アルセロール、遂にミタル買収攻勢の前に陥落

bohemian_style2006-06-26


ついにこの日が来た。鉄鋼業世界2位のアルセロールが、同1位のミタル・スチールの買収提案を遂に受諾し、合併に合意したのである。
こう書いても何が何だか、という人も多いと思うので、下記に丁々発止を行っていた両社の概要と、さらり一連の動きの整理を載せておく。登場する企業は全て、日本で言う新日鉄JFEの様な、製鉄業である。

  • ミタルスチール
    • ミタルは、ラクシュミ=ミタルというインド人が父親がやっていたインドの鉄のスクラップ事業を引き継いだ会社が始まりで、国際展開は76年にインドネシアに進出したのを嚆矢とする。その後、89年にカリブ海の陽気な国、トリニダード=トバゴの製鉄会社を買収したのを皮切りに主に東欧圏で買収を行い、あっという間に世界1位の製鉄業までのし上がったのである。2005年にアメリカの大手製鉄のISGを買収して、収益性の高い自動車用途が主の高級鋼板に進出しており、ISGの技術を東欧圏の主力製鉄所に還元している最中とされる。ミタル・スチールは租税上の問題でオランダに本社が有るが、本社機能はロンドンにある。
  • アルセロール
  • 年表
  1. 06/01/25 カナダのドファスコをアルセロール(ルクセンブルク)が買収発表。
  2. 06/01/28 ミタル・スチール(オランダ)が、アルセロールに対して、186億ユーロで買収提案
  3. 06/01/30 アルセロール、ミタルの提案を拒否
  4. 06/02/17 アルセロール、ミタル提案を増配で抵抗を表明
  5. 06/05/19 ミタル、アルセロールTOB開始。総額190億ユーロ。
  6. 06/05/20 ミタルが株式交換の条件を34%相当引き上げ。258億ユーロ相当に。
  7. 06/05/27 アルセロール、ロシア鉄鋼大手セベルスターリとの合併を表明し、ミタル提案に対抗。合併比率は、アルセロール68:セベルスターリ32だが、アルセロールの自社株買い実施により、最終的には62:38に。
  8. 06/06/02 ロシアによる鉄鋼支配の懸念が台頭
  9. 06/06/03 欧州委員会、ミタルのアルセロール買収提案を条件付で許可
  10. 06/06/13 アルセロール、ミタルのTOB条件引き上げ提案を拒否し、条件再引き上げを求めた上で、セベルスターリとの合併と比較検討することを発表
  11. 06/06/26 アルセロール、ミタルとの合併を受諾。総額280億ユーロ。

追ってみると、アルセロールがミタルから喧嘩売られて、逃げ回ったものの頼った相手がロシアと筋が悪すぎて、結局それならミタルがマシね、とそこに落ち着いたというのが顛末という事がわかる。今日の新聞記事にはこう書いてある。

アルセロール・ミタル」誕生へ、生産量は新日鉄の3倍
 鉄鋼世界2位アルセロールルクセンブルク)は25日の取締役会で、最大手ミタル・スチール(オランダ)との合併を全会一致で決めたと発表した。ミタルによる事実上の買収提案を受け入れた。ミタルはアルセロールの株式の約49%を取得して「アルセロール・ミタル」を設立する。株主総会で承認されれば、年間粗鋼生産量が約1億1000万トンと、新日本製鉄の3倍超にあたる巨大企業が誕生する。アルセロールは先にロシアのセベルスターリとの合併を発表しており、同社の対抗策が今後の焦点となる。

 アルセロール・ミタルの本社はルクセンブルクに置く。粗鋼生産量で世界のシェアの約1割、日本の年間生産量を上回る規模となるうえ、売上高は約719億ドル(約8兆3000億円)。ミタルは統合による購買や設備投資での相乗効果を16億ドル(約1800億円)と見込んでいる。

