今にしてリーマンを悼む

 早いものでリーマン・ブラザーズ証券が破綻して、半年が過ぎた。かなりの田舎でも、当時は宿の女将がリーマンリーマン言う位、もの凄い知名度になってた覚えがある。
 さてそのリーマン・ブラザーズだが、野村が引き受けたものの、東京オフィスについて、統合がスムーズでは無いという報道を、しばしば目にする。日系の金融機関に転職してきた外資出身の人が悉くぶち当たる問題に突き当たったのだと想像する。日系金融機関は法人営業部隊が強く、ここはプロパー純血なのである。投資銀行では法人営業部隊をカバレッジと呼ぶが、外資投資銀行では個別商品を担当するプロダクトより、総合営業であるカバレッジの方がすごく強いファームというのは珍しい。むしろ東京のオペレーションがミッドサイズになればなるほど、プロダクトの方が強いことすらある。
 外資投資銀行だと、M&AならM&A、引受なら引受で、売るプロダクト毎にプロフェッショナルが居て、プロダクトのトップはセールスや顧客コミュニケーションを担当し、VP以下がトップが取って来た仕事の実務をエグゼキューションするというのが一般的な仕事のイメージである。カバレッジも勿論居るのだが、カバレッジを通さなければプロダクトに話が出来ない程、カバレッジに権限は集中していないし、そんな御用聞きレベルでクライアントに日常的に出入り出来る程カバレッジに人員も張られていない。これが、日系の金融機関になると、法人営業=カバレッジにセールスの権限が集中していて、彼らが取ってきた仕事をプロダクトチームが実行する、というスタイルが一般的だ。では、プロダクトチームのトップが何をしているかと言うと、セールスに出ている場合もあるが、結構な時間を「ここに提案しに行きたいのだが」と法人営業部隊向けの社内調整に時間を使っていたり、ひどいケースでは何もしていなかったりする。(何もしないボスが居るのは、どこも同じだが)
 日系金融機関において、法人営業マンは、クライアントの財務状況をつぶさに把握・理解し、そのファームがもっている幅広いプロダクトのメニューを適切に提案できる能力がある前提で役割と権限を定義されているし、実際に法人営業は社内出世の王道で、優秀な人材が特に大企業営業には張られている。また、今の日系のトップはその長いキャリアのどこかで法人営業マンとして実績を残した人物なことが多いため、この法人営業マン万能思想は組織内に浸透しているDNAみたいなもんである。一方の外資投資銀行は、何故かは判らないが、カバレッジの有無を問わず、プロダクトグループで営業から取引実行まで完結可能な体制であることが多く、1つのクライアントにプロダクト毎に複数の営業が出入りすることもままある。外資にチーム毎移籍、というイベントがたまに起きるのは、プロダクトグループで顧客を掴んでいるから可能であって、顧客は法人営業部隊が握っている、あるいは金融機関そのものの看板が営業している日系だと、プロダクトチームだけ移籍というのは、バリューが小さいからなかなか発生しない。この違い、クライアントにとってどちらが良いかと言うと、それはどちらとも言えない。漠然とした相談ならカバレッジに軽く聞けた方がいいし、経験のある取引なら、直接知り合いのプロダクトに話を聞いた方が速い。事業法人なら前者を好むし、金融法人なら金融サービスは本業だから後者が好みなのかもしれない。
 そういう仕事の進め方の差異が日系と外資系にはあるので、今回の様な統合で無くても、日系と外資系の間を行き来するのは一般に大変である。知り合いの投資銀行マンが銀行系証券会社とかに転職すると、法人営業のアカウントマネジャーとの調整が大変だと異口同音に口にしている。逆のパターンだと、強力な法人営業部隊が持ってくる案件のベースロードが無いので、徒手空拳で新規開拓をしなくてはいけないと感じる人は多い。
 リーマン亡き後、ふと感じたことだが、リーマンの良かった点は、そういうカバレッジとプロダクトのギャップを感じさせない、どこに話しても適切にチームアップされるある種のゆるさと、クイックで基本前向きな対応だったかなと思う。野村の提案のスピードも他社を圧するものがあるが、リーマンも、現時点ではかっちりしていなくてもやれる方法を考えましょう的な、やる気満載な提案が比較的早めに返ってくる会社だった。カルチャーなのかパーソナリティなのかは別にして、クライアントの無茶を最初から断らず、何とか法的・税的に仕組を考えようという美風があったので、変な話をもっていきやすかった感はある。他の米系の投資銀行は、保守的だったり、決してクイックレスポンスとは言えない場合が有ったので、外資の中ではリーマンだけに話した件とかが有ったりする。企業買収ファンドというのは、業態そのものが日本ではまだようやく10年という、IT企業よりも更に若い、ベンチャー的な業態だから、働いているメンバーもアントレプレナーシップ一杯で、なかなか大手金融機関の中には、そのノリに付き合ってくれる所はあんまり多く無い。リーマンは、今から思えば、その数少ない会社の一つだったと思う。
 しかし、その後の顛末を見るに、そのアグレッシブさが不良資産積み上げに繋がっていた可能性は否定できない。リーマン破綻がその相対的な資産の質の悪さが原因なのか、その時の偶々の流動性の状態が原因なのか、それはよく判らないが、一定の割合の資産が不良化していたのは事実である。そこから考えると、金融というのは元来保守的であるべきであって、バンカーストライプのダークスーツの人々が、慎重にビジネスを進めるものなのかもしれない。DLJにしろ、リーマンにしろ、金融村の中では、比較的アグレッシブで創意工夫に富み、リスクテークをしていたファームが幾つか有るが、こういったファームは、フラジャイルな収益か、もっと大きな安定したバランスシートの中でビジネスを行うのか、どちらかを選ばざるを得ない宿命だったのだろうか。
Black cars 1
[NIKON D700 /AiAF Nikkor 24-85mm F2.8-4D]

  • 黒のクルマが地下の駐車場に揃うと、何やら悪の秘密結社が出動しそうである。撮影地点は築地。場所柄と色柄で「海苔部隊」と個人的に名付けた。