Day 2 /ドーハの悲劇

 寝ている内にドバイである。相変わらず金ぴかの綺麗な空港だ。大阪の地下鉄に乗ると「チカンアカン」と書いてあるが、思わず「ドバイヤバイ」と呟いた。3年ぶりだろうか。前はタンザニアに行った時、ここを中継地とした。当時と比べて、ウェイティングでマグロと化している人が明らかに増えている。エミレーツの業績も好調なのだろう。確かに、英米系エアラインなんぞ乗ったら、テロの恐怖に震えなければいけない昨今、間違っても同胞のエアラインを撃ち落としはしないだろうという観点で、エミレーツとか、ガルフとか、カタール航空とか、そのあたりのイスラム系だが設備がモダンなエアラインは今後も人気を増していくのかも知れない。聞けば、ドバイは新しい巨大な国際空港を建設中らしい。このままドバイは国家としてのビジネスモデルのシンガポール化が進むのだろうか。
 ドバイは正直見尽くしている。砂漠ツアーにも行ったし、ベリーダンスも踊った。後はゴルフとクルーズとバージュ・アル・アラブという七つ星ホテルに泊まる位だが、この辺はバックパッカーのアクティビティとはほど遠い。という訳で、乗り継ぎの関係でドバイに2泊3日しないといけないのだが、困ってしまってワンワンワンである。時間が余っているので、何かはしなくてはいけない。
 一つはUAEの7首長国コンプリートというのが地理マニア的にはソソる。いまんとこ、ドバイとシャルジャとラスアルハイマは行ったから、あと4つだ。しかし、こんなことして面白いかと言われると、たぶん砂漠が続くだけで面白くない。100%自己満足の世界である。残る選択肢はUAEを離れる事である。到着フロアから一段上がって出発フロアで隣国カタールの首都ドーハまでのチケットのプライスを聞くと550$とのこと。高い。閑散期なら日本と欧州が往復できる値段である。でも、どうしても日本に帰って、「カタールのお土産話をカタール」と言ってみたくなって、気が付くとネタ代に550$払っていた。ドバイ滞在4時間にて隣国カタールに転進である。一人旅の気楽さで、ふらふらと足を延ばしてみることにした。
 出来れば関空に飛ばし出して、関西のバジェットトラベラーには格安欧州便として知名度を上げつつあるカタール航空にしたかったが、なんと満席でこちらもエミレーツに行くことになった。まぁ、エミレーツならドーハ→ドバイとドバイ→アクラの間隔が6時間なので、帰りにドバイで出国したり荷物をピックアップしたりせず、そのままトランスファー扱いで空港に居ればいいから、旅行全体の効率ではこちらの方がいい。
 カタールまでは僅か45分のフライトである。高度を上げたかと思うとすぐに下がる。八丈島に行くようなもんである。こんな短時間フライトでもサービスで鳴るエミレーツは軽食を出すのだが、面白いことに出発時に20-30分ディレイして、その待ち時間にこの軽食を出していた。エミレーツにとっては、飛んでから出すものを飛ぶ前に出すだけなので、コストは変わらないが、ディレイしているので、軽食をお楽しみ下さいとか言われて出されると、乗客側はお詫びの品でも受け取った気分になる。腹がくちくなるとブーたれて暴れる人も出てこない。何となく、朝三暮四という古いことわざを思い出した。そうか、僕たちはドングリを食べる猿だったのだな。
 ガイドブックも無しにカタールに着いてみると、入国は出来たのだが、ビザ代で55カタールリヤル、1,600円也を入管に持ってかれる。入管がクレジットカードを出せというので、てっきり滞在期間の資力の証明に使うかと思いきや、違うのである。アライバル時のビザ取得というのはアルメニアとか過去何回も行っているが、問答無用でクレジットカードから落とされるのは初めてである。入国はしたものの観光国ではないのか、ツーリストインフォメーションが無い。ガイドブックも無ければ地図もゲット出来ないまま放り出されてしまった。それでもバックパッカーであるなら、動じずにタクシーに乗り、「Go to the city centre」とか言って、そこから宿を自力で探すのが普通だし、それが楽しみにでもあるのだが、コラムの原稿を書いて送るため、なるべくインターネット接続環境があるホテルが良かったのと、出発まえから微妙にお腹の調子がおかしかったのと、一泊二日の滞在のため、余り外したく無かったので、大事をとることにした。空港を出たところでくるりときびすを返して、豪勢にもホテルカウンターでホテル選びである。
 フォーシーズンズ、リッツカールトン、インターコンチネンタル・・流石にこの辺に一人で泊まるのは「アリエナイ」のだが、明らかに一番安そうだったメルキュール(ACCORのグループである)は一杯で、ラマダで手を打った。Last minute discountが有るはずだとか粘ったものの結局30$負けさせるのが限界で、190$で手を打つ。カタールは一人当たりGDP産油国で高いだろうから、市中の安宿でも7?80$してもおかしくない。だからこの値段でも仕方ないと強引に自分を納得させる。それにしても高い一泊二日の遠足だ。足が550$でベッドが190$。こんな馬鹿高い一泊二日は流石に初めてだ。
