ボロブドゥールへ。3日目:アプローチ トゥ ボロブドゥール

 日記自体は3日目だが、便宜上2日目の夜から始めることとする。ジョグジャカルタに着いた後の話は、ジャカルタ赤坂見附の話とは懸け離れているからである。
 さて、ジョグジャカルタに到着後、特に宿を取っていなかった僕は、空港のカウンターに聞くことにした。一泊100米ドルを超えるホテルを2つ位スルーした後、出てきたのが一泊69米ドルのABADI HOTELなる所である。新築ということだった。Lonely Planetによれば、この街の宿の相場はホットシャワーが出るレベルだと大体15米ドルの様だ。しかし、既に日が暮れていたことと、ラマダーン明けという日本ではお盆に相当する激混みシーズンなことを考慮して、僕は知らない街で夜中にぐるぐる安宿を周り、部屋を逐一確認する労を省きたくなった。新築というのが興味をそそったこともある。
Taxi
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 人力タクシー。オープンカーというのは、前を塞いで上を塞がない構造だが、これは上を塞いで前を塞がない。風より太陽が大変な国なのだろう。

 果たしてABADI HOTELは新しく快適なホテルで、何しろタオルが臭くなかった。これは大きい。客は殆どがインドネシア人のツーリストである。インドネシア人客の中にぽつりと居る日本人は、新しく出来た温泉旅館に白人が迷い込んだ風情であっただろう。さて、ジョグジャカルタは、ジャカルタと名前は似ているが全く違い、ジャカルタと比べると当然ながら小じんまりとした、安全な街である。バティックと呼ばれる織物の店が観光客向けにずらりと並ぶが、客引きはまったくうざくない。ベルベル人のカーペット売りと比べる方が間違いである。また、街も宵っぱりで、夜のメインストリートは路上レストランが埋め尽くす。
marimekko
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 屋根のパッチワーク。Marimekkoグラフ*1を思い出すのは職業病。

 こういう、安全で、小さいけども見所があって、宵っぱりな街はバックパッカーの為の街と言ってもよく、辺りは白人旅行者だらけであった。ジャカルタの安宿街が寂れていたのは、こういう所にツーリストタウンが有るからだったのだ。しかし、まっこと不思議なのは、こんだけ白人バックパッカーが居るのに、彼ら/彼女らはどこに行っても外国人向けの、スポーツ中継のあるピッツェリアとかに集結し、屋台やら路上レストランにトライするのは少数派であることだ。この点では日本人バックパッカーの方が果敢にローカルフードにトライしていると思う。日本人バックパッカーは、絶対数が減ってレッドブックに"endangered"で掲載されているのは残念だが。
Story
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 煉瓦の家の生活。

 僕も、今回はバックパッカー的旅行では無いが、日本人バックパッカーの習いに則って、路上レストランで食べることにした。化繊のゴザをテントの下に敷いただけの簡素なつくりである。比較的ローカルの人々で混み合っている店を選んだが、味はまずまずだった。ジョグジャカルタ名物の鶏料理はなかなかイケていたけど、魚はstir-fliedなのに臭みが残っててイマイチ。あまり水がきれいな所に居た魚で無かったのかもしれない。大阪南港の地魚みたいなもんかと考えたが、南港の水の色を思い出しただけでお腹がゴロゴロと鳴った。余計なことは考えるべきでは無い。あと、インドネシアには結構流しのギター弾きが多いが、ここでも順番に若者が今晩の糧を音楽に求めていた。バリのジンバラン・ベイみたいに、日本人と見ると、この若者はこの曲をいつ覚えたかと素朴な疑問を旅人に抱かせる「恋人よ」「上を向いて歩こう」の類を歌うのかと思ったが、特に僕の所に来ても扱いは変わらず、よく判らない現地の曲だった。僕を日本人だと思わなかったのかもしれない。よく判らない現地のお金でチップをあげた。
Overcompetition
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 過当競争。

 お腹は直ぐに一杯になったので、その後はバティック屋を冷やかして歩いた。バティックはジャワ更紗とかつて呼ばれた染物で、これが服とかスカーフとかになっている。ここ数年、脱モードということで、こういう旅先特有の柄で、エキゾチックな雰囲気のトップスを海外で買って、それを日本で普通の洋服のボトムスに合わせて着るのが定番になっていたこともあり、2着適当に買ってみた。1着300円、高いもので1500円みたいな世界なので気軽に買える。ただ、男ものは普通のシャツ形式で、柄物のシャツとなるとヤーサンにしか見えないので、体にぴったりと合い、ちょいチャイナドレス風の襟元、ヒップ下位までの着丈で特徴のあった女ものを買った。インドネシア人は全般に小づくりな民族なのでサイズを心配したが、別にMでも普通に入った。ただ、腕の長さはいかんともしがたく、袖が9分袖の作りが7分になってしまった。
Batik
[Panasonic LUMIX LX3 / 24mm F2.0]

