ヘッジファンドとレバレッジと銀行(1)

 サブプライム問題が日本の各種メディアにも漸く載るようになってきた。今日の日経夕刊も、Moody'sやS&PがRMBSを格下げしている事を伝えている。ただ、この問題の本質が何かという事は意外に解説されていないのでは無かろうか。
 問題は、元本の毀損と流動性の2つである。元本の毀損は簡単な話で、信用リスクが高いサブプライムの住宅ローンをまとめたRMBSを、格付比利回りが良いので買ってみたら、このセグメントの信用リスクが予想以上に高く、元本が毀損しそうだという事である。信用リスクが高い債権と言っても、個々の倒産確率は一定とすると、大数の法則が成り立ち、まとめれば一定の部分は安全な投資適格になる。ごく簡単に言うと、40%の確率でデフォルトする、リスクが高い1のローンを100たばねると、その内の60は投資適格になり、40は不適格になる。その安全と思われる60に投資してみたら、思った以上にデフォルトして、元本が毀損しちゃった、というのが今回の件である。
 これに対して、流動性というのは、少しだけややこしいが、理解は難しくない。これは、みんながサブプライムがヤバいと思いだしたので、サブプライムを流動化したRMBSの値段が実態以上に暴落した、或いは買い手が価格が付かないという事である。例えば、上の例で実際の倒産確率が40じゃなくて50%だったとすると、60部分のRMBSは50では売れる筈なのだが、これが流動性不足で、20とか30とかになったり、或いはそもそも値段が付かずに売れなかったりというのが現在の状況だ。RMBSってのはエキゾチックとは言わないまでも、そんなに流通する金融商品では無いから、国債と違ってこういう状況が出てしまう。
 では、これが何故問題なのかという事である。金融市場はある程度効率的だから、50の価値が実際にあるのならば、ホールドすればいつか50に市況は戻る筈である。ヘッジファンドにこのホールド戦略を許さないのがレバレッジである。債券に投資しているヘッジファンドは星の数ほど有るが、債券なんてのは単体では5%とか7%とかの利回りがせいぜいだから、それだけではヘッジファンドの20%とか30%とかと言われるターゲットリターンは生まれてこない。そこを解決するのがレバレッジなのである。例を挙げよう。

  1. ファンドが100$投資家から調達する
  2. その100$を7%の債券で運用する
  3. その債券を担保に資金を借りる。短期国債ならともかく信用リスクのある長期債だと100$全部は借りれないので、例えば90$をレート4%で借りる
  4. 借りてきた90$を同じく7%で運用する

 この繰り返しをすると、100$を割引率10%で割り引いているから、1000$を7%で運用し、900$を4%で調達していることになる。よって、収入が70$、支出が36$であり、経費やキャリーがゼロなら投資家の利回りは100$の出資に対して34$ということで、グロス34%となる。
 こういうヘッジファンドが借りているレバレッジの詳しい条件は知らないが、きっと担保価値の下落に対して、マージンコールの様な条項が入っていて、要は穴開けたら埋めたり、元本を期限前償還してねということになっているのだろう。この状況で投資資産の一部にRMBSがあったりして、流動性不足でこの値段が暴落すると、穴を埋めたり、キャッシュ調達して償還したりという動きが出て、ますます市場が売り物一色になるというサイクルが発生する。これは規模こそ違え、アジア危機で身動き取れなくなったLTCMの時と構造は同じである。最近のヘッジファンドLTCMの様に100倍のレバレッジを掛けたりはせず、それなりの手元流動性を保持しているのが普通なので、金融市場全体が、当時の様な危機に陥るとは考えにくいが、一部のファンドは痛い目に会っているのは間違いない。レバレッジが掛かっていなければ、元本毀損して流動性が枯渇しても、投資家に我慢を強いて、いつか流動性が回復したり、実際の債権の回収が進んだときにお金はお返しします、で済むのだが、レバレッジを掛けているので、元本の毀損も流動性の枯渇も、銀行からの返済圧力と言う形で大きな問題になるのである。
 さて、こんな風に整理してみると、ファンド業界が判る方は何を当たり前の事を書いているのかと思うだろうが、普通の方であれば、ヘッジファンドってのはレバレッジという危険な手段で儲けを膨らませているのね、と思うかもしれない。ただ、レバレッジというのは金融機関にとっては当たり前の行動なのである。例えば銀行だが、自己資本比率が8%ということは、100のリスクアセットに対して8の自己資本しか無いということである。しかも、優先株だの劣後債だのというTier2資本は実質的にはレバレッジだから、純粋に株主資本だけを考えてTier1比率が4%とすると、実にレバレッジは25倍である。このレバレッジの源泉の大宗は預金者からの借入(=預金)である。ヘッジファンドは、これに対して金融資産を担保に銀行から借入を起こしているということだが、レバレッジを付けてクレジット投資をしているという実態において銀行とヘッジファンドで何かが決定的に変わるということは無い。
 銀行のROEはグローバルに20%位だと思うが、先ほどの例で挙げた34%のリターンは税引き後では20%ということで、ヘッジファンドを会社と考えればほぼ同じである。外銀は株主還元に熱心だから、軒並み利益の50%以上を配当や自社株買い等で還元している。PBR1倍で値付けされている銀行がROE20%を上げて、その70%を株主還元していると、キャピタルゲインを無視すれば株主リターンは14%ということだ。こう考えると、ヘッジファンドに投資するというのは、同じ様にレバレッジを使ってクレジット投資でリターンを上げている銀行等の金融機関への株式投資と比較検討が成り立ち得るだろう。要はレバレッジ(=ALM等のリスク管理)と運用の巧拙、及び流動性で銘柄が選択されるという事である。