駒大の運用失敗

 久しぶりにデリバティブで大損した人を見た。しかも投資家は大学である。

○駒沢大が154億円損失 金融危機で資産運用に失敗
 駒沢大(東京都世田谷区)が資産運用を目的としたデリバティブ金融派生商品)取引に失敗し、約154億円の損失を出していたことが19日、わかった。穴埋めのため大学キャンパスの土地や建物を担保に、銀行から110億円の融資を受ける。同大は17日に調査委員会を設置、文部科学省は詳細な報告を求めている。
 駒大と文科省によると、昨年度、外資系金融機関と「金利スワップ」「通貨スワップ」の取引を計約100億円で契約した。しかし、金融危機円高が急速に進んだ今夏以降に含み損が膨らみ、証券会社が追加の担保を求めてきたため、10月末に取引を解約。損失額は約154億円に上ったという。

■出典:MSN産経ニュース

 このデリバティブとは、記事には金利スワップと通貨スワップと有ったが、プレーンなものでこんなに損が出る筈がないので、多分スワップ仕立てだが、実質のエコノミクスはオプションの売りになっている様な商品なのだろう。例えば、ドル円が110円以上円高に行かない限り、幾らか貰えるが、それ以上の円高になると、加速度的に損が膨らむとか、そんな類である。
 デリバティブに詳しく無い人にもそっと判りやすく言うと、オプションの売りとは、要は多数では無く、一人に対して対人無制限の自動車保険を付保してあげる様なものである。何も起こらなければ、10万円とかの固定保険料は貰えるが、何か起こると何千万、何億という支払いが発生する。保険会社は統計的に確率を計算して、十分な多数に販売するので、全体としては利益が上がる様になっているが、一人に対してしか販売しないとすると、エコノミクスは「ちょっと儲かる」か「とても損する」かの二者択一に変わるのだ。このデリバティブは、「何か起こる」定義が、円高とか金利の水準とかに設定されていたのだろう。
 僕は前職の時はデリバティブを触っていたのだが、実は当時も、こういう可哀想な会社が時折発生していた。こういう大損する商品を売っていたのは大抵、外資系証券会社で、それも特定の会社が多かった。日系の金融機関は別に貸出とかで与信があるから、こういう会社の屋台骨が揺らぐ様なリスクはデリバティブで取らせないし、バブルの時に売った財テク商品の後始末で苦労したので原則デリバティブを投機目的の人に売るのは禁止というルールの所が多い。ただ、そういう別のインタレストや過去の痛い目が無い外資系の証券会社は、結構やりたい放題に商品を売っている時がある。
 ただ、本件は一概にこういう外資系証券会社が悪いかと言うと、そうでも無いかもしれない。僕は、多分こういうやりとりが発生していたと考える。

  • 大学の運用担当者が、「余資運用で年間○億円位儲けられないか」と理事会かなんかから指示される
  • 担当者は、金融機関を何社か呼んで、「○億円位儲けられる商品は無いか」と聞いて提案を集める
  • 集まった幾つかの提案の中で「×円以上円高に行かなければ○億円儲かる」みたいな今回の商品を選ぶ
  • その後の市場変動で大損

 要は、大学側が自らこの商品を選んだ可能性があると思うのである。まともな外資系証券会社なら、訴訟を避ける為に、提案書にはたっぷり損をする可能性についても小さい字で書き連ね、損益シミュレーションも作って出している筈なので、提案書段階で、意図的な情報開示の省略があったとは考えにくい。ということは、ある種の知識不足が大学側に有り、結果としてリスクを過小評価していた可能性が高い。大方、デリバティブは元本の投資が要らず、結果を決済するだけだから、その簡便さを大学側が好んだのだろう。もし、売る方の販売プロセスに明確な問題が有ったなら、この時点で訴訟になっているだろうから、なっていない以上、「説明受けたけど、判っていなかった」という事だと推察されるのである。
 また、大学が金融の世界でリスク取るとは何事、と思う向きも世にはあるだろうが、大学の資産運用ってのは、海外、特に米国では盛んなのである。endowmentと言うのだが、イェールやハーバードは数千億規模での運用を行い、オルタナティブ投資の世界でも有力な投資家の一つである。この運用益で大学の運営費用の結構な部分を賄っているのだ。駒大もこれを知っていたからこそ、我々も運用で費用賄うぞ、と意気込んだ結果、この結末になったのだと思う。そのコンセプトや良し。何が間違ったかと言うと、推測だがまず正解だと思われるポイントで、素人の大学の経理担当者あたりに運用を任せた事では無いか。米国の大学の有力endowmentの運用担当者は、プロのファンドマネジャーが成果ボーナスベースでやっている。こういう運用担当者にとっては、ヘッジファンドで働くのも、endowmentで働くのも資産運用というjobの観点では全く同じで、違いはファーム毎の運用規模とボーナスの体系、リスク選好ということだろう。就社的に見ると、大学にプロのファンドマネジャーが居るのは奇異に映るが、就職として考えれば、至極自然ということだ。きっと駒大の理事会とか経営層は、この辺の綾が判っていなかったに違いない。
 しかし、最後に雑感ながら、こういうリスクが高い運用やって、素人が勝ち逃げ出来た例ってのは本当に見たことが無い。少しは例が有って然るべきだと思うのだが。あと、この154億円、教育の為に投資をしていたら何が出来たかを考えるとため息が出る。校舎抵当に入れて借金して教育投資とまでは現実には行かないにせよ、154億の損失に対して損失穴埋めの借入が110億だから、少なくとも44億は余資の現金が有った訳で、これは教育に使えた筈なのである。