  • この柄で普通のシャツだとその筋だ。

 そして明けて3日目、ラマダーン明けの祭りの日である。パレードがあるらしく、午前中は王宮に出掛けてみた。東インド会社の時代の衣装でジジイどもが着飾ってパレードしている。なぜワシは好きこのんでネシアのジジイの行進を見なければならないのか。見てみるとこんな根源的な疑問に突き当たる様なパレードである。おお、と思うのは最初の15秒で、後は普通に面白く無い。ただ、世のパレードで面白いのはブラジルのカーニバルと将軍様の軍事パレード位で有るので、ネシアのジジイだけを批判するのは不当である。日本でも、高円寺あたりの阿波踊りとか、サンバダンサーより地元小学生の鼓笛隊の方が数が多い浅草サンバカーニバルとか、負けず劣らずの面白く無いパレードが存在する。こういうのを、踊らずに見てるだけの見物に出掛けられる人が日本には沢山居るのが僕には実に不思議である。特に阿波踊りは、あれほど変化に乏しい踊りは世界にも稀だと思うが、なぜそれを見るだけに大人数が動員されるのか、僕は自らの民族の忍耐強さというかマゾ性について、沈思黙考する次第である。
East India Company Era
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • これがジジイの行進だ!

 王宮見物の後は、遂にボロブドゥールに向けて出発である。ホテルのフロントに聞けば、隣の角のNo.5のバスに乗れば良いらしい。しかし、No.5のバスというのは、どこから来て、どの様な形をしており、どこで降りれば良いのであろうか。隣の角は、当然すぐ見つかったがNo.5のバスはなかなか来ない。そこで、角のホテルの人に聞いてみると、No.5のバスというのは、どうもボロブドゥールに行くのではなく、ボロブドゥールに行くバスが出るバスターミナル行きのローカルバスの様である。近くに居た人力車のオッサンに、そのバスターミナルまで行けるか、と聞いてみたら、遠くて行きたく無いと言う。ま、いつ来るのか判らないバスとか、一杯にならないと出発しないタクシーとかを待つのは旅行の常だが、バスが二日に一本だったりするアフリカとかと違って、アジア圏は人が多いから、適当でも何とかなるのが気楽な所である。10分程ぼーっと待つと、人力車のオッサンが騒ぎ出すので、何だセントエルモの火でも見えたのかと思ったら、遠方より来たるNo.5のバス有り、だった。人が親切なのもアジアの良いとこである。
Black Japan
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 黒い日の丸に、すわ反日運動かと思ったが、どうやらそういう旗を使っていた王宮警護部隊があった様である。

 ボロブドゥール行きのバスターミナルはジョグジャカルタの本当に外れで、旅行者はタクらないとなかなか行き着けないと思ったが、ジョグジャカルタからボロブドゥールは、まぁ長距離バスにしては直ぐであった。ボロブドゥールは勿論遺跡を見に来たのだが、困ったことにジョグジャのホテルをチェックアウトしているので、バックパックを背負っている。いつもの65リッターの巨大なバックパックでなく、元もとバックカントリースノーボード用に買った、スノボがアタッチ出来るOspreyの40リッター位のバックパックだから、歩けない事は無いが、何キロもの荷物を背負って歩くのは愉快では無い。なにげに、今晩の宿は、お腹が大変にユルいことも有り、ボロブドゥールでベストな宿を、という観点で、ナナナナナント!アマンリゾートである。ボロブドゥールというのは、街自体は激ショボの田舎町なので、ホテルはゲストハウスが幾つかと、マノハラ・ホテルというのとアマンジオしか無い。マノハラ・ホテルは、遺跡好きの真野原さんがやっている親切な日本人宿という可能性も有ったが、名前だけでは病床に伏せるクオリティか判断できなかったので、アマンジオにした。ここなら、仮にこの腹痛がコレラとかアメ赤とかヤバめの病気であっても、適切な病院を紹介してくれることであろう。こんなことで、アマンリゾートデビューを達成したくは無かったが・・。だって、普通にバックパック背負ってますぜ、ワタシ。
Orange
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • ジョグジャカルタは、こういうオレンジの瓦と木々の緑が混ざる美しい街である。

