投資立国

 僕は所謂外資系ファンドで働いている訳では無いが、僕が働いている日本国における投資の分野で右翼から左翼まで、共通して喧伝して、何だかなーと思うのが、外資ファンドへの課税強化である。古くは新生銀行の上場益を課税できないという話から、最近では外資の不動産ファンドの儲けがスルーしているという話まで、色々な事例で政府が叩かれている。何となく外人が金融素人の日本人を騙して、買い叩いて大儲けした上に、税金まで取れずに海外に資金が出て行ってしまう、という構図の判り易さと、嫌米主義の文脈における使いやすさから人口に膾炙し、たまに友人からも真顔で、なぜこんな事が許されているのかと聞かれる事が有る。

 これなんか典型的な例で、まともな日本の政党が国会質問まで行っている。

○外資丸もうけのカラクリ/日本共産党

 消費税の免税点引き下げで、中小企業に四千億円もの負担増があることから、百四十万事業所から数千億円集めるより、リップルウッドにきちんと課税するほうがどれほど中小企業と日本経済のためになるとまでスッキリと文章をしめられると、何となくそうかなという気もしてこないだろうか。もちろん、一つのケースとしては、日本で課税できた方が税収が増えて良いのだが、何故税制はそうなっていないかには勿論背景がある。この背景は極めて単純な話なのだが、残念ながら我々が広くそれを理解しているかと言うとあやしい感じがしている。

 時の谷垣財務相は、この国会質問に対して、「予期せざる不利益を(リップルウッドに)かけるわけにはいかない」とコメントしたそうだが、ステーツマンの言葉としてはイマイチである。サッチャーの言葉を借りよう。1990年代前半に、当時香港に拠点があった香港上海銀行が、英国の4大銀行の一つ、ミッドランド銀行を買収したが、その際、規制業界である銀行の外資による買収を英国政府が認めるかに非常に注目が集まった。サッチャーはこう言ったそうである。

「資本の純輸出国たる英国が、他国の資本輸出に介入はしない」

 一文にして、自国の現状と、そこから生み出される政策上のプリンシプル、そして敷衍された個別の政策まで表現しきっている。日本や英国の様な成熟した国家は、自国に魅力的な投資機会は減り、より成長力が高いか、コストの安い海外への投資のストックから食べていく様になる。直近の経常黒字に、かつての巨額の貿易黒字はなりを潜め、投資の収益を意味する所得黒字の割合が増えているのはご承知の通りだ。この様な構造の国家は、他国が自国企業の投資を受け容れ、かつ自国への投資収益の還流を寛容に認めてくれる事が極めて大きな国益の一つであり、政策目標になる。自らが門戸を閉ざしてしまっては、その政策目標は実現できないのは自明の理である。
 亀山工場への投資と雇用創出も結構な事だが、海外市場の規模と成長性、そして海外の労働市場のコストを考えれば、日本企業の投資のかなりの部分を今後海外が占めてくる筈だ。メーカーの海外工場なんてのは、日本の抱える知的資産と資本というアセットの塊りである。日本企業はそこで収益を上げて本国に還流させている。金融の世界では、日本人の金融資産、年金資産を預かる生保、信託銀行、系統金融機関なんかが、まだ割合は少ないが海外に投資して、リターンを日本人に還元している。我々の様なバイアウトファンドも、遅かれ早かれトップティアの集団は海外に出て、グローバルに欧米勢と投資機会を争う様になるだろう。これは、日本人がバブル後の失われた15年を通じてきっつい経験をして、そこで学んだ再生や企業投資のノウハウという知的資産と、日本人の持つ膨大な金融資産を預かる機関投資家に支えられた資本をもって、海外から投資収益を上げてきて本国に還流させるという事だ。メーカーの海外工場投資と全く同じ構造なのである。先進国とは、大体において成熟国家であり、労働力ではなく、生産手段(=知的資産)と資本ストックで食べる国家のことを指す。この事を理解していれば、他国にどう関わるべきか、自国への投資をどう扱うべきか、こういった問題は極めて原理原則に基づいて判断すれば良いのである。
 最後に一つ脱線するが、新生銀行から不動産ファンドまで、問題にすべきは、政府の税制ではなくて、なぜ投資実行時の日本には自国の投資機会を賄うだけのリスクマネーと人材が居なかったか、という点であろう。また、その点は現状においてかなり改善しつつあることも考えてみるべきポイントである。いつかこのテーマも書いてみたいが、長銀新生銀行のディールは、一般的には瑕疵担保条項など、枝葉において政府は叩かれ続けているが、マクロの政策的観点からいけば、保守的な銀行業界への刺激という観点でも、日本国内のリスクマネー及び企業再生や財務に長けた人材の育成という観点でも極めて大きな効果を呼んだ、大きな意義がある案件だったと僕は思っている。リップルウッドの成功なくして、果たして日本の機関投資家はバイアウトというアセットクラスに今の様に資金を割り振り得たか、割り振り得なかったら、その時の逸失利益はどれだけだったか、そんなポイントを幾つか集めて考えてみると違う地平が見えてくるだろう。