ソフトバンク、ボーダフォンLBOのデット調達確定

ソフトバンクによる、ボーダフォンK.K.のレバレッジドバイアウトのデット(負債)調達が確定した模様である。2週間ほど前の分析記事に引き続いて、内容をフォローしてみたい。

2週間前の分析記事とやら

ソフトバンクボーダフォン買収で共同主幹事を決定--過去最大規模のLBO
 ソフトバンクは4月4日、英Vodafone Groupの日本法人ボーダフォンの買収に関連する資金調達において、7社の金融機関を共同主幹事に任命したことを発表した。資金調達額は1兆2800億円を予定しており、日本における過去最大のLBO案件となる。調達した資金は、ボーダフォンの買収資金、諸費用、および今後の運転資金に充当する予定だ。

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こんな面子が共同主幹事とプレスリリースされている。上記のリストは、ソフトバンクのプレスリリースに掲載されている順番をそのまま並べただけだが、見て判るとおり非常に不自然な並びである。あいうえお/ABC順でも、国籍別でもない。大企業がこの様なリリースをする際には、傍から見て広報担当者が可哀想になる位、一言一句に気を配って文章を練り上げるので、順番が無意味という事は有り得ない。

つまり、これは当初の報道通り、上の2社が「実質的な」主幹事なのである。海外分はドイツ銀行、国内分はみずほCBが取りまとめ役を務めている筈だ。その他の5つは、共同主幹事というタイトルはあるものの、取りまとめは行っていないと思われる。大手の投資銀行や、商業銀行のホールセール部門は、リーグテーブルと言われるビジネスライン毎の毎期毎期のランキングにシノギを削っていて、この順位を1つでも上げるのに担当者は血道を上げている。これが例え単年度でも(ひどい時には四半期でも)1位になった日には、顧客向けのセールス資料に「リーグテーブル1位」の文字が仰々しく踊って、如何に自社の業務がアウトスタンディングで、他社と差別化されているかを担当者が胸を張って語る事になる。

実質的には殆どの交渉や調整、ドキュメンテーション、エージェント業務を上にランクされた2行で行っているとしても、その他の5行は共同主幹事というタイトルさえ与えられれば、このリーグテーブルにシンジケートローンの主幹事実績に堂々と本件をカウント出来るのである。

ボーダフォンK.K.自体の買収も、ファンドも含めた争奪戦だったが、このファイナンスの主幹事も激しい争奪戦だった筈で、その他の5行は、主幹事落選組と想像する。ソフトバンク財務部や主幹事当選の2行からすると、ローンをまとめて売る人である主幹事には落選しても、引き続き主幹事からローンを買う人とか、リスク分散の観点でサイドバイサイドで引き受けてくれる人にはなってほしい訳で、気持ち良く仕事をして貰う為に、こういうタイトルをあげるのには比較的寛容である。また、当選組からすると、何にもあげないと、イタチの最後っ屁の様に、一旦落選した銀行から、もの凄いダンピングレートがあわよくばを狙って出てこないとも限らないので、このLBOデット市場の厚い利幅を守る為には、敗者を追い詰めず、仲良く仕事をしていった方が得策という判断も働くだろう。

という訳で、この不自然な順番は、せめて主幹事のタイトルだけでも頂戴という敗者の要望が無事かなえられての結果である事は想像に難くない。

ただ、名前だけの共同主幹事といっても、全然儲からない訳では無い。プレインバニラのシンジケートローンは殆どフィーが取れない程コモディティ化しているが、こういうLBOローンの世界はまだ銀行にとって利が厚く、ストラクチャーを考えたとか色々な名目を付けて、ローン総額の数%が金利とは別にフィーとして貸し手が取っていく。全体をアレンジしたような内容のフィーは殆ど2行に落ちるのだろうが、残りの5行もローンは引き受けて、その後更に売却していく様なので、自社がコミットした分については、有る程度フィーも貰えるのだろう。