NIKKEI NET

この騒ぎは色々な余波を呼んでいて、途中でミタルの社長、ラクシュミ=ミタルがインド人である事への人種差別的な発言が出て、慌てて「ミタルは欧州企業」とEUの偉い人が繰り返し発言していた。また、アルセロールが、たまたま提携関係にも有ったロシア企業セベルスターリに助けを求めたのだが、ロシアがウクライナ天然ガスの供給ストップをちらつかせた脅迫外交などを折悪しく行った為、アルセロールの旗色が悪くなっている。欧州各国政府は、セベルスターリが親プーチンとされる謎めいたオーナー企業である為、ロシアの資源支配力が増す事を恐れ、本社がアムステルダム、本社機能もロンドン、ユーロネクストアムステルダム上場のミタルの方が「より欧州企業らしく、好ましい」と思ったのだろう。
ちなみに、ミタル=スチールは株の88%をミタル一族が握っているとされるが、一応上場企業なので、時価総額を調べてみた。結論的には先ほど時点で168億ユーロというのがbloombergでの表示である。つまり、製鉄2位であるアルセロールの方が1位のミタルより価値が高いのだ。今回は、最終的に買収では無く合併に落ち着いた筈なのだが、株式の49%を取得してどう、とか記事ではいま一つスキームが判らない。株式を49%取得後に合併すると解釈するのが妥当な感じもするので、その前提で合併比率に直すと、アルセロール:ミタル≒63:37になる。ただ、日経夕刊の報道によれば、ミタル一族の持株比率は、43.6%になるという事である。どこかに計算のあやが有るのだろうが、どちらにしても、これは資本構成だけからすると、アルセロール株主の勝利である。株主側から見ると、2位のアルセロールが1位のミタルを呑んでマジョリティを確保したという事である。
この事も欧州政府がミタルの提案がそんなに悪くないと思った理由の一つに違いない。
アルセロールの取締役会は保身の為に迷走した様に見えるが、結局最初はアルセロール186億ユーロ VS ミタル168億ユーロ(ミタルの株価は1月からそんなに大きくは変わっていない)というほぼ対等合併に近い比率だったのに、最終的には自社側により有利な数字を引き出したという、アルセロール株主に取っては大変好ましい結果を獲得している。
逆に言えば、ミタルからすると相当割高な買収である。2位の会社を買収するのにマジョリティを失うのだ。この様な買収は下手をすると不当に高値で買って株主価値を毀損したとかで株主代表訴訟の対象になる可能性もあるし、そこまで行かなくても、株式交換をする際の新株発行決議に反対票が集まったりする可能性はある。今回、何事もなく終わりそうなのは、ひとえにミタル一族が殆どの株式を握っている実質オーナー企業であることが大きいと思われる。支配権を引き換えにしてでも、鉄鋼業界を寡占により、儲かる業態に変えたいというミタルの執念が実現した合併であろう。
個人的な話を一つだけ最後にすると、もう4年も前になるが、前職でM&Aマーケティングをしていた時に、温めていた大きな構想が有った。それは、当時青色吐息だった、日本の電炉メーカー(製鉄は高炉とスクラップを原料とする電炉に二分される)を一挙に整理統合して、巨大な単一の電炉メーカーを作り、高炉メーカーに敢然と戦いを挑むと同時に、小回りが利くという電炉の特性を活かして、世界市場へ進出する、というものである。これこそが、戦後産業復興と共に歩んだ日本銀行界において、銀行が手掛けた最後の産業再編として、長く金融史に名前を刻むディールであろうと勝手に夢見ていた。結果は、話をふんふんと面白く聞いてくれた人も居たのだが、そうこうしている内に資源インフレが始まって、今にも絶命しそうだった電炉メーカーは息を吹き返して、今や軒並み最高益更新の我が世の春である。
ま、僕の勝手構想は無用の長物ということだったという事だが、ミタルはこれよりも数百倍大きな視野と実行力で最強の製鉄企業を一代で築きつつある。何せ、ミタル=スチールとアルセロールの統合企業は、日本の全高炉メーカーに匹敵する生産量になるのだ。ミタルは年間1億tの生産量のメーカーを作りたいと語っており、これが今回の統合企業で、生産高1.1億tと遂に実現される事になる。
一方、これまで各国に分散割拠していた製鉄メーカーが何故統合に向かっているのか、その根本の要因は何なのだろうか。僕は、資源インフレを中国の脅威と結びつけて、センセーショナルに騒ぐ新聞雑誌の報道を見て、ずっと本当に中国だけの問題なのか疑問に思っていた事があり、その答えと製鉄メーカーの統合の衝動は関係している気がしてきている。年間1億tの製鉄企業は、自動車における400万台クラブの様な皮相的な目標では無く、中進国・途上国経済を含めた世界の経済発展のゲームのルールが根本的に地殻変動して、「同時多発的」かつ「フルセット型産業構造を持たない」経済発展が可能になった事が根本の成立要因だと睨んでいる。それは、Web2.0の衝撃を超えたリアルな世界でのルール変更であり、日本人が持つ雁行型の従来の経済発展観では国家運営も企業経営も成り立たない時代になったという直感がしている。
もう少し判り易く言うと、かつては日本→NIEsASEAN→中国と言った順番に綺麗に並ぶ経済発展、川上から川下への産業の発達、中国が成長するとASEANの成長が阻害される地域間競争と言ったことが常識だったが、今現実に目の前にある世界は、BRICsに限らずアフリカでも東欧でも日本でも中東でも、世界中どこでも同時期に高成長を実現していて、多極化というより無極化している様に見えるのは何故かという事と、その事のもたらすインパクトの分析である。まだ仮説段階ゆえ、訳が判らなかったら恐縮だが、いつかまとまったら、ここに書いてみようと思う。こいつは相当長い思索をしないとまとまらなそうだし、こういうイシューだと、鋭い人の多い英語の世界では、ちらほらと文献などは出ている気がする。読むのは骨だが。
もし出来が良いお話になったら、どなたか新書で出版してください・・。あ、いかん。blogは僕の時間の都合で、一日30分1,000〜2,000文字以内と決めているのだが、夢の様な話ばっかり書いていたら、今日は1時間半、4,000文字を越えてしまった。ついつい熱くなって、原稿用紙10枚分も書いてしまった様だ。小学生の読書感想文なら二夏分である。あれはえらい苦労して二日位うなっていた思い出しか無いが、大人になると原稿用紙10枚というのは1時間半の仕事になってしまうらしい。
それはともかく、先週土曜に1,700PVと突発的に過去最高を記録したものの、ここ数日は一日400-600PVの拙blogだが、今日は明らかにいつもより長く書いている。こんな長文でも、メゲずにここまで読んで頂ける方は、この400-600PVの内、どの位いらっしゃるのだろうか。書き手の無責任なコメントで恐縮だが、今後の読みやすいサイズを計る上で、ちょっと知りたく思ってしまった。