王子製紙、Hostile Takeover Bid実施へ

このネタは、敵対的TOB(TOBは多分和製英語だと思われる)をせざるを得ないタイミングを待って、「そろそろ強行するぜー」と書いて、「おー当たった当たった」と自画自賛しようと思っていたのだが、今日の報道を見ると、この自己満足的な目論見は脆くも崩れ去った様である。という訳で、負け惜しみをツカミとして文章を始めたい。

王子製紙は800円でTakeover Bidを実施する様だ。当然、綿密に計った上での計画であろう。王子製紙の7/24付けのプレスリリースの極めて慎重な言い回しは、最後はTakeover Bidをする事を覚悟の上で、北越製紙のボードを最大限友好的に説得しようというDue Processの様に見える。ありていの話、ここまでちゃんとやったんだから、後は敵対的Takeover Bidでもしゃーないでしょ、というストーリーだ。

北越製紙株式会社に対する経営統合提案に関するお知らせ

要点はこんな感じである。

  • 王子製紙は、十分な検討期間を設定の上、経営統合提案を北越に行った
  • しかし、北越三菱商事に安値で第三者割当を決定したり、買収防衛策を入れたり、統合提案を困難にさせる行為を行った
  • なので、已む無く統合提案を公表し、北越株主の理解を得たいと考えている
  • 三菱商事への増資撤回を条件に高値でTOBを行う所存である

王子のアドバイザーは野村の様だが、PRも含めて極めて入念にプロセスを組み立てていると思われる。一つだけ誤算があるとしたら、TOBプロセスまで明記した提案書を最初に送ってしまったので、北越側に買収防衛策を導入する隙を与えてしまった事だろう。

北越側は明らかに不利である。北越製紙の現在の対応のポイントは、

  • 過去の平均株価からディスカウントした607円で300億円三菱商事に増資する
  • 増資資金は、新潟工場の塗工紙工場に投資する
  • 原材料の調達、国内外での販売で三菱商事と業務提携する

という事だが、

  • 800円でのオファー(その後860円まで吊り上げる余地を残している)
  • 新潟工場への投資
  • 物流最適化、共同購買

等を提案している王子製紙には明らかに見劣りする。簡単にまとめれば、これから三菱商事の支援を得て、収益力を上げて、株価を上げていくのでとりあえず安く増資させて下さい、という北越製紙の取締役会と、今の株価には織り込まれていない将来のシナジーもまとめて高値で今還元します、という王子製紙の取締役会との対決である。正直、ロジックの世界では勝負が見えている。北越製紙の社長は、「金と力でねじふせるやり方には対決する」「独立経営が株主利益」とか、経営者迷言集に将来載る様なイロジカルなコメントを出していたが、この手の話しか出来ない状況なのだろう。
ただ、こういうイロジカルな社長を抱える北越の方が利益率がいいってのが、なかなか経営の奥深い所である。
僕が若干北越側に厳しいのは、代表取締役が株主利益を最重要視していない様に見えるというガバナンスの問題以前に、最近流行の労組による敵対的Takeover Bidの反対声明を使った点である。世論対策も重要だろうが、こういう従業員を人質に取る様な戦術を展開する経営者は、どうにも品性が低く見える。
さて、実際にTakeover Bidが始まってしまうと、焦点は三菱商事の動きだろう。彼らも、「火中の栗を拾ってしまった」と思っているだろうが、王子と事を構えるか、北越を見捨てるかという選択になる。紙の流通について詳しく知っている訳では無いが、300億円投資するからには見返りがちゃんと商事にある筈で、僕は年間数十億の口銭が三菱商事に落ちる様な話になっていた様に想像する。北越の売上高は1,500億、年間生産高が120万t位だから、三菱商事北越の総代理店になって、t当たり1,000円とか2,000円とかの口銭を出資と引き換えに三菱商事に落とすストーリーは、いかにも商社が絡む出資取引としてはありそうな感じがする。
そこまでは魅力的な話だったと思うのだが、ことここに至ると三菱商事とって、状況はno-win gameになってきている。

  1. 業界中位の北越とタイトにくっついたが、首位の王子との取引の可能性が消える
  2. 北越を見捨てて、ビジネス的に評判が落ちる

積極的に局面を打開せねば、この2つの選択肢しか残っていない。どちらにしろ、商事の紙パ部門としては避けたい話だろう。僕は紙の流通は素人なので、完全に想像だが、

原料チップ→[商社]→製紙メーカー→[商社]→ユーザー

と、製紙メーカーへの上流下流両方商社が絡んでいるのでは無かろうか。上流のビジネスは明らかに総合商社が絡むビジネスだが、下流は確か八重洲辺りに数社専業の紙卸なる業態があった様に記憶するので、総合商社が余り入り込めていない可能性がある。そうすると、王子との取引を失うってのは、上流も下流もオポチュニティを失う話で、2倍痛いという話である。ただ、紙ってのは単価が安い上に重いという典型的な物流費が価格の主要なレバーになる商材なので、下流は全然儲からなそうな感じがするけれども、総代理店として、メーカーと紙卸の間に入って中抜きだけ出来れば、これは今の世の中にはなかなか無いおいしい取引であろう。
ビジネスの話に脱線したが、M&A的に考えると商事としては、北越を逆に説得して、王子と北越が納得できる形で統合にもっていく仲人役を務める様なプロアクティブなアクションを打たないと、winに持ち込める状況では無い様に思われる。彼らが何を重視して、どういう手を打つかに今の総合商社の価値観が垣間見れるだろう。オイルショックの時には買占めに走って儲けた彼等だが、時代が移った今、どういう選択をするだろうか。

最後に、もう少し大きな話だが、このディールが成立すれば、バブル崩壊後の日本資本主義史に残る話になると思う。僕はこのディールを、

  • NTTとC&WによるIDC争奪戦(結局、価格が高かった英C&WがNTTを退けた)
    • IDCの株主は大手事業法人が多かったが、既存の取引関係とかでは無く、純粋に価格で売却先が決まった
  • ポッカ、ワールド、すかいらーくの非公開化

に続く、象徴的な出来事と捉えている。対象先の株主に賛否を問うようなM&Aや、大株主による経営戦略の提案といった株主側のイニシアチブや、ターンアラウンドを目的とした非公開化の様な、企業が戦略的に株主を選ぶアクションが日本でもいつかは一般化するだろう。本件は、こういった、より英米に近い株主とボードの関係が成立する端緒となった出来事の一つになると思う。これは、言い換えれば、取締役の株主利益への忠実義務、及び株式を公開している事の意義、この2つの常識が改めて問い直され、変化するという事である。
また、欧州のアルセロール VS ミタルの戦いは、株主の声に押され、アルセロールのボードはミタルから高値を引き出した事で名誉を保ち、結局統合に至った。王子 VS 北越も似た様な初期的構造にある。ここで北越の株主がどういう声を上げるか、それを受けて北越のボードがどう行動するか。これによって、日本の株主及びボードの現時点での成熟度も明らかになるだろう。欧州では、クラシックな元国営企業が、結局株主の声に従った。日本ではどうだろうか。
こういったマクロ的な観点でも、本件は要注目である。