東証に告ぐ。(1)

 NASDAQがロンドン証取に対して敵対的Takeover Bidを始めたというニュースが入った。世界の証券取引所では、NYSEユーロネクストがズバ抜けた規模を誇るものの、NASDAQ・ロンドン証取・東証が団子状態で2位争いをしている。仮に、このTakeover Bidが成立すれば、東証はダブルスコアで離れた3位ということになる。
 そもそも、金融は国家として重点的に育成すべき産業である。それは、日本の様な成熟して人口が漸減する先進国にとってみると、より重要度が高い。金融は、高度に知的集約されているから、一人当たりの付加価値が他の産業より高く、これ以上国内に産業を育成して、輸出で食っていったり、人的リソースを食うソフトウェアでアメリカをキャッチアップしたりするよりは、効率が良いからである。また、自国に巨大な金融市場が出来て、他国の市場を奪えば、それによる税収入と雇用の増加がもたらされるが、それに至る難易度が他の産業の育成と比べたらまだ低いからである。なぜ低いかについては、議論が細部に落ちるため、ここでは置いておくが、既に世界3位の位置にあるというのは、潜在的な可能性が高いポジションにいる事を示すには十分な証左だろう。
 僕が銀行員時代は、「金融は産業の婢(はしため)」という言葉の通り、金融業は主役でなくて、産業がうまく富を生み出せる様に支援する黒子であると習った。これは、金融業に身をおく自分ではなく、個人としての僕としては極めて直感的に納得できる位置づけだと思う。また、明治以来殖産興業を旨とし、戦後も傾斜生産方式で実業振興に重点をおいた後発資本主義国家である日本ならではの産業金融観では無いだろうか。
 しかし、今や時代は変り、金融自体が富を生み出す主体としての性格を強めつつある。ロンドンは、ウィンブルドン現象と呼ばれて、地場の金融機関が根こそぎ外資に買収されたが、未曾有の好況を続けている。ロンドンの低税率と整備された法制度、そしてフレキシブルな規制を好感してロンドン市場に資金が集まり、その資金によってロンドンの金融業に雇用が生まれ、企業がその資金を求めてロンドンに上場する。集まってきた金融機関が儲かれば税収入が増え、その収入増を減税に充てれば更に金融機関も企業も集まってくる。この好循環が随分と長い間続いている。
 国際化されていない市場であれば、その市場の資金力はその国富を反映する。従って、ストックを無視してフローだけ考えると、人口5,500万人そこそこの英国の国富は、一人当たりGDPがほぼ同等である以上、日本の半分以下である筈である。しかし、現実には自国に富はあるが運用対象に乏しいオイルマネーや、国際分散投資を行いたい機関投資家等が投資機会を求めて海外市場に流入し、市場は国際化している。この資金はより有利な市場へと集まることになる。ロンドン証取の時価総額東証と同じというのは、東証も外人が増えたが、ロンドンは自国の国富よりも遥かに大きな金額を海外から集めてきていることの証である。ロシアのロスネフチや韓国のロッテショッピングは今年ロンドン市場に上場したが、これは自国市場では到底調達出来ない額の資金が、ロンドンなら調達可能だからである。その理由は、ロンドンに集まる分厚い資金である。
 また、NYSE時価総額東証の4倍を超え、NASDAQ東証とほぼ変わらない事を考えると、人口が日本の2倍である米国の資金力は日本の5倍ということである。勿論、企業のD/Eバランスの差などの要因も有るのだが、ここまで差がついているのは、基軸通貨国である米国に海外からの投資が集まってきている事がその本質である。米国が常に強い米ドルは米国の国益と繰り返すのは、財政赤字ファイナンスと、この自国の金融産業の維持の為に、強い通貨とそれに惹きつけられる海外マネーを必要としているからである。ここが、富を財の輸出によって生み出している工業国である日本とドイツが潜在的に弱い自国通貨を志向するのと根本的に異なる事だ。
 グローバル化に伴うBRICsを中心とする中進国経済の驚異的な発展により、中進国企業の成長率は先進国企業よりも高い。こういった中進国企業がロンドンや、或いは今年の中国企業について言えば香港を選んで上場し、こういった市場の魅力度は増している。機関投資家はより高いリターンを求めて世界中に資金を動かすから、こういった中進国の魅力的な大手企業を誘致できるかで、その市場に集まる資金の金額が変わるのだ。日本の産業は成熟化が進み、中進国の基幹産業の様な規模の大きい成長産業を上場させ続けるのは難しい。また、日本の機関投資家だけでは、海外の有力企業の巨額な資金需要を賄い続けるのも難しい。従って、東京マーケットが発展するには必然的に海外の資金を呼び込み、海外の企業を招請する必要が有る。それが出来なければ、単なる自国資金を自国企業で運用するだけのローカル市場となるだけだ。ロンドンの様に海外資金も海外企業も引き寄せる「金融センター」にならないと、他国にあった雇用や税収入を自国のものとする事は出来ないのだ。東証は現在世界3位とはいえ、それは日本の比較的多い人口と、早期に発展した豊かさを反映しているものであり、決して国際化が進んでいる事を示してはいない。「巨大なローカル市場」としての3位なのである。
 次回は、ロンドン証取 VS NASDAQの様な再編が起こる現況下、東京マーケットが「金融センター」になる為に、東証はどうすればいいかを考えてみたい。