経産省編「日本の産業を巡る現状と課題」について

 2月に経産省が、「日本の産業を巡る現状と課題」と題する産業構造審議会の部会資料を発表した。これにコンパクトに日本の産業を巡る現状がまとまっている。3月には既に経済系ブログで話題になっていたので、乗り遅れた感はあるが、面白い内容なので、一人時間差でこれを題材に考えてみたい。
 まだ読んでいない方の為に、まず簡単にキースライドをまず紹介する。

 まず問題意識がこれである。手前の味噌漬けだけれども、過去のエントリの、「○これから先進国はどう食っていくんですかね。」もほぼ同じ問題意識で書いた。多少違っているのは、経産省少子化問題には触れているけど、ディマンドサイドでの一丁目一番地になる民需(人口規模に比例する)、サプライサイドの一丁目一番地の労働投入量の増加が見込めない点、これを施策立案において大きく扱うか否かである。

 日本の労働者を巡る構造。この他にもスライドが沢山あって、日本の2000年代の経常増益の半分は自動車で稼がれており、輸出型製造業中心の経済が維持されてきたとのこと。ただ、現在これが新興国とのコスト競争に直面して、輸出が強い日独については雇用者報酬は落ち込んでいる。

 日本は輸出で稼いでいる様に見えて、実は輸出依存度は余り高く無いこと。ただ、中継貿易国のシンガポールや香港が入っているのはミスリーディングで、上記過去エントリでも純輸出で見るべきことは指摘した。

 日韓の業界競争比較。これは極めて印象的なスライドだった。この前に日本企業の収益性が低いというスライドが有るのだが、収益性の低さは国内の過当競争に起因しているのが一目で分かる。経済規模の小さい韓国でも、企業を集約させれば規模を稼げる。そして、その企業は独占的利潤を享受するけれども、その利潤が海外投資の源泉になって、グローバル市場で韓国が強力なプレイヤーになったのだろう。ここには入っていないけれど、半導体や液晶ディスプレイなどの巨大投資を伴うビジネスにおいては特に典型的にこの強みが現れたに違いない。韓国はマザーマーケットが集約されていることで、企業が次世代投資余資を稼げ、日本は企業が分散して競争的なので収益性が低く、投資に劣後して、脱落したということだ。

 ちょっと抽象度が上がってるけど、垂直統合の構造問題。100%納得はしないが、セットメーカーが苦しむと、その裾野もきつくなるというスパイラルは間違いない。日本が輸出型大企業で食っていくなら、彼らが勝てないと、彼らにぶら下がっている人も負けてしまう。それは、大田区の中小企業の問題じゃなくて、茨城の近郊農業の人も、輸出型企業がスポンサードする番組に出てる大阪の芸人も、沖縄のホテルで働いている人も、共通して抱える問題である。

 結論の前の裏返しスライド。要は、グローバル製造業もモデル変えて生き残らないといけないし、それに今はぶら下がっている技術のあるものづくり企業もグローバル製造業を中抜きして海外市場に出ないといけないし、国内型産業の中にも海外市場に出れる産業があるということである。

 感想だけど、部下がこんなスライド作ってきたら、丸焼きにしたであろうミスリーディングなスライドも散見されたが、役人に顧客にスライドを売るコンサルタントの仕事を期待すべきでは無いし、全般にはメッセージは正しいと思う。要は、

  1. 輸出依存度が余り高く無い→日本はまだ実は輸出で稼げる余地がある
  2. 輸出型大企業は勝てるビジネスモデルに転換し、中小企業や国内型産業は輸出できる産業に転換し、輸出を創出すべき

