4日目。カラカス→コロ

 さすがに一晩寝ると、ドキシサイクリンも抜けて、極めて快調である。抗マラリアタブレットも二日酔いみたいなもんである。そこで朝7時、夜明けとともにリベンジを期して観光に繰り出した。生意気にもカラカスの町には地下鉄が走っておる。標準軌第三軌条の立派なもんである。この組み合わせゆえに、ぱっと見ると、銀座線とか近鉄けいはんな線の風情である。直流600ボルトなのか750なのか、日本では見ない他の方式なのか、その辺の細かい所は、感電してみなかったので、判らなかった。ま、感電して何ボルトとか判る人も少ないだろうが・・。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 41mm F2.5]

  • 如何にも標準軌っぽいシェイプの地下鉄である。

 さて、中心地に繰り出したのが、これが余り面白くない。Plaza Bolivarなる旧市街へ行ったが、南米の首都にありがちな、17-18世紀あたりのスペイン・コロニアル様式の壮麗なカテドラルと町並み、というセットがいまいちしょぼいのである。カラカスは一応16世紀後半からベネズエラの首都ではあったが、銀もエメラルドも採れない土地柄からか、極めて地味な都市形成となったのかもしれない。代わりに、石油が出た近代からはぐっと発展し、近代的なビルは立ち並んでいる。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 52mm F3.5]

  • ボリバルの生家近くにて。

 また、南米独立の父であるシモン=ボリバルはカラカスの出身であり、よって空港の名前から通貨、広場の名前まで何でもボリバルである。トルクメニスタンは、北朝鮮さながらの独裁体制下で何でもバシュ化が進んだが、ベネズエラは何でもボリバル化しており、ある意味先輩である。また、こういう異論を許さぬ英雄を持つ国を訪れると、否応なく自分たちがそれを持たないことを再認識してしまう。良くも悪くもだとは思うが、判りやすい国の物語が有ったら解決できる問題が幾つか現在の日本にはある。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 52mm F3.5]

  • ボリバルの勇姿。頭には勇壮な兜・・では無くて、ハトである。

 さて、旧市街を抜けて、地下鉄に乗ろうとしたが、近くに市場があるのを発見して、適当に入ってみることにした。旅行者とは市場を見つけたら必ずそこに行かなければいけない人種なのである。市場自体は、固定式の建物であり、南米の国にはよくあるタイプだった。昨年行った西アフリカは、中近東の影響を受けているのか、主にはアラブ系であろう外来の行商人の存在を前提とした定期市が主体であったが、ここは常設市である。世の辺境を旅するに、市場は定期市か常設市か、移動式屋台か固定式か、大体この2軸で整理可能である。もし、大陸を陸路ゆっくり旅することがあったら、逐一記録してみるのも面白いかもしれない。市場の形の変わり目は、人々の伝統的な暮らし方の変わり目を意味し、それはかなりの確率で大きな文明の変わり目を意味する筈である。もし、その変わり目が国境と一致していたなら、その国境は幸せな国境であろう。
 市場自体は、南米特有のえらく古文で言うところの「ボン・キュッ・ボン」を強調した女性マネキンが面白い位だったが、市場の出口で朝飯を出している屋台を発見した。これである。LAからどうにも旅行している感が無かったのだが、要は高級ホテルに泊まって、観光地に行き、レストランで食事しているからである。その国の息遣いみたいなものを感じるには、屋台飯を食わねばならんのである。そこには3台の屋台が出ていた。2台は食事で、1台はコーヒー専門である。嬉しくなって3台から少しずつものを買った。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.0]

  • 地元民に大人気の屋台飯。

 1台目はサモサの様な揚げもんである。保温ボックスから温かいままサーブされるのが文明的というか、これが国民の舌の洗練度を意味するのだろう。期待を高めてかぶりついたが、これは味付けした肉を小麦粉を練ったもので包んでサクサクに揚げたような感じである。こういう食い物が不味い筈がない。あっと言う間に胃袋に入れてしまった。名前は忘れてしまったが、コロンビアの食べ物だと店主は言っていた。2台目は同じく甘辛く味付けした肉を今度は、とうもろこしの粉ベースの練りもんで包んで蒸したものである。誤解を恐れず言えば、肉まんの「まん」の部分がとうもろこし原料になっている感じだ。これも大変美味しかった。Hallaquitas、アラキタスと言うらしい。最後はコーヒー専業屋台である。この屋台に限らず、ベネズエラでは朝になるとポットにコーヒーを淹れて、カップ売りしているコーヒー屋はよく見る。砂糖があらかじめ入っている場合も多く、ブラック派の僕はがっくし来ることも多いが、コーヒー自体は大変濃く入っていて、美味である。コロンビア豆ならぬベネズエラ豆かもしれないが、スタバの進出余地は無いとみた。確かに、町中に米系のファストフードは溢れているが、スタバは見ない。総じて、庶民の域までかなりベネズエラ人、グルメと見た。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.0]

