最果てへ 一日目

朝の7:50というフライトで三沢空港に向かう。機体はMD90である。今は無きマクダネル・ダグラス謹製である。古さは否めない。軍需産業におけるマクダネル・ダグラスと言えば米海軍の主力戦闘機であるF-18が代表作である。F-18と言えば、支援戦闘機F-2のベースとなる機体を日本政府が決める際に、F-16に競り負けているが、行き先である三沢には大量のF-16ベースのF-2が配備されていたりする。ちなみに、F-16ジェネラル・ダイナミクス社製であり、この会社も今は無い。
三沢は霧で引き返す可能性があるだの無いだのと散々脅されたが、予想通り普通に三沢に着陸する。日頃の善行のお陰であろう。この機体に乗っていた乗客は僕に感謝する様に!
今日のとりあえずの目的は、恐山である。数年前恐山を訪れた事が有るが、山形の新庄市で借りた車が恐山の山門をくぐる際に、カチッと444kmを指した事と、夕闇が迫る頃で、闇の底から生暖かい風が吹きつけてきた事で恐れを無し、退散している。今回はそのリベンジマッチである。
三沢でカローラをレンタカーすると、まっすぐ恐山を目指すのも何なので、淋代海岸なる不可思議な名前のビーチに寄ってみた。一応太平洋だが、鈍色をした海と砂に覆われた極めて淋しさ漂う海岸だ。人っ子一人居ない茫漠たる大地である。陽光溢れる静岡の太平洋のもとで育った僕としては、ここは到底同じ太平洋の仲間とは認められない。この親潮が!とか訳の判らない毒づき方をしてみる。
その後は、六ヶ所村に寄り道をして、原燃PRセンターに乗り込み、原子力クイズで博士号を獲得してみた。恐山といい、原燃といい、頭が核分裂した様な旅行である。かくあるべしだ。
個人的には、ここは興味深い土地である。緩やかな丘で形成されて、かつ水が豊富である。都市を築くのにふさわしい。僕は首都移転は核燃リサイクルセンターをどかして、ここむつ小川原にすべきと思っている。この空き地は貴重だし、北方に持ってくれば、東京−新首都の太平洋岸東北の国土軸と、大阪−新首都の日本海側国土軸の二軸がトライアングル状に形成され、どちらかと言えば東名阪と比べて発展が遅れている2地域に刺激を同時に与えられるという大きなメリットがあるからである。地理オタクの僕だが、この構想は高校3年の時に思いついて、それ以来こんな雄大な話が実現しないものだろうかとマイ・フィージビリティスタディを敢行している。はっきり言って、相当暇な人間である。男2女2のグループでの旅行だが、同行人達は僕が「ここに首都を移したらどうなるだろう」等と危険思想を抱いるがゆえに、目を皿の様にして辺りを見回している事はつゆ知るまい。
目が本当に皿になって来た頃に、腹が減ったので、野辺地の常夜燈なるレストランで三色丼を食べる。ここの三色丼とは、北らしく帆立・イクラ・ウニである。素材がいいので、不味くなる筈が無い。お値段は2,200円。余りお得感は無いが、味相応の値段と思われる。
野辺地から恐山は指呼の距離である。
前回と同じ様に空には鈍色の雲が垂れ込め、おまけに霧雨まで降っているという雰囲気抜群の状況だ。
Osorezan spritual area 2
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・モノクロの陰気な大地に石積みが点在する。石積みは水子の象徴だ。石積みを蹴飛ばしたら可哀想なので、慎重に歩いた。

恐山は真言のお寺では有るが、寺自体には余り見るべきものは無い。それよりも、恐るべしは寺の本堂の奥に広がる広漠たる風景である。微妙なアンジュレーションがある為、寺からは全景が見えないのだが、アンジュレーションの頂上に立てば、息を呑むような草一つ生えぬ硫黄の岩場が東京ドーム何杯分も広がっている。
Osorezan spritual area 4
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・寺は普通だが、その周りが普通ではない。
更に、大地のそこここからは、硫黄の湯気が立ち上っている。ここは生きている大地なのだ。
僕は不毛の大地は幾つも見てきた。ルブアルハリ砂漠のとば口にも立ったし、アンデスでは森林限界を遥かに越えた無音の高地を見た。しかし、僕はここ恐山ほど、「自然ではない」不毛の大地は初めてである。本来、植生豊かであるべき場所が、噴出する硫黄によって歪められているのだ。