あと、日本のでっかいディールでカリヨンの名前を見たのは久しぶりかもしれない。動きの速いTMTやファイナンスの世界からするともはや中世に属する様な話だが、リップルウッドによる日本テレコム買収の時の調達の時にMLAを務めていたのは記憶になる。カリヨンとは、フランスの銀行で、クレディ・アグリコールとクレディ・リヨネ投資銀行部門の統合後の新ブランドである。由来は、前身がCredit Agricole と、Credit Lyonnais なので、CALYONとくっ付けたとのことである。銀行の合併時のネーミングは、所変われど、手法は余り変わらないのが良く判る。

この新名称はまだ耳慣れないが、出自を辿れば日本のどの証券会社よりも歴史がある。フランスの農林中金と言えるクレディ・アグリコールの投資銀行部門は、もともとインドスエズという日本で言う長信銀で、いかにも近代は私が作りました感のある押し出しの強い名前だ。スエズは英仏共同事業なので判るが、フランスのインド植民地は、プラッシーの戦いで英国に負け、ポンディシェリシャンデルナゴルの拠点を失った後にパリ講和条約で消滅したのではとマニアックな疑問を持つ世界史選択の諸氏には、インドスエズは、インドシナ銀行とスエズ銀行が母体ですという事で納得して頂ければと思う。

もう一つ付け加えると、カリヨンが引き受けたボータフォンK.K.買収ローンは、フランスの農民がクレディ・アグリコールに預けた預金によってファイナンスされている。つまり、英国の会社であるVodafone UKは、一部フランスの農民のお金を日本の地を経由してゲットした、という構図なのだ。


・これが噂のカリヨンのロゴだ。

少々脱線したが、これでキャピタルストラクチャーはこんな感じで確定である。

<シニアデット>
シニアシンジケートローン :1兆2800億円

<メザニン>
劣後債Vodafone UK)   :1000億円
優先株Vodafone UK)   :3000億円
優先株(Yahoo Japan)   :1200億円

<エクイティ>
普通株ソフトバンク)  :2000億円

合計
総調達金額        :2兆円

ぴったし2兆円である。運転資金も今回のシンジケートローンの資金使途に入っていたので、これ以外は一切借りられないというガチガチのローンに縛られて今後ボーダフォンK.K.は運営していく事になる。

ちなみに、本件を報道する一部記事に、携帯キャリアは利益率が高い商売なので、少々借金がついても大丈夫!みたいな記述が有ったが、こいつは大きな間違いである。実際には、利益が大きい事業には大きなデットが付き、利益が小さい事業には少なくしかデットが付かないので、返済負担・破綻リスクは、利益の実額の大小、利益率の多寡には余り関係が無いのである。今回も、携帯キャリアの高い利益率を持ってして、ようやくギリギリ返せるかなというレベルで借金の水準が決まっている。

更に、このLBOデットというやつは、世の中に出回るローンの中でも、不動産ノンリコースローンの次くらいに縛りのきついローンで、基本的に借り増しや残高維持は一切不可である。普通のコーポレートローンだと、業績がイマイチだったり、設備投資をしたりで借入の返済原資が一時的に足りないと、新しくローンを借りたりして、残高を維持する事が出来るが、LBOデットはこれが基本的に不可なので、その年に銀行に払うべき金利と元本返済の分だけキャッシュフローが稼げないと、その会社はアウトなのである。アウトと言っても、会社を潰しても銀行は得をしないので、よくあるパターンだと、いつでも潰せますよという強大な権限を背景に銀行が経営に介入して、リストラを迫ったり、投資を先送りしてキャッシュフローを生むように強制したりという事になる。ありていの話、銀行管理下になると言う事だ。

