大河の源流域まで夏の旅行をしたいと思っていたが地震で遠のきそうだ。黄河と長江の源流は自動車でも行けるらしいが、メコン川は雑多という所から、更に馬か現代の馬であるランクルに乗らないと辿り着けない。馬はモンゴル人の乗り物で、モンゴル人はチベット仏教を信じたが、チベットの家畜は主にヤクである。チベット人は熱心な仏教徒だが、肉食殺生の禁だけは破っている。ヤクの乳から作ったバターは食料になり、寺の灯明になり、顔に塗れば乾燥防止のクリームになる。肉は干し肉にされ、毛はテントの材料に、糞は燃料に、皮は舟や服になる。かつての日本人が鯨を無駄なく利用したのと同じように。アラブ人はラクダを砂漠の船として用いたが、チベット民族は高原を渡る為の船としてヤクを用い、だからヤクの殺生は許容されている。
 なぜそんな秘境に行きたいのか。美しい風景が理由なことは既に述べたが、もう一つの理由がある。地球の裏側にある同じような高地アンデスでは、インディヘナにとっての高原の船はリャマで、インディヘナはリャマで荷物を運んでいたが、このリャマ肉ステーキは極めて旨かった。チベット高原の船たるヤクも食べてみたいでは無いか。しかも、ファンタジー小説RPGの中でしかお目にかかったことの無い、「干し肉」である。