  • さくっと、とうもろこしの「まん」を割くと肉が出現。

 さて、腹がくちくなると、次の課題は旅程の確定である。ベネズエラに入って、英領ケイマン諸島から出る航空券だけは予約しているが、ベネズエラから、もっと言えばカラカスからどう動くかは全く決めていない。とりあえず革命50周年記念式典のある1月1日より前にキューバに着きたい、ということだけしか決まっていなかった。カラカスからキューバの首都であるハバナに行く航空券に空きがあることだけはカラカスの空港で確認していたが、カードが使えなかった為、現金不足で買っていない。世界各国を見渡すと、クレジットカードで航空券が買える国の方が少ない。或いは、使えても10%とかのペナルティを払わされる。あれはバルバドスだったか、ブラジルのアマゾン下流の小都市だったか、はたまたオマーンだったか、細かく覚えていないが、クレジットカードが使えず、航空券購入のために、町中の両替商や銀行やATMを周って現地通貨を調達した記憶は1つや2つでは無い。途上国の小都市においては、手に入る財やサービスの中で航空券は飛び抜けて高い商品だったりするのが常で、5万とか10万とかの現金は街中の現金を買いオペしてしまう様なインパクトの時がある。また、そういう国に限ってインフレ国家だったりして、ものすごい札束を抱える羽目になったこともある。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.8]

  • クバーナ航空オフィス近くの植物園。

 僕はベネズエラでもそのパターンにはまりかけていた。しかも今はクリスマスシーズンである。そもそも旅行代理店自体が街中閉まっている。それなら航空会社のオフィス直撃、と考えても、ベネズエラは国のエアラインがいまいち存在感がない。ググっても中小のしょぼい国内線エアラインしか出てこない中、ようやくAeropostalというのが最大手であることが判った。郵便航空、という意味だろうか。まぁモノやヒトを移動させるという観点では、通信と郵便よりは交通と郵便の方がオペレーション的には近いのかもしれない。しかし、どこの国でも歩けばフラッグキャリアどこかなんてのは、すぐ広告だと旅行代理店にベタベタ貼られているシールだので一目瞭然に分かるのだが、ここベネズエラでは存在すら判然とせず、ましてやオフィスの場所は全く分からなかった。では行き先の航空会社、ということでキューバのクバーナ航空のオフィスは直ぐ判ったので、そこを訪れたが、なんとビル全体がクリスマスのせいか、クローズである。
 カラカスにいまいち見所が無いこともあり、僕はこれ以上この不利な日取りの時に航空券を探しまわることを諦め、買いオペ覚悟で地方に出ることにした。場所の不利よりは日程の不利が大きいとの判断である。どんな小さな都市でも旅行代理店くらいあるだろうし、クリスマスシーズンさえ過ぎれば、普通に営業している筈だ。
 行先は、コロ、スペルアウトするとCoroという中小都市である。キューバにしても、ケイマン諸島にしても、ビーチには事欠かない地域であるから、山を見ておこうということで、トレッキングが可能な自然保護地域が近くにある都市を選んだ。また、コロは旧市街が世界遺産である。カラカスのバスターミナルは市街から結構離れているパターンで、アフリカに多いが南米には珍しい。しかも、折角の地下鉄システムがあるのに、駅に直結していないのである。歩こうと思うと、ロンリープラネットは「駅からバスターミナルまでは数百メートルだが、ケイオティックで治安が悪いので、その距離でもタクシー推奨」と脅している。そこまで言われると面倒なので、僕はホテルからタクシーで直接行くことにした。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.0]

