ソフトバンクから見たボーダフォン買収

あんまりにも面白いので、しつこくボーダフォン買収ネタを続けることにする。色々と、ボーダフォンレバレッジド・バイアウトのスキームについて一人ツッコミをコソコソと入れてきたが、今回はソフトバンクグループ全体から見た視点を考えてみる事にする。

最初に、もう一度LBOのキャピタルストラクチャーを整理する。視点を少しだけ変えて、今回は財務会計的な視点でカテゴライズしてみたい。

<負債の部>

  • LBOデット(銀行団)      :1兆2800億円
  • 劣後ローン(Vodafone UK)   :1000億円

<資本の部>

D:E比率(負債と資本の比率。数字は、資本:負債で表記)は、31:69で、1:2よりもやや多いという程度だ。この財務的な視点に加えて、こういったLBOのスキームの場合は、普通株を出すエクイティホルダーの拠出額に対して何倍の外部調達が出来たかというのをレバレッジ比率等と呼んで、梃子の原理をどれだけ使ったかの目安にしているが、この数字は、1:9である。

1:9というのは、かなり記録的な数字である。調達金額全部に対して10%しか手金を出してないという事だ。Yahoo Japanの優先株をグループからの出資という事で、外部調達にカウントしなくても、4:21で、1:5を超えている。大体、1:4〜5を越えると「ハイレバ(=ハイ・レバレッジ)案件」とされるのが業界通説なので、どちらにしても相当梃子の原理を効かせた、外部調達が多い案件と言える。

外部調達が多いと何が問題かというと、自己の出資額が少なく、リスクが限定されるのは良いが、優先株にしても償還期限の定めが有るのが普通なので、財務的な安定性が損なわれる点が挙げられる。何か不測の事態で損失出たりした場合の備えが薄いという事で有る。携帯キャリアは特にシクリカルな業態では無いので、余り深刻では無いが、要は企業価値の10%が消し飛ぶと他人資本に手を付けざるを得ない状況という事だ。以前の分析で、割引率は6.33%と書いたが、これを前提にするとリスクフリーレート(=国債金利)が0.63%上がれば、企業価値は10%減るので、それなりの確率では発生し得る事である。あと、外部調達の大半が縛りのきついLBOデットなので、実質銀行管理下なんて羽目に陥るリスクはLBOデットを増やして手金を減らす程、高まることになる。

また、ソフトバンク単体に取ってみると、外部調達分を完済しないと配当等でキャッシュフローが入ってこない。つまり、連結PL上は収益を吸収できても、実際のキャッシュでは、なかなかリターンが返って来ないという事である。

視点を変えて、更にその「手金」の出元であるソフトバンクの連結B/Sを覗いてみると、これまたレバレッジ比率の高い会社で有る。自己資本が1,780億、有利子負債が8,539億、現預金が3,222億なので、純有利子負債は5,317億。よって、レバレッジ比率=1:3弱である。さすがに、2000億の手金を捻出するのに新規借入は必要としていないが、自己資本は上回る金額の投資である。1:3のレバレッジ比率を考えると、この2000億は、500億が自己資本、1500億が純有利子負債で究極的には調達されている事になる。つまり、ソフトバンクグループとして考えると、今回のボーダフォン買収に際して使った自己資本は僅かに500億で、その他は全て外部調達という事で有る。実に、1:39のレバレッジ比率という事で、LTCM破綻前の在りし日のヘッジファンドも顔負けだ。これは一般には、ダブルギアリングと呼ばれていて、格付機関的には不健全そのものなのだが、ソフトバンクの株主にとっては、株主から預かった資金を梃子の原理で増やして、実に高い資金効率でビジネスを行っているという事になる。株主は、お金を大事に使ってくれて有難うと、ソフトバンクの経営陣に感謝すべきであろう。

逆に、ソフトバンクに融資している銀行にとっては、利益に反する買収である。ソフトバンクがコケたら速攻回収できると思っていた現預金の半分以上が、流動性の低い株式に形を変え、かつその株式はLBOデットをつけているボーダフォンへの融資行に担保として取られてしまう。相手先キャッシュフローを担保とした買収というレバレッジド・バイアウトは、究極的には買収したはずの株式は、買収資金を出してくれた銀行に握られるという事なのである。かつ、今までソフトバンクグループの経営に力を注いでいたマネジメントリソースの一部は、ボーダフォンに割かれる事になり、かつボーダフォンキャッシュフローボーダフォンに付くLBOデットの返済に吸い取られるので、なかなかソフトバンクまで返って来ない。不利な事尽くめなのである。これがダブルギアリングが嫌われる理由である。

僕がソフトバンクの融資行だったら、買収自体に強硬に反対するだろうし、やるならボーダフォンにも必ず融資させろというだろうね。どういう風な交渉をしたのか、或いはこれから了解を得るのか、興味深い所である。

あと、ちょっと気になったのだが、ソフトバンクボーダフォン買収後の連結B/Sの姿。議決権ベースで100%を握るので、ボーダフォンは連結に100%取り込まれると思うのだが、その時にVodafone UKやYahoo Japanがボーダフォンに出資した優先株はどうなるのであろうか。過去の例や会計方針を見てみたが to the point の回答は無く、確信は持てないのだが、多分連結B/S上には少数株主持分として表現される可能性が高いと思われる。銀行が自己資本対策で発行した海外子会社の発行する優先出資証券が、BIS規制上のTier1比率にはカウントできるが、Japan GAAPでは、少数株主持分となって、資本の部には算入されないのと同様である。

これが正しいとすると、ボーダフォン買収後のソフトバンク連結B/Sの負債から下の部分は、

  • 少数株主持分   4,200億
  • 自己資本     1,780億

という事になる。どちらが少数なんだという第一印象だが、これまた前代未聞のB/Sでは無かろうか。んークリエイティブ。なんか「萌える」B/Sですな。