2013年全米オープンゴルフ

勝たなければいけない事情

 全米オープンゴルフ最終日。最終組を回るフィル・ミケルソンがイーグルを決めて程なく、メリオンに雨が降りだした。ようやく、週の半ばに続いた豪雨の影響を脱し、全米オープンらしい、固く締まったグリーンを取り戻しつつあったメリオンゴルフクラブだったが、これでまたソフトになり、初日の様に長いクラブで打ってもボールが止まるかもしれない。よって、最終組を回るミケルソンとハンター・メイハンが有利。僕は天候を見て、そう思った。でも、そうはならなかった。
 ミケルソンは、これまで通算41勝、うちメジャーで4勝を重ね、この時代においてタイガー・ウッズに次ぐ実績を残すプレイヤーであるが、全米オープンではシルバーコレクターとして有名だ。これまで2位になること既に最多の5回。各プレイヤーは勝たなければいけない事情をそれぞれ抱えるが、ミケルソンのそれは格別強い事だろう。ミケルソン全米オープン、或いは全英オープンにも勝てないのは、そのアグレッシブ過ぎるプレースタイルだと言われている。バーディの出るマスターズや全米プロではそのリスクテイクに見合ったリワードがあるが、セッティングが難しい全米オープンや、自然が気まぐれな全英では、リスクを取り過ぎては自滅する。昨年のマスターズ最終日10番で、ブッシュからの無謀なリカバリーに失敗してトリプルを叩き、首位から陥落したのは記憶に新しい。
 この大会でのミケルソンは、サンデーバックナインまでは努めて過大なリスクを取らない様にしている様に見えた。しかし、バーディが狙える115ヤードの13番Par3を迎えた時、テレビで見ていて、ウェッジでのティーショットにしては少しティーアップが高いなと違和感を感じたのを覚えている。トッププレイヤーが考えている事は、アベレージゴルファーには計り知れないが、恐らくは、薄めに入れてスピンでかなり戻して狙う積りだったのだろう。だが、結果は薄く入り過ぎた。ボールは、ハーフトップ気味にキャリーでグリーンオーバーし、このホールはボギーとなった。結果論だが、13番は安全にパーでも18番はバーディを無理攻めしなくて済んだので、プレーオフになっていた可能性は高い。そこを攻めてバーディを取りに行ってのボギー。サンデーバックナインは当然攻める局面だろうが、その攻め方の選択肢の中では、リスクテイカーのミケルソンは、他のプレイヤーより失敗の許容度が低そうな選択をして、そしてやはり報われなかった。
 ミケルソンが首位に立つ前に注目を集めていたのは、初日首位だったルーク・ドナルドだった。開始前のインタビューでも、短くてテクニカルなこのコースは自分に合うとして、相当意気込んでいる様子が伺えた。実際、例年の全米オープンと比べて短く、プレイヤーに長さで対抗しないこのコースは、パットとアイアンの名手であるドナルドにとって大きなチャンスである様に思われた。初日の後、ドナルドはやや順位を下げたが、3日目が終わって2打差の5位とまだ良い位置に付けていた。
 彼は、一昨年度、史上初の米国と欧州のダブル賞金王になり、世界ランク1位の座に就く輝かしい実績を挙げたが、面白い事にメジャーは未勝利である。この、世界ランク1位経験者なのにメジャー未勝利のプレイヤーという汚名は、リー・ウェストウッドとルーク・ドナルドの唯二人に冠せられている。ドナルドにとっての勝たなければいけない事情は、これを晴らす事だった。そして、もしドナルドが勝てば、イングランド出身者としては43年ぶりの全米オープン覇者という意味合いもある。かく英国勢の期待を集めて最終日ラウンドしたドナルドだったが、武運は拙いものだった。ドナルドは、序盤からボギーを連発して早々に優勝戦線から脱落し、逆に余り注目を集めていなかったプレイヤーが、信望強くスコアを守ってスルスルと順位を上げた。それはドナルドと同じ2打差の5位から出たジャスティン・ローズだった。結果として、彼が2打差で勝ち、イングランド出身者として43年ぶりの全米オープン覇者となった。
 毎年、父の日に最終日が来る全米オープンだが、その日に誕生日を迎えたミケルソンが父の日のヒーローになりそうでならず、18番でパーパットを決めた後、亡くなった父に向けて、天に感謝を捧げたローズがヒーローになった。各プレイヤーには、それぞれ勝たなければいけない事情がある。