  • バレンシア行きコンコース。中国に有ったら感動しそうな標語である。

 しかし、地下鉄は整然という言葉そのものの素敵なシステムだったが、同じ都市とは思えない程バスターミナルは砂埃にまみれたぼろい代物である。ただ、タクシーの中で精算を済まさないとやばいアフリカとは違って、客引きは一応いるものの、一言断れば退散する様なちょろいもんである。治安の悪い地域に行くという緊張感は、徐々にバスターミナルの仕組みを理解するにつれて、溶けていった。着いたのはお昼時だったが、コロ行きのバスは軒並み10時発で、それを逃すと夜の20時とかの夜行バスになってしまう。カラカスという都市は首都のくせにいまいち交通ハブではなく、それはどうもバレンシアという2-3時間西南に行った所にある都市が担っている様である。そこで、とりあえずバレンシアに行って、そこからコロ行きのバスを探すことにした。カラカスからバレンシアの間はバスが頻発している。マラカイという所とバレンシアには専用のバスコーナーがあり、そこに行くと20弱くらいのバスブースが有った。それぞれ違う会社が運行している様だが、僕はとりあえず一番身なりの良さそうな人々が並んでいるブースを選んだ。目の前のお兄ちゃんなんぞ最新のNOKIAのタッチ携帯を使っている。こういうバスなら治安もいい筈である。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.0]

  • 食べもの禁止バス。これは僕にとって世界初の経験である。しかし、一番左のキース・へリングみたいなアイコンはどういう意味なんですかね。

 果たして、程なく姿を現したのは、ハンガリーマルコポーロの最新のバスであった。素晴らしい。途上国でバスを待っていると、丸っこい旧ソ連製が来ると外れ、マルコポーロスカニアが来ると当たり、という感覚になる。ただ、最新バスは乗り心地は良いのだが、副作用として窓を締め切られた上に、冷房を強烈にかけられることが結構ある。今回も、これには最後まで苦しむことになった。ブラジルでもチリでもマレーシアでも苦しんだが、なぜ熱帯の人はこんなに冷房が好きなのであろうか。チリではバスの中で高地用に買ったゴアテックスのウィンドブレーカーを着る羽目になった。冬なのに、窓を開けたりする中国の田舎のバスのように死の覚悟までは至らなかったが。。同じオリエンタルなのに、中国人の寒さ耐性には呆れることがある。
 バレンシアのターミナルはカラカスよりはぐっと小さく、まぁ熊本の交通センターと言った趣である。コロ行きのバスも簡単に見つかった。おおざっぱに言って、カラカスからはバレンシアまでは依然としてアンデス山脈の中、バレンシアからコロは山脈を降りて、海岸に向かって暑くなっていく、という様な地勢である。バレンシアを出ると、バスが進むにつれ、徐々に亜熱帯、或いは温帯ステップの植生から、熱帯性草原のそれに変わるのが判る。住むなら涼しい方が良いが、旅行なら暑い国に来たのだから、暑くないといまいちである。やっと暑い国に旅行に来たなと実感する。しかし、なぜかバスの中はツンドラ気候なのである。こればっかりは、クソ暑い中窓全開で風を浴びながら気分よくサバンナを突き進むアフリカのバスに快感で負けている。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F4.0]

  • 車窓の風景。牧畜と畑作が低地では行われ、ある程度高度があると森林が広がっている。

 コロに着くころには日もとっぷり暮れていた。ホテルは取っていない。ロンリープラネットのコロの項には結構な数のアコモデーションが載っていたが、いまいちそのどれも記述が響かなかった為、電話して予約するに至らなかったからである。実際部屋見て決めればいいや、と思っていたのもある。しかし、実際に日が暮れてしまうと余り宿探しに心の余裕が持てないのが旅の常である。加えてバスターミナルにホテルの客引きがおらん。どうもこれまでの、貧しいか観光資源があるか、そのどちらかで、観光客相手に生計を立てる国のイメージを引きずっていた様である。よく考えると、僕の南米経験からすると、バスターミナルに客引きが居たのはボリビアくらいであった。ブラジルもチリも客引きは居ない。正確にはイグアスだけは居た気がする。どうやらベネズエラもこちらの、客引き居ないグループに属する様だ。客引きは大抵うざいが、こういう夜着の時には便利だったりもする。僕は夜闇に追い立てられる様に、ドミの宿をパスした後、最初に見つかったホテルにチェックインした。決め手は部屋を内見した時に、熱湯が出たからである。熱湯という言葉は、数少ない僕のスペイン語ボキャブラリーの中でも、最も初期に覚えた単語の一つである。案内のおばさんは、その「アグアス・カリエンテ?」という単語に力強く首を縦にふってくれた。熱湯が出て便座があれば、その宿は大体間違いないものである。余談ながら、スペイン語の「美味しい」はサブローソーと言い、麻雀打ちにはすぐ覚えられるが、たまにうっかりレストランで精算のときに「イースーソー」とか口走ってしまい、ウェイトレスを困惑させる油断ならぬ言葉である。早いリーチはイースーソー、うまい料理はサブローソーなのである。
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[Panasonic LUMIX LX3/ 24mm F2.0]

  • 海沿いだけにカラマーリを。これも相当美味でした。