野菜は選ばない方が、たぶん美味しい。

 会員制の野菜宅配大手の「らでぃっしゅぼーや」をNTTドコモがTakeover Bid(通称TOB)して買収する報道を見て、この買収そのものについて書こうと思ったが、書き出したら、いつもの通りその前段の小ネタが膨らみすぎたので、今日はとりあえずこの小ネタ部分をエントリとしてみる。
 僕は、ゆるベジな事もあって、野菜については鮮度重視で大分の農家からの直送を利用している。この農家を選ぶ時に、野菜宅配サービスについては散々調べたが、らでぃっしゅぼーやや国立ファームとかのメジャー級以外にも、世には非常に沢山の有機野菜宅配の会社がある事を知り、驚いたものである。
 この大分の農家を選んだ理由は単純だ。送ってくれる野菜を選べ「ない」からである。宅配系の会社は、野菜を有る程度は選べるのが普通だが、選べるというサービスを提供するには、在庫や中間流通といった要素が避けがたい。野菜は工場製品の様にポイポイ一日で生えたりしないし、あらゆる野菜を一つの農家で作るのは難しいため、注文にこたえるにはどこかに集めて発送する必要がある。消費者の利便性の背景には、一定の滞留期間が必須なのだ。
 一方、この農家は2週間ごとに、その日採れたものを適当に詰めて送ってくれるだけである。時に、段ボールを開けると見ず知らずの新キャラの野菜が出てきたり、気付くと巨大な白菜が家に2つ有ったりという事態が発生するが、それはクリアすべき偶発クエストとして楽しむことにして、気にしていない。その代り、取れたての野菜にしかない、実に芳醇な大地の香りが楽しめる。夏の軽井沢や小淵沢に避暑に行った時に、現地の「とれたて市」みたいな所で味わえ、そこで買って帰宅すると失われていてガッカリする、あの濃い味が自宅に来るのである。幾つか宅配サービスは試してみたが、ここの野菜が一番感動率が高かった。
 もちろん、大手の選べるサービスでも、「最短収穫当日」「出来る限り在庫なし」と謳われている、という反論はあるだろう。だが、「選べる」という事に付随する物理的な限界からして、先ほどのフレーズは、

  • 「最短収穫当日」=「大体の商品は収穫翌日以降の配達」
  • 「出来る限り在庫なし」=「必要な分は在庫を持つ」

と読み替えた方が良いと思われる。これが事実としても、嘘は言っていないし、ごく一般的な宣伝文句で問題は全く無いが、書き方の裏を察するのが賢い消費者というものだろう。ちなみに、本件の話では無いが、会社が大きくなると、大体の商品じゃなくて殆どの商品が翌日以降になる一方、変える人が居なかったり、サービス低下と認識されるのを避けたかったりして、宣伝文句はそのまま放置されがち、というのがよくある景品表示法にはまるパターンである。
 会社として、もし、この収穫後配達までの期間を短縮化するのであれば、消費者向けの提供メニューは、各契約農家が個々が提供できるものの集合に限定して全て直送とするか、地域に細かく配送センターを設立して、当日収穫/センター持ち込み・夜発送・翌日到着という綱渡りのオペレーションをするかのどちらかである。前者は、もはや単なる個々の農家の集合体に過ぎず、サービスとしての統一品質を保つのは難しい。後者は、幾つかそういうサービスがあり、代表的なのは「無農薬野菜のミレー」である。

○無農薬野菜のミレー

 しかし、このサイトの作りは、健康食品を代表例とする一部ネット通販サイト特有の長々縦スクロールするフォーマットそのものである。この作りを採用する以上、SEOアクセス解析、消費者心理などの万事に通暁したネット通販の鬼みたいな人が仕事として関わっている事を想起させ、むしろ僕とかは、「騙されてたまるか・・・」と身構えてしまうが、普通には判りやすい・引き込まれると認識されるのであろう。この長々縦スクロールサイトを笑うなら、最近話題になったこれを参照。デイリーポータルは執筆陣の高齢化に伴うネタ切れ、パンチ力減退が懸念されていたが、どうやら杞憂の様だ。

○カフカ「変身」をネット通販風に描く /@NIFTYデイリーポータルZ

 さて、この「無農薬野菜のミレー」は、千葉の香取に配送センターを持っていて、収穫当日に近隣の農家が持ち込んで、夕方発送する方式である。ある程度の選択と鮮度を両立させるなら、こういった所が良かろう。香取とか成田と言うのは千葉、或いは首都圏4都県の中でもかなりな田舎だから、農家が多いのも納得感がある。世の田舎には、「歴史ある田舎」と「歴史なき田舎」が有るが、ここは明確な後者だ。街道筋からも港からも外れており、かつて発展した時代が無かったと思われ、日本にしてはhillyな丘陵地帯に畑作地と里山が拡がっている。だから、昭和の時代に2つめの首都空港を作ろうと思った時に、首都近隣の中で発展度合いが低く、空白地的な場所だった成田が選ばれたのだと思われる。
 僕は、こういうサービスでも良いかなと思ったけど、残念ながら野菜の旬を僕は余り知らないし、ネットの写真で野菜の良しあしを見抜くのは不可能だ。そもそもネットというのは、野菜とか服とか個別性が高いプロダクトを吟味して買うには不向きのメディアである。消費者が選べるというのはとってもいい事だけど、選べるというメリットを最大限生かすには、対象への深い知識や理解が本来必要だ。よく知っているものを選ぶなら効率的だが、よく知らないものを選んだら、選ぶという手段は達成されても、その結果の質はランダムに分散するだけである。
 人が有機野菜の宅配サービスを使う真の目的は、買う野菜を自宅で選べて送ってくれることなのか、それとも美味しい野菜を食べることなのか、どちらに重きがあるのだろう。食いしん坊な僕にとっては後者が圧倒的に重要だ。なので、我が家は選べるサービスじゃなくて、農家の人が、いまこの時期に旬で出来たものを詰めて送る、選べないサービスにしている。自分で選ぶより、農家の人が選んだ方が、美味しいものに当たる確率は高いだろうと思うからである。この大分の農家は、その日採れたものを詰めて送るだけなので、正真正銘の全部収穫翌日配達だ。冒頭に述べた様な不便も勿論あるが、それと引き換えにびっくりする程美味しい野菜が食べられる。既存の野菜が選べるサービスにおいては、消費者は必要な野菜を選んでいるだけで、美味しい野菜を選んでいる訳では無いと僕は思う。これは、消費者側の価値感の話で善し悪しの話では無い。ただ、便利に流れたり、総合評価の罠に陥ると、もともと求めていた目的を損ないがちなのである。
 こう改めて考えてみると、価値観によって使うサービスを選べるのは、この時代が本当に豊かな事の証左だろう。今は、遅くまでやってるスーパーマーケットという、いざという時にいつでも買えるインフラがあるのだから、こういう便利なものは寧ろバックアップとして使い、この大分の農家の様な、ちょっと不便だけど直接取引できて美味しい、そんなサービスを家庭の価値観として使ってみる余裕がある。それは素晴らしい事だと僕は思う。ちなみに、この農家、有機野菜では老舗の所だが、盛夏の時期には「暑すぎて農作業が出来ない」とかでお休みになったりする。この辺り、均一にいつも野菜が並んでいるスーパーや大手の宅配サービスを使ってる限りでは判らない、土臭い、食べる事のリアルみたいなものが仄かに伝わってくる。不便なんだけど、何か大地と繋がっている気がして僕はこの不便さを前向きに消化している。