 高いだけ有って、空港からホテルまでの送迎はなんとジャガーXJである。初めて乗った。昔のジャガーは真夏のクソ暑い日には環八や246でよくオーバーヒートしてるのを見たが、最近のは大丈夫らしい。寒い国のクルマを暑い国で乗るのも贅沢である。
 しかし暑い国である。日本との時差は6時間。チェックインしたのは昼前だったが、気温は40℃近いのではあるまいか。これまで幾多の暑い国を旅行してきたが、外出する気がメゲる位のはなかなか無い。焦げそう、というのが外に出た第一印象である。この中をバックパック背負って、あてもなく宿探しを始めなくて良かった。正直自殺行為だ。しょーが無いので、部屋からさくっとネットに繋がったので、今後の長旅を考えて、PDAに電子ブックをダウンロードしたり、コラムを書き出したり、ちょこっと時差調整で寝てみたりして時間を潰し、気温の下がる夕方から街を歩くことにした。
 夕方16時を過ぎると、気温は下がったような気もするが、その代わりもの凄い湿度である。大阪・名古屋も軽くひれ伏す様な蒸し風呂状態だ。サウジアラビアと日本代表がジェッダで戦った時に当地の湿度は85%とか出ていたが、このことかと得心する。85%なんていう湿度はサッカーをやる湿度じゃなくて、素っ裸にタオル一枚かけてダラダラ汗を流す方が相応しい。
 街を歩くとすぐ、カタールは極めて階層社会だという印象を受ける。高級車に乗って移動するアラブ人と徒歩やバスで移動する出稼ぎ労働者達。出稼ぎ労働者は、インドやパキスタン、或いはソマリアなど、イスラム圏が多い。ホテルの従業員、ビルのレセプション、掃除夫、タクシードライバー。すべてが出稼ぎ労働者によって行われている。ドバイもその傾向はあるが、7首長国の内、石油がまともに出る/出たのは、ドバイとアブダビ位なので、その他の貧しい首長国のアラブ人は単純労働に勤しんでいた。そういう意味では、富めるアラブ人と貧しいアラブ人が混在するという普通の国家であり、単にその差が極めて大きいというだけだったのだが、カタールではアラブ人とそれ以外に明白に階層が分離されている。このアラブ人は一体普段何をしているのかさっぱり判らないが、とりあえず飛行機のファーストクラスはアラブ人に埋め尽くされ、高級ブランドのショッピングモールもアラブ人だらけで、町中を走る車の3分の1は高級外車なのである。こんなに大量のハマーが走る国を初めて見た。
 当然、アラブ人の仲間に入れてもらえる訳もなく、旅行は出稼ぎ労働者たちの群に混ざることとなる。腹が減ったので食べたのはパキスタン人が作っていたサモサ。日本のお金に興味があるというので、5円玉をあげたら、えらいおまけしてくれた。何種類もいろんな形のサモサを手に入れたが、日本人にはどれもこれもカレーサモサとしか表現できない。本当は材料とか調理法毎に全部名称も異なるのだろうけど。さて、そのサモサをがっついていると、急に油がしつこくなってきた。東南アジアを旅行しているときに鶏肉の匂いが、イスラム圏を旅しているときに羊肉やディープフライした油がしつこくなってくるのは、体力の落ちてきた良くない兆候である。これを放って無理して旅行すると大抵ひどい下痢に襲われてダウンする羽目になる。その兆しがなんと旅行2日目にやってくるとは、余程体調がイマイチか、カタールが殺人的に暑いか、その両方かであろう。早々に炎天下を退散して、ホテルに戻ることにした。しかし、ここでまた僕は階層社会の現実にぶつかってしまう。タクシーが全然おらんのである。金持ちアラブ人はクーラーの効いた高級自家用車、貧乏出稼ぎは、すし詰めバスという国にタクシーの様な微妙に高い交通手段は発達しないのだ。中産階級に厚みのない国だとこういう風に歪に街が発展する。結局、困り果てていたのを見つけたハイデラバード出身のインド人がプライベートカーに乗らないかと声をかけてきて、彼のボロいカムリで戻ることになった。10カタールリヤル。市価の3割増しだが仕方がない。
 夕ご飯は、ラマダホテルの裏のレバノン料理にトライしようかと思ったが、その頃にはもう小麦アレルギー・肉アレルギーになる程体力が落ちていた。レバノン料理は代官山にカルロス=ゴーンの奥さんがやっている店があるが、どこで食っても洗練された酸味をベースにした旨い料理なのに、それすら受け付けない。よって、まだ食べ慣れた中華料理にすることにした。同じくホテルの近くに通りを挟んで、2つの中華料理屋が派手に看板を出している。

  • ベイジン・チャイニーズ・レストラン
  • グレートウォール・チャイニーズ・レストラン

の2つだ。僕は今、北京か長城かどちらがいいか迫られているのである。選べるはずが無い。余りに決め手がなかったので、市内から送ってくれたハイデラバード出身のインド人の言葉を信じてベイジン(北京)の方に入ってみたが、これはインド人の舌の出来映えを疑うだけの結果に終わった。フライドライスに野菜炒めなんていう外しようの無いメニューなのに激マズである。たぶん、世界に1000以上は有ると思われる北京飯店という名前の店の中で最悪を争うであろう。インド人うそつきあるね。体力が落ちて、藁にもすがる気分で薬膳の伝統を持つ中華に行ったのにこの仕打ちである。これこそドーハの悲劇というべきか。速攻帰ってフテ寝した。