ということだ。結局輸出かよ、という声も聞こえてきそうだが、上記過去エントリでも日本の純輸出とGDPの比は僅かに1.7%であり、これが5%を超えるドイツとはまだ随分差があると指摘したし、ミクロで見ても経産省が目を付けている分野には確かに余地はあると思う。
 これは、なぜ中小企業や国内型産業に輸出機会が訪れているか、という点で更に深掘りが出来る。前者については、大企業が連敗を喫したモジュール化と水平統合の波が、中小企業にとって直接国内の大企業を中抜きする機会になっていることである。また、グローバルに新興国の成長が続いている結果、何も無い発展途上国に道路とか発電所を作るという従来の「開発経済・国際援助型」インフラ投資一辺倒から、中進国が先進国並みのQOLを得る為の「高度化投資・内需型」インフラ投資に力点が移りつつあることもその背景にある。高速鉄道上下水道、或いは火力でなくてより複雑な原発など、先進国なら当たり前に持っている内需型産業が、一通り必要なインフラは持っているが、それをシステムごと輸入して高度化した新興国=中進国に魅力的に映っている。
 また、何故輸出型大企業がコケたのか、という点への考察ももう少し必要である。これは要は、特定分野毎に規模の利益がより重要になったことを示している。背景には、これも新興国需要の台頭があり、そのマーケットにおいては、垂直統合した高度なプロダクトよりも、水平統合して安く作れた商品が売れた。その結果として、水平統合型エコシステムの企業の製造コストが劇的に下がり、それに参加している企業しか先進国市場においてもコスト的に生き残れなくなったのである。ただ、誤解して欲しくないのは、水平統合だからOKということでは無く、水平統合は規模の利益をどう作るかという手段に過ぎないことだ。日本市場には、過当競争であったことや、グローバル化が遅れていたことなど、規模の利益を作らせない構造があったのが、更に不利に働いた。もし、例えば液晶テレビで日本を独占する巨大企業があったとして、その巨大企業が十分にグローバルに販売網を持っていたとしたら、垂直統合していても、コストで勝負できる筈だからである。
 では、この輸出振興は正しいとして、この輸出振興によって、どの程度GDPが底上げされるかというポテンシャルを試算してみたい。中小企業実態基本調査を基に簡単に検証してみるが、まず輸出に対応可能なある程度大きさのメーカーがどの程度あるかと言うと、世の中の中小企業373万社の内、製造業は42万社である。売上高で言えば534兆円の内110兆円なので、全中小企業の中で、20.6%が製造業の売上シェアである。ただ、この中には傘張り浪人みたいなのも、「個人事業主」としてカウントされており、例えば従業員51人以上と、そこそこの売上高の中小製造業の売上を抽出すると、65兆円だ。従業員50人以下の中小製造業の一社当たり売上は僅か1.3億円だが、従業員51人以上の中小製造業の一社当たり売上は28.8億円である。自分自身、ミッドキャップの買収案件を担当した実感として、輸出に対応する為に、海外向け営業マンから英文契約、貿易実務、貿易金融等を担当する社員を養うには、売上50-100億円・社員50人というのがギリギリの規模感だったから、ここで区切ることは大凡外れてはいまい。
 どういう政策を打てば彼ら65兆円が輸出に向かうのかは実感が沸かないが、仮に甘く見て、この中の10%の企業が海外向けに全体の30%の売上高を新規に獲得するとしよう。このカテゴリーの中小製造業の原価率は48%だから、52%が付加価値になるので、

  • 65兆×打率10%×売上増30%×付加価値52%=1兆円(!)

