株券と等価とは
結構画期的と言うべきか、多分そうだろうなと思われていたことが正式に認められたに過ぎないのか、何はともあれ、ブルドックソースの特定株主にある種差別的な買収防衛策に対する、スティールパートナーズの差止請求は地裁却下になった模様である。
スティールの請求却下 ブルドックの買収防衛差し止めで 東京地裁
米系投資ファンドのスティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンドが、敵対的TOB(株式公開買い付け)を仕掛けているブルドックソースの買収防衛策の発動差し止めを求めた仮処分申請で、東京地裁は28日、請求を却下した。理由について同地裁は「新株予約権の無償割り当ては株主平等原則に違反せず、著しく不公正な方法だとは認められない」としている。スティールは決定を不服として即時抗告した。
面白いので、大学で商法を習ったり、係争の一つや二つ仕事で経験したりと、法律に素養のある方は、判決の主文を読んでみて欲しい。少々長いが参考になる。
○株主総会決議禁止等仮処分命令申立事件 判決文 /裁判所判例ウェブサイト
事件を要約するとこんな事である。
- ブルドックソースが株主総会の特別決議をもって、1株に対して3個の新株予約権を割り当てた
- これによって、株式数が4倍に希薄化する
- ただし、スティールパートナーズ保有分については、スティールは行使して新株を得る事は出来ず、その価値相当分の現金を会社がスティールに交付する
- スティールは新株の割り当てが受けられない上、発行済株式数が4倍になる為、既存の持分も4分の1のシェアになる
- 従って、スティールはブルドックソースを買収できない
- スティールパートナーズはこの取り扱いを不公正として、この新株予約権の発行差止を東京地裁に求めた
こんな事件に際して、裁判所がブルドックを是とした論点は、以下の2つに集約される。
1つめは判りやすい。80%以上の支持で決議を行っており、この決議は特定の大株主ではなく、一般の広く零細な株主の意見を集めての数字である為、特定のものを利するものでも無いから、この決議は重いのは当然である。2つめは、なかなか興味深い。読むと当たり前の様に聞こえるかもしれないが、実は結構チャレンジングな内容である。日本の民法にも、それが参考にしたフランスの民法、或いはその淵源たる1789年のフランス人権宣言にも所有権の絶対、或いは不可侵が謳われている。経済的に等価だからと言って、あるものをお金を強制的に換えていいのかと言うと、これまではダメだったのである。例外がどんな時に認められているかというと、公共の福祉に資する場合である。こんなの持ち出すと頭が痛くなるかも知れないが、日本国憲法29条にはこう書いてある。
- 財産権は、これを侵してはならない。
- 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
- 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
ブルドックソースの買収防衛策は公共の福祉だったのである。僕は別にスティールを支持はしていないが、争おうと思えば、最高裁まで違憲かどうかで争えると思う。例えば土地収用なんてのは、これが出来る法律は限定列挙されていて、それは河川法だの道路法だの、核燃料サイクル法だのと極めて公共の福祉っぽいものに限られている。土地も株券も当然に財産権の対象である。一私企業の総会特別決議をもって、株券収容が公共の福祉だとされてしまう背景には、市場資本主義を容認し、企業の自治を押し進めようとする明確な立法者の意志がある。スティールが市場の申し子の様にマスメディアには書かれているが、対するブルドックの買収防衛策も、新会社法が企業を株主主権に委ねたことの産物である。新会社法は、この部分について、市場原理とそれによる企業活動の効率化、及びそれによってもたらされる経済成長こそ公共の福祉と定義しているとも言えなくもない。
僕は、是非スティールには最高裁まで争ってもらって、この判例を確定して欲しいと傍から勝手に期待している。三角合併やスクイーズアウトにおいて、特別決議と経済的補償さえあれば、株券と現金、或いは株券と違う会社の現金を等価強制交換できるかどうか、その判例は、日本におけるM&A市場の発展の時間軸にかなり影響するのでは無いか。増配の要求なんかよりも、その判例の確定の方が、日本の資本市場に彼らは貢献できるかもしれない。