平成電電事件とディープポケット

 平成電電事件で、広告掲載したから騙されたと、損した出資者が新聞社を訴えた事案は、まず順当に地裁で却下された。

広告掲載3紙の責任認めず 平成電電事件で東京地裁
 破綻した通信ベンチャー企業平成電電」が虚偽の宣伝で出資金をだまし取ったとされる詐欺事件に絡み、全国の投資家約430人が同社の広告を掲載した朝日、読売、日本経済の新聞3紙にも責任があるとして、計約26億5千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は17日、請求を棄却した。
 孝橋宏裁判長は判決理由で「掲載当時、8〜10%の配当をうたった広告の内容が真実でないとの疑いを持つような特別の事情はなく、読者に不測の損害を及ぼす恐れは予見できなかった」と述べた。一方で「民事上の責任とは別に、広告を約2年にわたり繰り返し掲載したことが被害の拡大につながったのは否定できず、各紙はこの点を重く受け止めるべきだ」とも指摘した。

○出典:47NEWS

 設備リース資金だという目論見が赤字運転資金に使われ、ほぼ全損になったのは同情するし、元社長も詐欺で懲役10年と実刑くらっているから、悪質性はあったのだろうが、ディープポケットを順繰りに叩けとばかりに新聞社まで訴えるのは感心できない。赤字運転資金ということは、社員の給与、賃料、安く使った利用者、機材メーカー、回線料に出資金が回ったということだ。経営陣の個人資産は別として、こういう本当に利益を得た人からは被害者はお金を取り返せないから、お金を持っている新聞社を訴えたというのが真実だろう。社員とかを個別に訴えてもポケットの大きさはしれてるからだが、この結果が広告掲載の萎縮効果を生むのは間違いないだろう。
 詐欺の要素があった平成電電だから、怪しからんという議論になるのだろうが、これが結果的に成功はしたものの、初期は膨大な赤字にあえでいたAmazon.comYahoo! BBへの出資金募集だったらどうなのだろうか。小売とか通信とか、ものや情報を動かす産業は基本的に固定費が重く、初期は赤字が出るのが当たり前である。そういう新しい事業に投資を自己募集する広告の掲載を、この件を機に大手メディアが躊躇うことになれば、それは合成の誤謬というやつで、経済全体にとってはマイナスである。
 平成電電事件について多少調べてみると、そもそも詐欺容疑も、元利保証だと言っていた訳でなく、年10%と謳っている広告に配当も元本も保証は無いと明記されているので、設備の賃貸という名目が実際は運転資金だったのが悪質であると言うだけの話であった。当然ながら、一番悪いのは平成電電だが、ディープポケットを叩こうという被害者弁護団も品が無い。過払い金返還訴訟にしても、医療訴訟にしても、ここんとこ弱者救済をお題目にして、ディープポケットを訴える行為が本当に経済やサービスをダメにしていると感じている。勿論本当の医療過誤はあるだろうし、悪い金貸しもいるだろうが、一部弁護士のカネの取りやすい所から取る姿勢の自制と、くだらない訴訟はさっさと門前払いにする裁判所の専門分野に関するリテラシーの向上は是非とも期待したい所である。弁護士を増やすのは総論として必要だし、渉外弁護士は日本の国益を守る為にもガンガン頑張って欲しいけれども、増えた弁護士を食わす為に、我々が難しい手術を断られたり、高い医療訴訟保険の費用を医療費として負担させられたり、カネが回らなくなって景気が悪化したりするのは勘弁なのである。
 特に裁判所は、プロパー主義だから実務に疎いのはしょうがないけど、投資家保護とか消費者保護みたいな否定のしにくいキャッチフレーズに惑わされないで欲しい。各紙が重く受け止める必要なんて僕は無いと思う。最近僕のSONYのデジカメが某タイマー作動で保証期間切れ後に壊れた。更に新品価格より高い修理費をSONYから通達されて結構憤激している。また、一般に故障率が高いという評判のSONYのデジカメについて、広告を掲載する行為が、こういった被害者を呼ぶ可能性を各紙は容易に予見できると思うが、僕は別にSONYも新聞も訴える気にはならない。それが、1000万円のデジカメであって、勝てば弁護士費用を回収して儲けが出る見込みがあってもである。投資だって同じ。僕も投資を生業とし、また消費者でもあるが、小さく間違えることで、投資家も消費者も成長する。大きく間違えたなら、身の丈に合わない投資をした人自体の欲とリテラシーの問題だ。そして騙す奴は牢屋に入り、間違えさせる奴の信用は落ちる。それで十分だ。新聞社が何ら責任を問われる筋合いは無い。新聞広告の信用度が落ちて、出稿量が減って収入が落ちたなら、それが本来の新聞社の責任の取り方である。実務家としては、新聞社が詐欺を予見できる可能性よりは、広告に明記されていたのだから投資家が元本を失う可能性の方がより容易に予見可能であるのは当たり前なので、新聞社に責を求める姿勢そのものが失当だと、裁判官が説諭するべき状況にも思えてくる。
 有罪の元社長は福岡の家と高級車位しか資産が無いようだから、被害者弁護団を受けたは良いが、どこからカネを取って自分の働きを賄えば良いのか、これ以上被害者から費用を徴収できないと途方に暮れる弁護団の人々の悩みも、人として判らんことは無い。また、やりきれない被害者感情を癒すためにはディープポケットを訴えざるを得なかったのかもしれない。そうであれば、同情に値する追い込まれ方ではあるが、26億も請求したら被害者側に更に600万は追加の印紙代負担が掛かるんだから、訴えたいという切望があっても、プロとしてそういう被害が拡大するような仕事は受けてはいかんと僕は思うのである。