世の中は、日本最大のレバレッジド・バイアウトだとかで、何やらマラソン日本記録が出たかの様な、めでたい雰囲気が漂っているが、ボーダフォンK.K.の経営者は、この様な厳しい制約が付される借金のプレッシャーに耐えて、経営をしていかなければいけない。こいつは本当に大変な仕事だ。日経の私の履歴書IBM元CEOのルイス=ガースナーが出た時に、IBMの前に経営をしていたLBO後のナビスコでは、返済原資を確保するために、資産売却による資金捻出とか、殆どCFOの業務をやっていたと述懐していたが、むべなるかなである。LBO下の資金運営に慣れているバイアウトファンドがサポートしていても、LBOデットの返済は細心の注意を払うべきイシューなので、事業会社であるソフトバンクがエクイティホルダーだとするともっと大変であると思われる。

ソフトバンクの財務部門は、プレスリリースを見る限り同規模の普通の事業会社よりは、相当洗練されたナレッジを持っている様に感じるが、実際にLBOデットが付いた会社を、厳しい制限の中で運営した経験も無ければ、LBOデットのアレンジをした経験も無いだろう。後者のスキームを組んだり、アレンジをしたりは、アドバイザーであるGSであり、主幹事であるドイツ銀行、みずほCBの役割も大きいので、ここまでは金融機関に有る程度お任せでも物事が進んで来ただろうが、調達が終って多額のフィーを金融機関に払った後、気がつけば残るは巨額でかつガチガチに縛られた借金という事で、これを経営者や財務部門はハンドルして、きちんと返済しないといけない。日本のLBOデット市場の健全な発展の為にも、ソフトバンクには是非成功して欲しいが、今後の彼らの苦闘を想像すると、今から一掬の涙を禁じえない。

一方、Vodafone UKに取ってみると、この前も書いたが「後のお楽しみ」が多いディールである。株式価値で行くと、手に入るのは1兆7500億円だが、その内の1兆3500億円が確定し、残りの4000億円は、数年後に優先株や劣後ローンの償還や返済という形で返ってくる。それまでは勿論、4000億円分につき金利や配当がエンジョイできる。

加えて、7年後までにボーダフォンK.K.が累積3.35兆円のEBITDAを実現すれば行使できる普通株の10%相当の新株予約権がある。10%相当という中途半端で経営に関与しようとも何も出来ないシェアに余り意味は無く、予想以上にボーダフォンK.K.がうまくいってしまったら、そのうまくいった分が悔しいから返せというのが、この新株予約権の本質である。ソフトバンクとしたら100%の支配を維持したいので、7年後にうまくいってしまってこの新株予約権が価値を持ってしまったら、新株予約権のまま買い戻すか、行使してもらって普通株を買い戻すかでVodafone UKに対して、追加で買収資金を払う事になる。そういうケースは、ボーダフォンK.K.が潤沢なキャッシュフローを生んだ場合と言い換える事が出来るので、買戻しの原資には事欠かないと思うが、要は買収総額がもっと膨らむ余地があるという事である。

こういうアップサイドをシェアするスキームは、過去アーンアウトの様な形で実現されては来たが、新株予約権をこれ程大規模に使ったスキームは、なかなかユニークである。これを考案したのは、Vodafone UKを代理するアドバイザーだと思うが、非常に付加価値が高い仕事をしたと思われる。

つらつらと書き連ねたが、このボーダフォンの件は、見れば見るほど工夫や苦労の跡がしのばれ、我々の様な金融投資家が使う様なマニアックなスキームも満載で、非常に興味深い。ちなみに、このブログを読むと、どちらかというとオペレーションよりの方々の中にも、ファイナンスについて興味を持たれている方がいらっしゃるらしい。

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金融技術がより普遍的になるのは、日本の競争力の為にも良い事だと思うが、一つ断言できるのは今後事業会社がM&Aをする時に、レバレッジド・バイアウトが主流の方法になるなんて事は無いという事である。今回は規模的に小が大を呑む形だった事と、合併ではなくキャッシュを売り手に渡す買収で有った為に、特異的に発生した事例と考えた方がいいだろう。