メリオンゴルフクラブ

 今年の会場となったメリオンというコースは、勿論プレーした事は無いが、テレビで見るだけで実に印象に残るコースだった。昨年のオリンピッククラブも強い高低差のあるホールを幾つか思い出せるが、メリオンは、それぞれのホールを今でも克明に思い出せるメモラビリティがある。Par3は全般にどこのコースでも覚えやすいものだが、テレビで観戦するだけで記憶に残るPar4や5が幾つもあるというのは驚異である。正直、2011年にマキロイが11アンダーで圧勝したコングレッショナルは殆ど覚えていない。日本のコースも、何回となくテレビで見てる筈なのだが、似たような林間の似たような平板なグリーンコンプレックスが多くて、覚えているホールは余り多くない。例えば、宍戸ヒルズはプレーした事まであるのだが、先週の日本ツアー選手権見てても、ほんの数ホール思い出せるかどうか。それに比べると、メリオンはグリーンの傾斜まで結構思い出せる。世界ゴルフ100選の中の更にトップ10に入るには、それ位のメモラビリティが無いとダメなのだなと改めて実感する。
 今回の全米オープンは、近年のPGAツアーでは珍しい7000ヤードを切る設定で行われ、短すぎると批判的に言われていた。僕も、雨でグリーンがソフトになったので、コングレッショナルの時の様なスコアが出るかなと思っていたが、優勝スコアは結局1オーバー。ロングヒッターにはヤーデージの長さだけがコースの対抗方法で無い事を改めて世に知らしめた結果となった。また、バーディが出ないとゲーム性に乏しくて盛りあがらないというのも必ずしも正しくなく、昨年・今年と続けてアンダーパーが出ない展開だったが、どちらも極めて接戦で最終日最終組のプレイヤーがバーディ取ればプレーオフという、スリリングなゲームとなった。アンダーパー決着となった2009年や2011年より、イーブンパーからワンオーバーで決着した2010年、2012年、2013年の方が接戦で面白かった。全米オープンは、優勝スコアがイーブンパーになる様に設定されるそうだが、過去5回中に3回が、イーブンパーからワンオーバーと、ほぼその想定通りに決着しているのは、中の人恐るべしである。ただ、同じく5回中に3回のトロフィーを、UK勢が掻っ攫っていくとは中の人も思っていなかったことだろう。

ドライバーの設計

 この全米オープン、マスターズに続いてミケルソンはドライバーを入れなかった様だ。代わりに入れたのは、通称フランケンウッドと呼ばれるスプーン似のクラブ。最近のスプーンは浅重心・高反発で飛ぶので、てっきりロフトを立てたスプーンだと思ったが、さにあらず。45インチのロフト8.5度と、どちらかと言えば小さなドライバーであった。つまり、形状はスプーンの延長線上だが、スペックは昔のメタル時代のドライバーと似ているのである。
 この小さなドライバーの利点は、重心距離や重心角が他のクラブと統一感が出る事であり、逆に欠点は左右慣性モーメントが低く、フェースの高さも低い事から、ミスヒットに弱くなることである。また、フェースの上下の当て所を変える事によるスピンコントロールも難しい。それでもミケルソンがこんなスペックのクラブを入れてきたという事は、彼にとって、現代のドライバーが相当打ちにくいという事なのだろう。実際、キャロウェイやタイトリスト、ピンなどの米国のクラブメーカーのドライバーは、重心距離と呼ばれるスペックが軒並み長い。プロモデルであれば、スプーンからアイアンまでは、これが概ね32-34mmで揃っている場合が多いが、ドライバーは40mm超えというのが珍しくないのだ。これが長いという事は、シャフトという回転軸から重心が遠くなり、角運動量が小さくなる為、結果として捕まりが悪いクラブとなる。なので、これらのクラブメーカーはドライバーだけ大きな重心角を設定する事で、それを補っている。クラブは、ショットの最中、重心が遠心力によって回転軸から遠い所に離れようとする為、大きな重心角=深い重心のクラブほど、重心が前に出たがり、フェースが返るという算段である。この長重心距離+大重心角というクラブの欠点は、重心が深くならざるを得ない為、スピン量が増える事だ。
 一方メリットは、長い重心距離は長いクラブレングスを意味する為、数ミリではあるが長尺効果がある事と、重心距離が長いほど左右慣性モーメントが高くなり、ミスヒットに強くなる事である。460ccのクラブ全盛になる前は、プロモデルのドライバーはハイバックで洋梨型をして、アベレージモデルはシャローバックで丸形をしていたものだが、460ccが当たり前になって以降、米国メーカーにハイバックのモデルが絶滅したのは、長大な重心距離を補う為には、大きな重心角=深い重心を設定するべくクラブの奥行きを伸ばさざるを得なかった為である。

