ワコビア・ウェルズ=ファーゴ・シティ

 NY地裁がワコビア買収に係るシティの独占交渉権を認めたというニュースの一方で、控訴裁判所が翌日それを却下したという小さなニュースが流れ、この買収は混迷を深めている。
 誰が見てもこの買収は、シティの提案よりウェルズ=ファーゴの提案の方が中身が良い。シティの提案は、銀行部門だけの買収で価格も低く、当局の瑕疵担保条項の様な損失負担+優先株引受付きなのに対し、ウェルズ=ファーゴの提案は証券ブローカレッジも含めてグループ丸ごとをより高く、かつ公的負担は無しである。
 どの点においてもウェルズ=ファーゴの方が優れている提案なのに、それがここまで揉めて、かつ当局も「公共の利益にかなう合意に達するだろう」などというコメントを出すに至ると、何か違う狙いがあるという疑いがむくむくと沸いてくる。そこで誰もが考えるのが、この買収は一義的にはシティグループ公的資金を入れる名目を作りたいがため、という見方だろう。
 さくっと調べる限りではシティもウェルズ=ファーゴも中核資本比率は6月末で8%台であり、むしろシティの方が高い。しかし、単純にBSを見ると、シティは210兆円のアセットに対して14兆円のキャピタル、ウェルズ=ファーゴは60兆円のアセットに対して50兆円のキャピタルと、規制資本では無く、単純なBS上の自己資本比率は圧倒的にウェルズ=ファーゴの方が厚い。この様に、規制資本比率と単純自己資本比率が大きく乖離するケースは余り見ないが、要はこれはシティのアセットの平均リスク掛け目が低いということを示している。リスク掛け目が低いアセットの代表例は、国債・住宅ローン・高格付け証券(コーポレートも仕組み債も)だが、シティが国債のロングですごいって事は無いので、後ろの2つがポートフォリオに多いのだろう。また、シティグループなら、間違いなく格付をそのまま用いる標準的手法では無くて、内部格付手法でリスクアセットの算定を行っているであろうから、このMark to Model的なアプローチの中に沈んでいる何かがあるのかもしれない。
 ウェルズ=ファーゴという銀行は、08年4-6月期でも増配を発表する様な超健全行で足元の株価も堅調だ。一方で、シティは10年ぶりの安値圏に沈んでいるのを見ると、市場はこの「後ろの2つ」に相当懸念を持っていると思われる。当局もシティ自身もそこを意識しているからこそ、この破綻処理に姿を借りた実質的な「生きている銀行」への公的資金の注入、それも1兆円規模のものが、ここまでスティックされているのでは無いだろうか。
 近い内にどういう結論が出るのか、それは地域分割とか、色々なうやむやの中に結局シティも買収に参画し、公的資金が入るという展開が予想されるが、そうで無かった場合は、JPモルガンBOA、ウェルズ=ファーゴ+ワコビアと大手行が片付く中で、最後に残ったシティが次の市場の標的になってしまうリスクは十分あると言わざるを得ない。ただ、この話がどちらに転ぶかは判らないものの、そろそろ大底という感じは、米国を見る限りは漂って来つつある。欧州への延焼はまた別として、米国に次のターゲットが見あたらないのは逆説的だがグッドニュースだ。しかし、問題なのは、ストック調整というのは、大底に至る過程も長ければ、そこからの回復の過程も長いということなのである。
 

  • パークアベニューのCitigroup本社。 ○出典:Wikipedia