アメリカの経営者の意識

 この所あれやこれやで殺人的に忙しい。めざにゅーどころか、めざましテレビをやってる頃に家に帰り、はなまるマーケットが終わる頃には起きて仕事するという日々が続いた。それでも体が持つのが、人体の不思議なのだが。
 前置きはさておき、アメリカでフリースケールセミコンダクタがブラックストーン率いるバイアウトファンド連合に買収された。ご存知の通り、フリースケールはCPUのPOWER PCを生産する、モトローラ半導体部門がスピンオフして出来た、有力半導体企業である。大きな会社だけあって、買収金額的には史上三番目の高額ディールとなった。このフリースケールのメイヤーCEOへのインタビューが月曜日の日経産業新聞に載っており、この内容に驚きを禁じえなかったので、これについて今日は書いてみたい。
 それ程長くないインタビューだが、焦点となる質問は以下の2つである。

 フリースケールはNYSEに上場している会社だから、日本でも流行の非上場化MBOに見えるかも知れない。従って、日本では①の回答は、長期的なリストラに取り組む為とか、M&Aなど素早い意思決定を必要とする為とか、そういう事業上の理由が先に来るのが通例である。また、②は日本においては会社のCEOが答えるべき質問ではない。ただ、買収発表の記者会見では、記事にはならないが、往々にしてこういう質問が飛ぶ。そんな時質問されたCEOは、「そんなファンドの都合を俺は知らないよ」と決まって当惑した表情で、当社の事業に魅力を感じたのだろう、とか通り一遍の回答をしたりする。
 実際の回答はこうである。

 ①はまだ驚きが少ない。今付いている株価よりも高い値段で株を買い取ろうという買収者が現れたら、株主に利益を与える為にそのオファーを受諾する、というのは株主利益を第一に考える最近のアメリカの資本市場では一般的な行動だ。既存株主には明らかに最も有利だった王子製紙の提案がハネられた日本とは随分と違う。ただ、この違いは永続はせず、徐々に収斂に向かうだろう。そのきっかけは80年代後半のバンク・オブ・ニューヨークによるアービング・トラストの敵対的買収など、エポックメイキングな取引な誕生か、或いは「会社資本主義」のもと日本を灰燼から再建した団塊世代経営者の引退というデモグラフィックな事由か、どちらかになるのではないか。不均衡は常に均衡に向けて圧力が掛かるのが資本主義というものであり、日本は、より株主ガバナンスが強まる方向に進むのは間違いない。
 ついで②だが、これは読んでCEOの台詞だとは最初信じられず、何度か読み直してしまった。メイヤー氏は、フランス人で電気工学専攻、IBMで長くセールスエンジニアをして、モトローラからフリースケールがスピンオフされる時にCEOになった人物である。知る限り、財務の経験は無いし、ましてやファンド出身では無い。この台詞は、要は半導体企業の数は依然として多いので再編圧力が存在し、フリースケールを買収したい会社も多いだろうから、ファンドはこの様な会社に将来フリースケールを売って利益を上げられるだろう、という事である。これは、日本の常識では、ファンド側がファンドに投資して貰っている機関投資家に対して言うべきことであって会社側が語ることでは無い。その点、自社を売りやすい状況だからファンドが儲ける良いチャンスだと淡々とCEOが言うのが米国の常識なのだろう。今までの株主も高い株価での買収で儲かるし、そこで買い取ったファンドも業界構造的に将来自社を売却して儲けられ、CEOとはその儲けに協力するのが第一にして唯一の義務である、という株主利益優先の思想が貫徹している。株主目線からの非上場化どころか、同業に売られたり合併されたりは真っ平御免という、従業員目線の日本とは恐るべき違いだ。また、ファンドの儲けの構造をよく理解しており、財務畑でないのに、台詞の端々から財務リテラシーの高さが伺えるのも特徴だ。
 短い記事から、日本と米国の違いを改めて認識したが、同時に、日本におけるプライベートエクイティ業界のオポチュニティも改めて確認した。5-10年かかるかもしれないが、日本の資本市場、経営者、株主行動と全てのレイヤで、良し悪しは別の議論だが、今より確実に株主利益重視の方向が強まるのは間違いないし、この動きの結果、発生するM&Aのディールは膨大な数となる筈だ。