インフレは多分来ない

 昨年度の終わり、金融危機のクライマックスの頃だったか、銀行救済に自動車にデフレ防止にお札を刷りまくる政府を見て、次は狂乱のインフレ時代が来ると言う人がぼちぼちと存在した覚えがある。僕も言われるまでもなくそんな直感がしていたし、投資銀行コミュニティの中でもインフレ来る説を唱える人が居た。次は商品が来る。足元コモディティプライスが上がりだしているのはインフレの予兆だ。とか言っていて、そうかもね、と思ったものだ。
 しかし年度が明けて暫く考えてみて、僕はやっぱりインフレは来ないと思い出している。確かにコモディティプライスは回復基調にあって、僕も相場やろうかなと思ったくらいだが、これは下がりすぎた実需の回復を先取った正常な相場の流れでは無いかと思う。GMは破綻して、政府はまた600億ドルも突っ込む様だが、それでも世のマネーサプライを動かす程では無い。確かに米国のマネーサプライは増えていて、

  • M2 (季節調整後)
    • Jan.-09 8210.0
    • Feb.-09 8241.8
    • Mar.-09 8316.7
    • Apr.-09 8264.4(+8.5%)

こんな感じでM2は前年同期比8.5%増と高い伸びを示している。しかし、翻って日本はと言うと、

こんな感じである。日本では、金融危機前までは高い伸びを示していた広義流動性(預金+投信+金銭信託+CP)が、金融危機後の縮小を経て、これがようやく底打ちした所なのだ。広義流動性は3月迄前年同月比マイナスであり、ハイパワードマネーはここんとこ常にプラスである。これは要は民間の信用創造シュリンクするのを政府が埋めていたことを意味する。民間の信用創造インパクトが限られていた時代に、政府がマネー供給を増やすと、インフレリスクが容易に増したが、現代では、民間の信用創造が巨大になっている為、それが大幅に縮減すると、経済の一部門に過ぎない政府がかなり頑張っても全体のお金の動きを変えるまでには至らない。

米国では日本の広義流動性にあたる統計が探しても見つからなかったので、一概に米国もそうだとは決めつけられないが、民間の信用創造が減ったのを政府が奮闘して支えている、という構造は同じであろう。特に、米国は、オーバーレバレッジの過去を見ても、民間部門のレバレッジ巻き戻しによるマネーストックの縮減効果は日本より大きい筈だから、政府がお札を刷っただけで、それを食い止められるとは思えない。

以上の様な理由で、急にまたレバレッジ万歳!みたいな時代が急に戻ってこない限り、インフレリスクは低いと思うのだが、これを考えていた過程で、一つ疑問に思い、答えが出なかったものがある。それは、マーシャルのKが緩やかに上がり続けている意味は何か、という事である。

マーシャルのKはご存知の通り、マネーサプライを名目GDPで割ったものであり、要はフローの経済規模(=名目GDP)の何倍のマネーサプライがあるか、という指標で、過剰流動性の分析における代表的指標である。マーシャルのKが急上昇している時は、経済規模よりお金の流通量が急に増えている時なので、これは過剰流動性である、という風に使われている。かたがた、マーシャルのKというのは一定量では無くて、常に緩やかに上昇しているのが特徴である。この何十年かの平均上昇カーブとの乖離で過剰流動性の状況が語られるのが常である。

では、何故上昇するのだろうか。普通に考えれば、フローを重ねることによる世界的なストックの積み上がりという事だが、そうだとすると、持続的にストックは積み上がる為、マーシャルのKは常に上昇することになる。ということは、将来に渡ってフローに対するストックの相対的価値は常に下落するということになり、資産投資からの収益性は需給の関係でずっと下方圧力を受けることになる。

ファクトは間違いないと思うのだが、導き出される結論を余り目にしたことがない為、果たして過程の論理構成が合っているかは、自信がない。えらい経済学者に知り合いはおらんので、過剰流動性に関連する金融機関系エコノミストの講演会にでも出て、議論してみようかと思う。基本強気で日本を売らないといけない彼らエコノミストが正しいかどうかは知らないが、何某かインプットは得られるだろう。