 さて、アマンリゾートのone to oneなサービスなら荷物をチェックイン前にピックアップ位お安い御用の様にも思えたが、案ずるまでも無く、ナナナナナント!荷物預かりが遺跡に併設されていた。バックパッカーというのは荷物が巨大なので、コインロッカーというやつはものの役に立たんのだが、荷物預かりはもの凄く助かる。巨大な荷物の旅行者が多いので、こういうサービスが成立したのであろう。そういえば、おそらく日本で最も旅行者やバックパッカーの多い街は京都だと思うが、JR京都駅には、コインロッカーもあるが、他の大都市駅でもあんまり見ない荷物預かりがある。
Burning Nirvana
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • ボロブドゥールの仏塔遠景。

 荷物を預けて身軽になり、ついでにトイレも済ませて、ボロブドゥールへの小径を進んだ。江戸期の日本人はアンコール・ワットを祇園精舎と信じていたそうだが、ボロブドゥールは祇園精舎では無く、巨大なストゥーパであり、またそれそのものが曼荼羅を構成する、と言われている。長い間密林で眠っていた仏教遺跡だから、誰も正確な所は判らないのだが、これがとてつも無く大きな立体曼荼羅である、という事を心に止めておくと、遺跡の趣旨が理解しやすい。
Road to the top
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 実は遠景の中には、これだけ観光客が居るのだが。写真のマジックである。

 日本においては、仏教史跡の殆どは、伽藍の中に本尊と幾つかの仏像があるという構成である。いわば、伽藍毎に仏像が孤立した構造であり、ピン仏像でも、三十三間堂の千手観音であっても、一テーマに一伽藍なのである。また、仏像は奥まった場所にあり、拝観者はそれをやや遠目から見ることになるから、全体と部分を分ける必要が無く、そのテーマを直感的に把握することが可能だし、そういう直感的把握が出来る様にそもそもしつらえられている。
 しかし、ボロブドゥールは巨大な全体の中に、432体の仏像があり、それに一面を取り巻く分別善悪応報経のレリーフやら、ストゥーパやらが混ざり、渾然一体としている。日本の直感的インターフェースを持つ(?)仏教建築のイメージで行くと、ボロブドゥールは要素が詰め込まれた上に、全体が大きすぎて、テーマが理解しにくいのである。僕も、これは全体のスケールに感嘆すべきなのか、部分のレリーフを個別に鑑賞しないといけないのか、最初は面食らったが、これが立体曼荼羅であると知って、幾何的に部分の集合が全体を構成する、フラクタルなイメージが湧き、理解がスムーズになった。そう、ボロブドゥールはフラクタルアートだったのである。
3D Mandara 2
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • まぶしい熱帯の太陽に、思わず仏も薄目である。

 遺跡自体は、世界遺産に相応しい、巨大な建築であり、見応えは十分にある。ただ、惜しいのは既にインドネシアは仏教国では無く、世界最大のイスラム教国であり、ボロブドゥールは遺跡であっても生きている宗教施設では無くなっていることだ。
Indonesian Siisa
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • シーサー?

 祈りの声、人々の敬虔な表情、焚かれるエキゾチックな香りのお香、宗教音楽、といった生きている宗教施設なら豊富に感じられる、祈りの雰囲気があれば、より良いのにと思われた。旅行者にとって、宗教建築は、物的な建築だけが要素なのでは無い。むしろ、何らか神聖なものを感じるのであれば、建築より、それを取り巻く雰囲気の方が重要の様に感じられる。西アフリカのマリはジェンネにある、巨大な泥のモスクを数年前訪れたが、モスクそのものの建築も素晴らしかったが、それを実際に使っている人々から生まれる声や匂いが訴えかけてくるものが無ければ、感動は半減したに違いない。
Digifoto Utility
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • デジカメが出来てから生まれたカップルの風景。

 ボロブドゥールは良かったけど、遺跡だった。そう思って日本に帰ってきたが、ふとしたきっかけで、インドネシアに残る仏教徒が徐々にボロブドゥールを祈りの場として使い出していると知った。今は単なる観光施設だが、いずれ宗教施設に変わっていくのかもしれない。一度は死んだ遺跡が生きた祈りの場として復活する。いかにも仏教というか、輪廻転生の東洋らしくて良いではないか。
Nirvana in Jungle
[Nikon D90 / AF-S VR Nikkor 18-200mm F3.5-5.6G]

  • 将に密林の立体曼荼羅なのである。