Instagramが正しい顧客に売れちゃった。

 今日、facebookInstagramを買収することで同社と合意したニュースが流れた。買収金額はおよそ10億ドルで、現金とFacebook株の組み合わせで支払うとのことである。Instagramはご存じの通り、簡単にアートっぽい写真に加工できる事が売りのSNSで、高価な一眼レフやTilt-shift レンズ、画像加工ソフトを買わなくても、高価な機材のまぁ個人体感で4-5割の満足度の効果は出せるので、身近にも愛用者が多い。

直前の株式価値の2倍

 ちなみに、数日前にはベンチャーキャピタルのセコイアが、Instagramについて、5億ドルのバリュエーションで0.5億ドルのセカンドラウンドの調達を企図している、というニュースが流れていた。

"Sequoia Set to Lead $500M Valuation Round for Instagram" by AllThingsD

 その数日後に2倍の価格で買収決定だから、このセカンドラウンドのニュースを見て、安いと思ったfacebookが電撃的に買収を提案したか、時間軸的にはもともと話が進行していたと考えるのが普通だから、facebookに対する価格面での揺さぶりとしてこのニュースをリークさせたのか、そんな感じだろうが、いずれにせよ面白い話で、この西海岸のベンチャー界の躍動感が伝わってくる。
 そして、躍動感という意味では、何よりInstagramって設立から551日しか経っていない、僅か社員13人でかつ売上がゼロのベンチャーという事がすごい。成果数値と行動数値があったらまず割り算しろ、というのは経営管理業界に長らく伝わる基本のキだが、これに沿ってまず割り算してみると、設立から現在までに、一人あたり63億円、一日あたり1.5億円の価値を生み出し、かつプライス・セールス・レシオは無限大を達成した、という事である。

ネット大企業と張り合うのが良いか

 売上が無いものが巨額の富を生み出す。これは、普通の事業の考え方だと違和感があるかもしれない。そんな事は続かない、と考えるのが保守的でまともな考え方だろう。だが、もしあなたが一発稼ぎたいのなら、一つここは発想の転換をしても良いのだと思う。これは、そもそも巨大な総合消費者向けネット企業に欠けているパーツを作って、そこに売ることを最終目標としたプロジェクトなのだと。GooglefacebookappleMicrosoft、或いはAmazon。こういった所が、個人の時間や情報、或いは決済手段といった、広告と物販という現在ネットの世界で価値を生み出す源泉を抑えている。これに対して、真っ向勝負して個人の時間の占有率を上げていく、というアプローチは如何にも分が悪そうだ。では無く、これがfacebookに統合されていたらもっと良いのに、とか、このサービスがGoogleとだけ統合してしまったらfacebookは困るだろうな、というサービスを作っていくと、どこかには売れるという発想である。下手に真っ向勝負して、マネタイズに依然苦しんでいる行かず後家的なtwitterを見ていると、そんな気がする。Instagramも、普通にマネタイズを考えると、フリーミアムモデルを採って、新しいフィルタの効果や追加容量とかに課金するとか、広告写真を流すとか、あんまりクールじゃない方向に行きそうだが、facebookに身売りした事で、facebookトラフィックやユーザー情報の質に追加される価値でコンペンセイトされる事で、ユーザーにとっても無料で質が高いサービスが維持され、(見た目は)ハッピーな結末となる。

マネタイズはネット大企業の中で

 こう考えると、ネット界隈での起業というのも、独立で運営できる企業体を作っていくというより、Google, facebook, Apple, Microsoft, Amazonの5クライアントに対して、何か売れる商品を企画する、という商品企画的な発想の方が効率が良い感じがしてくる。日本では、mixi, GREE, DeNA, 楽天辺りか。これらの企業とAPIで繋がって、その企業のサービス向上に資する様なサービスを提供しつつ、売却の機会を探る。その間はオペレーティングコストを極力抑えて、ベンチャーキャピタルからの資金で繋ぐ。これ位軽く考えると、ゼロからモノを生み出すより、これらのクライアントの戦略を比較しつつ、何が足らずまいなのか考えたり、具体的に着想する手がかりが得られる気がする。Instagramのファーストラウンドの資金調達は、1年前に700万ドルだったが、往時の175万のユーザー数で、どれ位シリアスなマネタイズの絵が有ったかは疑問である。むしろ、このサービスのユーザー数の増加の勢いにベンチャーキャピタルも賭けたのでは無いだろうか。
 個人的な経験からしても、何かいいアイディアを思い付いても、どうやってマネタイズするのかを最初に考え出すとハードルの高さに呆然とするか、消費者の支持を得られない複雑怪奇なサービスになりがちだ。このInstagramのEXITは、そこをある程度軽く考えても、クールでユーザーの伸びが速く、これらのクライアントに刺さる様なサービスだったら、Done is better than perfect.という事を示している様に思える。そして、こういう多産の世界の方が、多死であったとしても、尖ったブレークするサービスの生まれる確率は高い筈だ。

ネット大企業にとってみると

 これは、逆にクライアント側のネット大企業にとってみれば、オープンに他のサービスと連携していた方が、サービスの多様化に加えて、巨大化した自社では得られない新しい着想の企業を買収して自社の価値向上に繋げる、というオプションの効率を上げることになる。マネタイズの源泉は如何に顧客を囲い込むか、という儲けの本質は変わっていないが、そこにオープンであるから非連続的だが効率的に顧客を獲得できる、という新しい機会が生まれているのである。そこんとこ割にクローズに見える楽天とか(実際どうかはご教示賜りたく)、過去それでもうまく買収統合で王国を築けているだろうからだけど、より消費者の心理に近い所がネット商売の焦点になりつつある今、それで今後一歩出足が落ちる事が起きうるのでは無いだろうか。Instagramは、過去色んな類似のサービスがある中で、個性的な写真をシェアしたい、芸術的なセンスがあると思われたい、みたいな消費者心理により訴えたから伸びたんだと思うし、買い物だって、そういう世界に入らないとは限らない上に、こういうイノベーションは恐らく既存の出来上がったネット大企業には出来ないからである。