 一方、日本のクラブメーカーはと言えば、ヤマハのドライバーは伝統的に重心距離が短い事が特長で概ね33-36mmに設定され、それ以外のメーカーでは重心距離は長めであったが、近年ではミズノやブリヂストンのプロモデルも、ヤマハと同様に重心距離を短くしてきている。これ位重心距離が短いと、重心角も20度前後とフェアウェイウッドと同じ位に設定出来る為、結果的に浅い重心が実現できるというわけである。これらのドライバーが、ハイバックな形状なのはその為で、地クラブで飛びに定評のあるJBEAMのFX BM-435も同様のコンセプト・形状である。トップアマで、2007年には並みいる大学勢を押しのけて日本アマ決勝まで進出した"中年の星"こと田村尚之さんが、ヤマハのドライバーからJBEAMに変えたが、重心のスペック的には似たモデル同士であり、フェースの反発等、重心以外の何らかの要素でJBEAMが上回ったからだと想像する。
 では、この米国メーカーや日本メーカーのアベレージモデルに多い「長い重心距離+大重心角」のドライバーと、日本メーカーのプロモデルに多い「短い重心距離」+「小重心角」のドライバーは、どちらが良いのだろうか。ドライバーの評価軸は色々あるだろうが、こと飛距離で言えば後者の方が有利そうである。なぜなら、長い重心距離による数ミリの長尺効果は、どう計算しても2-3ヤードの飛距離アップに止まるからである。浅い重心がもたらすスピン量の低下による飛距離変化は、計算は困難ではあるが、スプーンの浅重心モデルが確かに飛ぶことと、200-300rpmの低下にプロが血眼になっている事を踏まえると、こちらの方が飛距離に効く度合いが大きい可能性が高い。6月11日号のゴルフダイジェスト誌には、スプーンをヘッドスピード42m/sで打った時、深重心モデルより浅重心モデルの方が5ヤード飛んだとの計測結果を出しているが、プロがドライバーで行えば、より差は拡がるだろう。この点で、米国のメーカーより日本のメーカーの方が、ドライバーの飛距離に係る設計は優れていると僕は思う。
 そして、更に掘り下げると、キャロウェイは米国メーカーにしては珍しく、FT-9の時代、つまり2010年位までは重心距離の短いドライバーを出していた。それが、直近の"レーザー"が冠されたモデルから何故かみな長くなってしまったのだが、それに呼応するかの様に、ミケルソンがドライバーを捨てて、スプーンの延長線上のクラブを握った。これを見るに、トッププレイヤーの世界では、スピン量の低下による飛距離アップとは別に、重心距離がスプーン以下と揃ってたクラブの方が感覚的に打ちやすい、或いは球がばらつかないという事が起こりえるのかと想像する(仮に捕まり具合が重心角によって調整されていたとしても)。大きな重心角によって、勝手にクラブが返る事と、短い重心距離によって、クラブを意図的に返しやすい事は、同じ捕まり要素としても、使い勝手が異なるのだろう。そしてそれは、フックグリップで握って、クラブを勝手に返すタイプのプレイヤーには余り感じられず、ミケルソンの様に、アームローテーションを多用するプレイヤーには顕著に感じられる類の話なのかもしれない。
 ちなみに、テイラーメイドの最新モデルであるR1というドライバーは、発売後プロにも大人気で、テイラーメイド契約のジャスティン・ローズがこれを使用しているのは当然として、ミズノの契約プロであるルーク・ドナルドもこのドライバーを使っている程だ。このR1の重心距離は38mmである。33-36mmのヤマハのクラブ程では無いが、40mmを超える事が多い米国のクラブメーカーのモデルにしてはかなり短い方である。このクラブの売りは浅い重心だが、重心距離が短めであるが故に、捕まりを犠牲にしない形で、これを実現できている。R1が人気という事は、浅い重心か、或いは短めの重心距離そのものがトッププレイヤーに合っているのだろう。もしかしたら、隆盛を誇った40mmを超える長い重心距離のドライバーの、一つの限界が見えたのが、この全米オープンであったかもしれない。