GDP上のインパクトである。日本のGDPは526兆円だから、0.2%。「まるでアリの様だ! (C)ムスカ」とは言わないが、世界が変わる程のものでは無い。世界を変えるには、半分位の中小製造業が、海外向けに売上を倍増位のことにならないとダメである。これは相当大変な事のように僕は思える。小さくてもやった方がいいのは間違いないが、全体にインパクト与えるには相当頑張らないといけないということだ。*1
 こういった規模感の問題もあるが、それをクリアして大規模に輸出を創出すれば長期的にも万事解決かと言うと、そこは疑問で、中長期ストラテジーは別に用意しないといけない。なぜなら、これは製造業の輸出立国というストラテジーそのものが、グローバルにトランザクションコストが低下した現在では、中進国との裁定が働きやすいからである。インフラのシステム輸出にしても、中小製造業にしても、いずれ産業が高度化した中進国が追いついて来るだろう。よって、輸出は、比較的短期の稼ぎにしかならないと思われる。この点は非常に解決策が見いだしにくい所で、米英がこけたことで、先進国群に勝ちパターンの人が居なくなったのが迷いを深くする。米英の金融立国的な戦術は間違いとまでは言えないが、打ち出の小槌では無い事は既に判明している。日独の製造業主導の輸出立国戦略は、上記の通り中進国との裁定が働きやすい。中進国が発展途上国だった時代は、技術に圧倒的な格差が有ったので、先進工業国の製品が世界を席巻したが、途上国が成長して中進国となった現在、先進工業国と中進国それぞれの企業の技術格差も縮まった。縮まったが故に競合が発生して、むしろコストパフォーマンスでは先進国側が見劣りし、これを是正するなら先進国側が労働分配と価格を下げないといけない状況になっている。これが裁定ということである。敗戦国で国土が灰燼に帰した日独は、戦後の50年代後半から80年代までの長い間、戦勝国である先進国に対して、中進国的な立場を維持し、そのコスト競争力を誇った。いま両国が苦しいのは、その有利な立場が新興国に取って代わられ、追われる立場となったから、という単純な構造だと推察する。また、日独の製造業によって、自国製造業をボロボロにされた米英は、金融資本の拡大再生産や、IT等の知識やサービス輸出に活路を見出した。つまり、輸出型製造業というのは、元来中進国的立場の国が有利に戦えるフィールドであって、コストの高い先進国はより資本や知識集約型で無いと厳しいということだ。ただ、金融立国というのが果たして正解なのかは、ある程度までは正しいとしか言えないのが、現在の迷いであるし、日本の打てる手としては、若干手遅れというのが残念である。
 あと、フランスは純輸入国で金融センターも持っていないのに、一人あたり雇用者報酬が、輸出立国系で中進国と裁定が働いてしまっている日独より顕著に上がっているので、日本からG5の中で最も縁遠い国だが、研究の余地はあるかもしれない。ただ、フランスの失業率は10%前後と極めて高く、雇用者報酬は上がっているが、失業者は減らないという、二極化と思しき現象は確認でき、何らか問題はあるのだと思う。

 ただ、上図の通り、失業率というのは、金融危機を経てグローバルに8-10%の水準に収斂しつつあり、フランスだけが突出して高い訳では無く、日本だけが特異な位置を依然としてキープしているという方が正しい。日本の労働分配率の高さは、おそらく雇用者数の多さに起因しており、今後失業率は上昇傾向となっても不思議ではない。ちなみに、余談ではあるが、日本の失業率統計がミスリーディングで、求職していない人は失業者にならない等、定義がおかしく、実際にはもっと高いという説が常識化しているが、実は国際比較に関してはこちらの方がデマで、主要国は全てILOの基準準拠で統計を算出しているため、細かな運用の誤差は有っても、どの主要国でも上記の求職していない人は完全失業者に含まれていない。総務省が作っている、「労働力調査」のFAQは、余りにこのデマが消えないので、丁寧な説明の中に、それへの苛立ちが感じられて、読んでいるとおかしくなる。

○労働力調査に関するQ&A /総務省統計局

 以上がつらつらと思ったところであるが、短期的には輸出振興を規模の問題は有っても進めることに損は無いと思うが、中長期的な視点としては、日本特有の課題と解決策を打ち出す前に、先進国というビジネスモデルは何かという事をきちんと定義することが、すなわち日本の行く末への示唆となる様に思われる。輸出立国はサステイナブルなのか、それともやっぱり金融立国なのか、或いは別の道があるのか。日本は十分に人口が大きく二兎は追えると思うが、一方国内市場が大きく、かつ競争的であるがゆえのローカル性と、収益性の低さは解決しないといけない。また、サムスントヨタ、或いは野村證券の様な大企業が一社あることのGDPへの寄与度は何%であって、それを何社作らないといけないのか。また、輸出には中進国との裁定が働くのが必至なら、その裁定の果実を国内に還流させる制度は有り得ないのか。そういった事に答えが出れば、はっきりとしたビジョンが描ける様に思われる。
 しかし、こういったビジョンを描いて、実際の打ち手となると、税制だったり、金融政策だったり、教育政策だったり、通信・交通インフラ整備だったり、少子化対策だったりするのだが、これらは須く他省庁の管轄である。この辺りの実効性の無さが、規制官庁でなくて政策官庁である経産省の苦悩だと思うけど、いっそこの辺りの政策立案機能は、まとめて政治のもとに移すというのも、一つの手かもしれない。

*1:追伸。この中小製造業の輸出による売上増には、乗数効果が掛かるが、実証研究によると公共投資乗数効果は1.0-1.3らしく、民間企業の売上増として発現するのは、公共投資も輸出増も同じだから、輸出も同程度の乗数効果と思われる