Osorezan spritual area
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・本来の植生は周りの通り。硫黄が出る部分だけ不毛の大地だ。
ここは、よく知られている様に、死者の声を聞く為の場所でもある。死者を媒介するというイタコという名の巫女は見かけなかったが、水子に供える風車が回る乾いた音が、ここが死者と生者をつなぐ場所である事を示していた。色の無い不毛の大地で一人回る原色の風車。日本の色彩感覚では無い。ねぷたと共通する、異教的な色使い、光と闇のそれぞれの濃さと共通するものを感じた。津軽は一つの独立した文化圏なのだ。
pinwheel talks the voice of sprits
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・風車は孤独に回る。回ることで水子を癒す。
水子と言えば、水子を救うのは仏教では地蔵になる。恐山大社の入り口にも地蔵は配されているが、この不毛なる大地の奥にも巨大な地蔵があり、石積みと風車に埋め尽くされた大地を見つめている。極めてシュールな光景である。普段は親しみやすいお地蔵様では有るが、ここではとても大きな存在感がある。水子は親より先に死んだ罰として賽の河原で石積みを延々とさせられるのだが、それを救うのは最も弱いものから救済をする地蔵菩薩なのである。子を亡くした親たちはここで冥福と救済を祈るであろう。
Osorezan spritual area 3
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・常ならぬ風景である。
また、恐山の外せない要素としては、クリーム色の大きな湖、宇曽利湖である。語源はアイヌ語とも言われ、ウサツオロヌブリ(灰の良く降る山)、ウッショロ(湾)などから宇曽利湖が名付けられ、そこから転訛して恐山が名付けられたと聞いた。
Osorezan / Usori spritual lake 2
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・見たことの無い色だ。
宇曽利湖は、湖底から流出する硫化水素によりPH3.5の強酸性の湖であり、独特の色合いである。ここには信じられないことに独自の種のウグイが住んでおり、これは世界で最も酸に適応した魚類とのことである。しかし、一瞥してこの死んだような湖に生物がいるとは到底思えなかった。
Osorezan / Usori spritual lake 1
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・湖畔にて思わず呆然とする。
あと、忘れてはならないのが、恐山温泉だ。ここは信頼すべき立ち寄り温泉ミシュランでも5ツ星を獲得しているイケてる温泉で、欠かすことは出来んとざぶんと入ってみた。源泉は50度を越えていて到底入れないので、加水している。それでも霧雨に冷えた体がみるみる暖まっていくのが判る。
硫黄の匂い垂れ込める湯で、湯自体は相当強いと思ったが、湯が云々というよりも、ここ恐山で温泉に入れて、それがイメージ通りのスパルタンな古い木造建築という事に価値がある。
Osorezan hotspring
[NIKON D50/TAMRON A16 17-50mm F2.8]
・これだけ。湯は宇曽利湖と同じ色だ。
硫黄の大地にしろ、湖にしろ、温泉にしろ、とにかくインパクトの強い場所であった。決して心朗らかになる場所では無いが、日本人に生まれた以上一見の価値はある。
後は宿を目指すのみである。宿は、当初恐山宿坊という話も有ったが、下北半島が相当リモートな場所なので、翌日の行動に差し障りがあり、半島を離れることとなった。折角なので、青荷温泉ランプの宿も良いと思ったが、さすがに一杯で、蔦温泉を宿とした。恐山からは2時間弱のドライブになる。
途中、夕闇と霧に沈む八甲田連峰を見た。何度見ても美しい山である。阿蘇と並んで僕が好きな山の一つである。八甲田も阿蘇も峻険ではなく、稜線なだらかな山々で、無人の森林・草原が広がる。人家が大地を埋め尽くし、高山のみが自然の領域といった風情の日本の中心部では考えられない風景だ。なだらかな無人の丘陵地帯が広がる光景は、なぜだか僕の琴線に響く。今度またゆっくりと訪れたい。